第407話 敵はメルクリウス団

統一歴九十九年五月五日、夕 - ケレース神殿テンプルム・ケレース/アルビオンニウム



 予定よりも遅れて到着したルクレティアと護衛のアルトリウシア軍団レギオー・アルトリウシア。彼らは盗賊団の襲撃から逃れてきた百人を超える難民たちを伴ってきていた。そのこと自体は、アルビオンニウムで待つサウマンディア軍団レギオー・サウマンディアの部隊にも早馬で知らされてはいたが、その詳細な理由や背景までは知らされてはいなかった。

 それはアルビオンニア側の代表者たるセプティミウス・アヴァロニウス・レピドゥス自身が状況を把握しきれていなかったというのが理由ではあり、特に含むところがあったわけではない。

 セプティミウスにしろ、サウマンディア側の軍人たちにしろ、早馬を送り出した時点で、あるいは早馬による報せを受け取った時点で、何やら大規模に膨れ上がった盗賊団が軍団レギオーに喧嘩を売ってきたぐらいにしか思っていなかったのは事実である。


 セプティミウスはアルビオンニウムのサウマンディア軍団レギオー・サウマンディアの二個百人隊ケントゥリアと合流すれば、さすがに盗賊団も襲撃を諦めるだろうと当初は考えていた。数的優位は明らかに逆転するからだ。当然、サウマンディア軍団レギオー・サウマンディアに実際に援軍を頼むつもりもなければ、戦闘に巻き込む意図など全く持ち合わせてはいなかった。

 早馬で報せを受けていたサウマンディア側の軍人たちも、セプティミウスたちが援軍を頼んでくるだろうとは思ってはいなかった。戦闘に巻き込まれる可能性など現実にはあるまいとたかくくっていた。何故ならアルビオンニウムには予定より一日早く歩兵大隊コホルスが到着しており、全部で八個百人隊ケントゥリアに達する大兵力が控えているのだ。多少数を増やした盗賊団ごときが現れたとて、その威容を目の当たりにすれば尻に帆をかけて逃げるしかなくなるだろうからだ。


 仮に援軍を頼まれたとなれば、それはサウマンディア側にとってチャンスである。アルビオンニアには現在、百年ぶりの降臨者 《暗黒騎士リュウイチ》が居るのだ。


 サウマンディアはアルビオンニアとは隣接した属州同士、持ちつ持たれつの関係が長年続いている。帝国内の属州同士といえども、サウマンディアとアルビオンニアほど親密な関係を築いているところは他に無いだろう。だがそのバランスは近年崩れてきている。

 フライターク山の噴火という災害を受けてアルビオンニアは急速に衰微しつつあり、それを支えていたサウマンディアも大きな影響を受けている。正直言ってアルビオンニアとの関係が負担に感じられるレベルで、アルビオンニアに対するが大きくなっていた。


 しかし、先月起きた降臨によりサウマンディアの立場は微妙になりつつある。メルクリウス目撃の報を受け、大協約によって属州領主ドミヌス・プロウィンキアエたるプブリウス・ウァレリウス・サウマンディウス伯爵は自動的にメルクリウス逮捕と降臨阻止の責任者となってしまった。そして、意図したことではないとはいえ、結果的に隣接するアルビオンニアを巻き込んだうえ、降臨者リュウイチをアルビオンニアへ押し付ける形になってしまった。

 この点、サウマンディア側にとって大きな失点になってしまったと言える。


 当初はそれでも、降臨者…それも史上最強と目される《暗黒騎士ダークナイト》を受け入れるという面倒をアルビオンニア側に押し付けることができたのは、結果的に良かったと思われていた。仮に何か間違いが起きて《暗黒騎士ダークナイト》が暴れはじめでもしたら、サウマンディウムは確実に壊滅するし、それは結果的にサウマンディア、アルビオンニア両属州の破滅をも意味するからだ。アルビオンニアには悪いが《暗黒騎士ダークナイト》を抑える役目を担ってもらおう…降臨を防げなかった責任者としては身勝手としか言いようがない。


 だが、時間が経つにつれ、降臨したリュウイチは悪魔の化身とも破壊神とも噂される《暗黒騎士ダークナイト》像からは想像もつかぬほど穏健で理知的な性格の持ち主であることが明らかになってきた。さらに一国を凌駕しさえするほどの財産を持っているうえ、その力や財産を人々のために使うことを厭わぬ善性を持ち合わせているらしい。その上その膨大な魔力ゆえか、数たび交わっただけの女に伝説上の聖女サクルム並の魔力を与えてしまっている。

 《レアル》の恩寵おんちょう独占は大協約で強く戒められることだが、しかし現実には降臨者に取り入ることができたなら、多少の恩寵は得てしまうのは仕方ない。だいたい、大協約が制限しているのは「《レアル》の」恩寵なのだ。降臨者自身が居てくれることによってもたらされる経済効果などは「《レアル》の」には該当すまい。面倒がない降臨者なら居ないより居てくれた方が良いに決まっている。


 しかし、サウマンディアは成り行き上仕方ないとはいえ、そして自ら望み、そうなったことに安堵すら覚えたとはいえ、リュウイチをみすみすアルビオンニアへ渡してしまった。今更サウマンディアへ呼ぼうとしても難しい。実際、サウマンディアから使者として送られたマルクス・ウァレリウス・カストゥスがそれとなく打診してみたが、うまいことはぐらかされてしまったのだ。


