アルビオンニウムの戦い

第406話 緊急合同軍議

統一歴九十九年五月五日、夕 - ケレース神殿テンプルム・ケレース/アルビオンニウム



 《地の精霊アース・エレメンタル》の鉱物操作魔法ミネラル・マニピュレーションによって復活した大水晶球マグナ・クリスタルム・ピラを使えば、現在の微弱になってしまった地脈をルクレティアやスカエウァでも何とか観測できることが確認され、今回の祭祀も滞りなく行えそうだという目途が立つと、軍人たちは別室に集まって急遽軍議を開くこととなった。

 その前に急いで身を清め、サイズの合わない借り物の神官服を着たイェルナクが駆け付け、「何で兵隊が入っているのですか!?イェルナクも中で調査させてください!」などと騒ぎだす場面もあった。まあ、彼にしてみれば神聖な場所だから入っては駄目だと色々難癖をつけられ調を阻まれたのに、その神聖な場所だから入っては駄目だと言われたまさにその場所に自分以外の普通の兵士が立ち入ったのを目の当たりにすれば面白くないのは当然であろう。不当な差別的扱いを受けたと思わない方がおかしいというものだ。


「控えなさいイェルナク!

 その三人は降臨者様の奴隷、ルクレティアと同じ降臨者様のしもべ

 降臨者様が聖女サクルムたるルクレティアに護衛としてつけてくだすった従軍奴隷ガレアリイ

 その身に付けている物はいずれも降臨者様から賜った聖遺物です。

 彼らを不当に蔑むことなど、許されることではありませんよ!?」


 不当だ、自分も中へ入れろ、何で一兵卒が入れて私が入れないんだ!?と喚き散らすイェルナクに対し、ルクレティアがそう一喝するとイェルナクもほぞを噛んで黙らざるを得なかった。


 ルクレティアやスカエウァらは祭祀の準備と、祭祀に備えての食事のためにその場を後にし、軍人たちは緊急の軍議に、そしてイェルナクはスカエウァに案内役として付けられた神官見習いを引き連れて『水晶の間クリスタルム・ロクム』以外の場所を色々調べて回ることとなった。


「それで、緊急で軍議をとのことだがどういうことですかな?

 我々は新たな聖女サクルムの誕生を祝って饗宴コミッサーティオを開く準備も整えておるのだが、アヴァロニウス・レピドゥスセプティミウス殿?」


 カエソー・ウァレリウス・サウマンディウス伯爵公子は冗談めかした言いようではあったが、セプティミウスの表情や態度、彼らが引き連れていた軍団兵レギオナリウスの雰囲気、そして何よりも大量の一般人を引き連れていたことから、何か只ならぬことが起こって良そうだとは見当をつけており、本心からふざけているわけではなかった。

 出席者はアルビオンニア側はセプティミウスの他、護衛隊長のセルウィウス・カウデクスと百人隊長ケントゥリオネス二人、それに騎兵隊を指揮する十人隊長デクリオマールクス・アヴァロニウス・ガルバと、百人隊長ケントゥリオ以上の全員で五名。サウマンディア側からはカエソーを筆頭に軍団幕僚トリブヌス・ミリトゥムマルクス・ウァレリウス・カストゥス、カエソーたちが連れてきていたサウマンディア軍団レギオー・サウマンディア第八大隊コホルス・オクタウァ大隊長ピルス・プリオルピクトル・ペドー、そして今日までケレース神殿テンプルム・ケレースの警備とスカエウァたち神官の警護を務めていた部隊の百人隊長ケントゥリオの四名。さらにヴァナディーズがテーブルから離れた壁際の椅子に、兵士二人に挟まれて一人腰かけている。

 サウマンディア側の一同を見回したセプティミウスは緊張感と落ち着きをバランスよく保った態度で口を開く。


「無粋は承知の上でお話しせねばならぬ緊急の案件が生じました。

 実はこれからこの地で戦が起こるやもしれないのです。」


 セプティミウスのこの発言にサウマンディア側は特に反応を示さなかった。わずかに眉をあげて驚いた風は見せたが、その表情には「やっぱりな」というような感想が滲んでおり、むしろセプティミウスの話の続きを促すかのように無言を貫いている。


