第1001話 英語を学ぶカール
統一歴九十九年五月十日、朝 ‐
カールは朝食の後しばしの間リュウイチとの歓談をし、お腹が少し落ち着いてきたところで席を立った。リュウイチから対光属性の防御魔法をかけなおしてもらって部屋を出、そのまま右へ行けば自室まですぐなのだが腹ごなしの運動を兼ねて左へ向かい、
拳大の
自室に戻ったカールの体力はもう限界に近い。頭はグラグラするし額には玉の汗がいくつも浮かんでいる。気を抜けばさきほど食べたばかりの物を今にも戻してしまいそうな
それが落ち着いたら勉強だ。カールにとって一番嫌な時間である。
つけられた家庭教師がミヒャエルになってから気持ちがだいぶ前向きにはなったのだが、それでも嫌なものが好きになるほどではない。ミヒャエルの姓がヒルデブラントだから、自分が
だいたい、家庭教師が教え子の好きなキャラに似ているだけで教え子の成績が上がるなら、日本中の家庭教師の多くは躊躇なくコスプレすることを選ぶだろう。嫌いな勉強に興味を持ってもらう苦労は、コスプレする恥ずかしさなどとは比べ物にならない。
「なぁ、
英語っていうのはどうしても覚えなければならないものなのか?」
勉強が始まって早一時間、休憩を告げられたカールはついに匙を投げ始めていた。
「
英語は降臨者様の多くが話される高貴な言語であり、
ミヒャエルはカールの何度目になるかもわからない泣き言に対し、いつものように落ち着き払って答える。もちろん、老ヒルデブラントの演技は忘れない。それだけでカールはとても素直な教え子になってくれるからだ。
「でもリュウイチ様は英語は話されないぞ?
リュウイチ様は念話で話されるのだから、英語なんて憶えなくったっていいじゃないか!?」
「念話は便利ですが不便もあるのです。
言葉で直接会話できるのであれば、それに越したことはありません。」
「どんな不便があるというのだ!?」
「例えば異国の貴族がリュウイチ様と謁見なされたとしましょう。
そこには
英語は高貴な言葉ですから、貴族はリュウイチ様に英語で話しかけます。
リュウイチ様は念話を使われますから、念話でお応えになられるでしょう。
するとどうなりますか、
「どうなるというのだ、
「リュウイチ様は念話で話されるので、リュウイチ様が話されることはその場にいるすべての人が理解できるでしょう。
ですが
すると、
カールは説明するミヒャエルを見つめたまま顔を
「もしもその貴族が良からぬことをリュウイチ様に
逆に愉快な冗談を口にしても、
「んーっ!」
カールはムズがる様に唸った。反論したくても出来ないのがもどかしいのだろう。だが子供というものは自分が嫌いなものを避けるための理由を見つけ出すことにかけてはいつだって天才的だ。正攻法でダメなら
「でも降臨者様とお話するなら降臨者様の話される言葉を覚えるほうがいいのではないか!?
リュウイチ様は英語は子供の頃に習ったけど苦手で話せないとおっしゃられた。
リュウイチ様がお話になるのはニホンゴっていう言葉だ。
南蛮の言葉だぞ!?
南蛮の言葉を覚えた方が良いのではないか?」
「それは英語を覚えた後にした方がよろしいでしょう、
ミヒャエルの連れない態度にカールは愕然とする。
「何でだ
カールは致命の一撃となるはずの奇襲攻撃を放ったのに、ミヒャエル涼し気に微笑んでいた。子供たちは間違いなく天才だ。だが子供の多くは意外と気づいていない。大人たちもかつては子供だったという事実に……
「
南蛮の言葉はまだ帝国の貴族にも異国の貴族たちにも知られておりません。
そしてリュウイチ様は念話を用いられます。
ゆえに、異国の貴族はリュウイチ様に対し、英語で話されることでしょう。
南蛮の言葉で話せと言われても無理なのですからね。
ですから、
ミヒャエルの反撃にカールは成す術がなかった。浮かせていた腰を言葉も無く椅子に降ろす。
「それに、南蛮言葉は英語よりもずっと難しいそうですよ?
文字だけで何千何万もあり、おまけに土地や身分ごとに、そして男と女でも、話す言葉が違うのだそうです。
英語すら覚えることが出来ないのであれば、南蛮言葉を覚えるなどもっと難しいのではありませんかな?」
勝敗は決したようである。とどめの一言にカールは勉強机に広げた教科書に顔をうずめるように突っ伏した。そのカールを励ますようにミヒャエルは穏やかに続ける。
「そのリュウイチ様も、せっかくこの世界に来たのだから英語を勉強したいと
もし、
カールは顔を教科書にうずめたまま首を回し、恨みがまし気にミヒャエルを見上げた。
「ほんとうか?」
「はい、どなたがその大任に当たられるかはまだ決まっておりませんが、スパルタカシア様がお戻りになられればあるいは……」
それはまだ噂話である。リュウイチがどうせ暇だし、せっかくだから何か勉強してみようかと言い出したのは本当だった。そして、そのことを奴隷たちの口から聞いたアルトリウスが英語教師を探そうとしたのだが、ルクレティアが留守中にルクレティアを差し置いて勝手に決めるわけにはいかないということで棚上げになっている。
カールは再び顔を教科書にうずめた。そのまま数秒、口をモニョモニョとさせたあと、意を決したようにバッと顔をあげる。
「ああ~、でも英語って何でこんなに変なんだ!?
ラテン文字を使ってるくせに発音が
何でユリウス・カエサルがジュリアス・シーザーになるんだよ?!
ユリウス・カエサルはユリウス・カエサルだろ!!」
やっとやる気を出してくれるかと期待したミヒャエルだったが、それはどうやら楽観的過ぎたようである。
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