 ならばせめて降臨者リュウイチに少しでも取り入りたい。


 それを実現するためにはリュウイチに、そしてアルトリウシアやアルビオンニアに貸しを作るのが上策だ。今やサウマンディアにとってアルビオンニアの株は青天井である。どれだけ貸しを作っても貸し倒れることは無い。


 アルトリウシア軍団レギオー・アルトリウシアのセプティミウスが援軍を求めてきたというのなら、お安い御用である。完全武装の一個歩兵大隊コホルスがアルビオンニアに到着したばかりで、他に二個百人隊ケントゥリアが先月から駐屯していたのだ。しかも相手はたかが盗賊。蹴散らすなどわけはない。

 それだけ簡単な仕事で、アルトリウシア軍団レギオー・アルトリウシアを援け、アルビオンニアの住民を救い、そしてリュウイチの聖女サクルムとなったルクレティアをも救えるのである。一石三鳥の大チャンスだ。

 サウマンディア軍団レギオー・サウマンディア筆頭幕僚トリブヌス・ラティクラウィウスでありプブリウスの跡取り息子でもあるカエソー・ウァレリウス・サウマンディウス伯爵公子は内心で踊り出さんばかりに喜んでいた。もしかしたら、口角が上がっていたかもしれない。カエソーは余裕を滲ませてセプティミウスに問いかける。


「“敵”…盗賊相手に“敵”という表現も大袈裟な気はするが、そいつらを率いている“連中”というのが、どうかしたのですかな?」


「はい、どうやらムセイオンから逃げ出してきたハーフエルフなのです。」


「「「「何!?」」」」


 サウマンディアの軍人たちの表情が一変した。


「そこにいるヴァナディーズ女史…彼女はムセイオンの学士です。」


 セプティミウスが壁際に座っているヴァナディーズの方を振り返って紹介すると、ヴァナディーズはスッと立ち上がってお辞儀する。


「彼女が証言してくれました。

 一昨日の晩、彼女はシュバルツゼーブルグで連中に襲われております。その時、彼女を襲ったのが、ムセイオンで知り合った男だったと。」


「ハーフエルフに襲われたのか!?」


 セプティミウスの紹介と説明を受け、マルクスが腰を浮かさんばかりに興味を示した。


「いえ、彼女を襲ったのはハーフエルフではなく…あ~何と言ったかな?」


「ファドです。ヒトの男ですが、ペトミー・フーマンというハーフエルフと非常に仲が良くて、彼らと私の仲介役みたいなことをしていました。」


 セプティミウスが説明するつもりだったが、ファドの名を思い出せずヴァナディーズに助け舟を出してもらう。


「そう、彼女を襲ったのはヒトの男です。ただ、この男が使った武器がシュバルツゼーブルグからこっち、襲撃された中継基地スタティオやブルグトアドルフでも見つかっており、盗賊団に関わっているのは間違いありません。」


「ではハーフエルフというのは?」


「直接ハーフエルフの姿は確認されておりません。

 ですが、昨夜のブルグトアドルフでの戦闘で、実はリュウイチ様がルクレティア様にお付けになられた《地の精霊アース・エレメンタル》様が敵の中にハーフエルフの気配を数人分見つけたようなのです。」


「さきほどの《地の精霊アース・エレメンタル》様か!」

「間違いないのか?」

「いや、疑うわけにもいくまい」


 敵の中にハーフエルフがいることが確実と判断したサウマンディア軍人たちがどよめき始めた。

 この世界ヴァーチャリアでは聖貴族コンセクラトゥムの存在は貴重である。そして、あらゆる聖貴族コンセクラトゥムの中で最も魔力が高く、寿命が長く、そして世界の発展に寄与すると期待されているのがハーフエルフたちだ。その存在価値はルクレティアのようなゲイマーガメル以外の降臨者の血を引く聖貴族コンセクラトゥムとは別格である。盗賊を退治するつもりで下手に殺傷しでもしたら、どんな問題になるか分かったモノではない。


 こいつぁとんでもない事になりそうだぞ…


 サウマンディア軍人たちの感想はほぼ同じようなものだった。アルビオンニアに貸しをつくるどころの話ではなくなる。せっかくのチャンスではあったが、できることなら直接ぶつかるのは回避したい。


「で、では、そのハーフエルフたちの目的は分かっているのですか?」


 マルクスは戦闘に巻き込まれる可能性を回避する途を探るべく、セプティミウスに問いかけた。この際、目的次第では何とかして交渉して、最悪でも戦闘以外の方法で問題解決を図れるかもしれない。

 しかし、マルクスの希望は打ち砕かれることになる。


「彼らの目的は降臨の再現だそうです。

 彼らは、自分たちの実の父母に会いたがっているのだそうです。」


 セプティミウスの告げた事実は、彼らこそが“メルクリウス団”ということに他ならなかった。であるならば、今回のメルクリウス目撃情報への対応の総責任者たるプブリウスに、そしてその配下である彼らサウマンディア軍人たちに韜晦とうかいのチャンスはない。彼らはリュウイチの降臨を防げなかった汚名をそそぐべく、むしろ率先して戦わねばならない立場にあった。

 セプティミウスはあえてヴァナディーズ暗殺には触れなかった。触れたとしても彼らの最終目的が降臨である以上、サウマンディア側は戦闘に加わらざるを得ないのだ。

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