「“敵”の規模はおよそ三百と見積もられております。

 これより南の地を治めるシュバルツゼーブルグ卿の報告によれば、先月あたりから北ライムント地方一帯の盗賊たちを傘下に納めた新勢力が台頭しており、それが我々に対し攻撃を仕掛けようとしておるようなのです。」


「ということは、貴軍が連れて来たあの難民どもは?」


 三百人もの盗賊など俄かには信じがたい話ではあるが、セプティミウスの様子からは嘘とも思えない。マルクスはまさかとでも言いたげな表情でセプティミウスに問いかける。


「こことシュバルツゼーブルグの中間にある集落、ブルグトアドルフの住民です。

 ブルグトアドルフは人口二百に満たぬ小さな集落ですが、昨夜“敵”の襲撃を受けて住民の約三分の一を殺され、半数が負傷するという被害に遭いました。

 彼らはシュバルツゼーブルグへ避難する途中です。」


 セプティミウスの説明はある程度マルクスの予想に沿った話ではあった。てっきり難民をサウマンディウムへ送りたいと言い出すのではないかとマルクスは懸念していたが、それは外れたようだった。サウマンディウムで引き取れなどと言われずに済んだことには安心しつつも、しかしシュバルツゼーブルグへ避難させるとなると別の疑問が湧いてくる。


「ブルグトアドルフからシュバルツゼーブルグへ向かうなら、方向が逆ではありませんか!?」


「ブルグトアドルフからシュバルツゼーブルグへの道中は、既に安全ではありません。“敵”は街道上の中継基地スタティオネスを襲撃しており、武器も奪っています。短小銃マスケータ投擲爆弾グラナータを。

 ゆえに、彼らは遠回りになりますがアルビオンニウム経由でシュバルツゼーブルグへ避難するつもりなのです。我々がアルビオンニウムから帰還するのに合わせてね。」


 中継基地スタティオネスから武器が奪われたと聞き、サウマンディア側に明らかな動揺が広がった。


「奪われた武器は!?

 まさか、盗賊三百人全員が短小銃マスケータを!?」


 ピクトルの質問にセプティミウスは頭を振った。


「襲われた中継基地スタティオネスは二つ。他に無事だった中継基地スタティオネスが二つで、そちらからは武器をすべて回収してあります。

 駐屯していた警察消防隊ウィギレスらによれば、二か所の中継基地スタティオネスから奪われた武器は最大で短小銃マスケータが百二十、投擲爆弾グラナータは百六十と見灯られております。

 しかし、ブルグトアドルフで投擲爆弾グラナータは二十程度使われており、短小銃マスケータもいくつか回収しています。戦力化できているとして短小銃マスケータが百程度、投擲爆弾グラナータは百四十程度といったところでしょう。」


短小銃マスケータが百と投擲爆弾グラナータが百四十か…

 百四十発もの投擲爆弾グラナータは侮れんが、しかし所詮は盗賊であろう?」


 前装式ぜんそうしきフリントロック銃の取り扱いは難しいものではない。弓などと比べれば訓練に要する時間など非常に短いと言える。だが、それでも弾雨だんうの降り注ぐ戦場で装弾そうだんと発砲を繰り返し、必要に応じて火打石フリント火打ち金フリンジを調整するようになるためには相応の訓練期間を要する。まして、備蓄されていた短小銃マスケートゥム火打石フリント火打ち金フリンジも取り外された状態で保管されているのである。火打石フリント火打ち金フリンジを取り付けて調整してからでなければ撃てないし、仮に調整済みの短小銃マスケートゥムと弾薬を素人が手に入れたとしても、短時間しか戦えないであろうことは明らかだった。


「“敵”の中に銃を扱える者がいるようです。

 昨夕、“敵”の発砲訓練とおぼしき銃声を多くの者が聞いておりますし、昨夜の第三中継基地スタティオ・テルティア付近で行われた戦闘で、“敵”は短小銃マスケータを実際に発砲しておりました。

 ですが、それらはまだ些末さまつな問題と言えましょう。」


 セプティミウスのもったいぶった物言いにカエソーは身を乗り出した。


「まだ、何かあるのかね?」


「はい、“敵”を率いている連中こそが最大の問題です。」

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