第1383話 ゴルディアヌスの相談

統一歴九十九年五月十二日・午前 ‐ マニウス要塞司令部プリンキピア・カストリ・マニ/アルトリウシア



 何で俺がこんな余計な仕事を……ゴルディアヌスはブツブツ言いながらもロウソクを受け取り、オトと共に燭台の準備を始めた。本来二人でするはずだった単純作業は人数が倍に増えた分、半分の時間で終わる。

 兵士たちはオトから余ったロウソクとロウソクの入っていた箱を「ありがとうございました」と礼を言いながら受けとると何事か言いかけた。オトたちは要塞内で事情を知っている者たちの間ではちょっとした有名人、せっかくの機会に知己を得たかったのかもしれないが、オトは兵士の礼に「いや」と返しながら先を制するように言った。


「早く終わって良かった。

 ちょっと二人で打ち合わせたいことがあるんだが、しばらく二人でここに残らせてもらっていいかな?」


 兵士は一瞬何を言われているか理解できなかったかのように固まったが、すぐにオトの言いたいことを理解したのだろう。残念そうに笑いながら「はい、会議まではまだ時間がありますから、それまででしたらどうぞ」と答え、会議室を後にした。オトたちは少し手間がかかったが、やっと二人で独占できる場所を手に入れたのだった。


「おい、わざわざこのために燭台の準備手伝ったのか?」


「おかげで場所を確保できただろ?」


 ゴルディアヌスはあきれるやら関心するやら、目を丸くして肩をすくめてみせた。欲しい物は実力で手に入れるのが信条なゴルディアヌスには思いもよらないやり方だ。


「それで、話って何だ。

 長くはないんだろ?」


「ああ、侯爵家のお子さんたちのことで相談だ」


「侯爵家の……お子様?」


 オトは顔をあからさまにしかめていぶかしんだ。オトとゴルディアヌスは同じ十人隊コントゥベルニウムの戦友だが、それほど親しいわけではなく、この荒くれ者が持っている子供好きという一面をまだ知らないのだ。そんなオトにとってゴルディアヌスの口から侯爵家の、それも子供たちのことで相談などと言われれば不可解に思うのは当然だろう。


「おうよ!

 先週の今日、何が起こったか覚えてるだろ?」


「ロウソクに毒が仕込まれてたって話か?」


「それよ!

 あん時ゃ大変な騒ぎだった。

 大人たちでさえ参っちまってたんだ、巻き込まれたのが小さい子供とくりゃ相当おっかなかっただろうぜ?」


「まあ、そうだろうな」


「エルゼ様は知ってるか?」


「カール様の妹君だな?」


「そう、今三歳だ。

 可哀そうに三つの子供が毒ロウソクであんだけ怖い思いをしたんだ。

 それが今日、同じ部屋で同じように礼拝するってんで、先週の事思い出して泣きだしちまったんだ」


 ありそうな話だ……オトは同情するように頷く。ただ、ゴルディアヌスがそんなことを話していることには相変わらず不可解に思っていたが……


「けど、不安なのは仕方ないと思うぜ。

 犯人はまだ捕まるどころか、どこの誰かさえ分かんねぇんだ。

 今週、また同じことが起きねぇとは限らねぇ」


「だが、今日はコッチの方でロウソクを用意するらしいぜ?

 法務官のキンナ卿はレーマ正教会のなかの人間が関係してると踏んでいるらしい。

 だから教会にはわざと何も言わずにこっちでロウソクを用意しといて、向こうが持ってきたロウソクは使わせないで回収して調べるつもりだとか何とか……」


 ゴルディアヌスの訴える不安要素を解消してやるつもりでオトが答えると、ゴルディアヌスは驚き目を丸くした。


「おい、それマジかよ!?

 何でお前がそんなこと知ってんだ?」


「あ? ああ……スパルタカシウス家の侍女さんたちから聞いたんだ。

 俺ぁ、奥方様ドミナ寝室クビクルムの仕事でちょっと仲良くなったからよ?」


 仲良くなったと言っても休憩中に世間話をする程度である。向こうはヒトでオトはホブゴブリンなのだから、色恋沙汰に発展する可能性も無いのだが、それでも女っ気のない彼らからすれば異種族とはいえ異性と話をする機会を持っているというのはちょっとしたステータスではあった。自然、オトの口調や態度も幾分自慢げになる。


「へぇ~……でも何で侍女さんたちがそんなこと知ってんだよ!?」


「さぁね……俺もその話がどこまでホントかどうかは知らねぇ。

 でも侍女さんたちは信じてる感じだったな……

 それで、エルゼ様が不安だからどうしたって?」


「それよ!

 俺としちゃあ、エルゼ様が怖がってんのぁやっぱ可哀そうに思うわけよ」


「まぁ、可哀そうっちゃ可哀そうだな」


 オトの相槌がどこか他人事っぽいのはオトがエルゼのことをどうでもいいと思っているからではない。オトだって火山災害で先立たれたとはいえ一応、妻子ある身だったのだ。子供の可愛さはゴルディアヌス以上に知っているし、小さい子供が怖い思いをしているのなら可哀そうにも思う。助けたいとも思う。だが、それがゴルディアヌスの口から出ていることがどうも腑に落ちない。何か良からぬことを考えているのではないかと、どうしても疑いたくなってくるのだ。

 ゴルディアヌスはゴルディアヌスでオトの反応がどうも鈍いことに内心で苛立ちを覚え始めていたが、今回はオトの協力を得なければならないことから自制して気づかぬふりをしていた。いや、むしろ「可哀そうだな」と一応の同意を取り付けたのはゴルディアヌスにとって成功への足掛かりを得たと言って良かっただろう。


「そうだろ!?」


 我が意を得たり……とでも言うようにゴルディアヌスは声を張り、オトは一瞬面食らった。


「お、おう」


「それでよ、ものは相談なんだがよ?」


「何だ、俺にできることだろうな?」


「むしろ、オトじゃなきゃ出来ねぇ相談なんだよ」


 ゴルディアヌスの喜色悪い猫なで声にオトはますます顔をしかめて怪しんだ。


「何だ?

 できるかどうかは分からんが、一応のよしみで聞くだけは聞いてやる」


「そこはって言ってほしかったが、まあ聞いてくれ」


 オトの距離を置くような態度にゴルディアヌスは残念そうな愛想笑いで応えながら、顔を寄せて身を屈めた。オトも話を聞くと言ってしまった手前、ゴルディアヌスに会わせて耳を貸すように身を屈める。


「オトからよ、今日だけでいいからよ、《風の精霊ウインド・エレメンタル》様に御守りいただくよう、頼んでみちゃ貰えねぇか?」

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