第26話 海峡の乙女アルビオーネ(2)

統一歴九十九年四月十日、昼 - アルビオン湾口/アルビオンニウム


 

 アルビオーネの宣言により、艦隊全体に緊張が走った。


 一部とはいえ海を支配する《水の精霊ウォーター・エレメンタル》・・・それは神にも等しい存在・・・いや、レーマ帝国の大多数を占める多神教信者にとっては数多あまたの神々の一柱と言っていいだろう。その力は並のドラゴンをすら軽く凌駕する。


 そんな神にも等しい精霊エレメンタルが事情も相手が誰かも聞かぬ内から無条件にリュウイチに味方し、先陣を切るとまで宣言したのだから無理もない。

 いきなり目の前に神様が現れてすぐ隣にいた人に恭順の意を示したらビビらない方がおかしいだろう。それどころか、その人のために戦うと言い出したのだ。

 神様が自ら戦うなどと、そんなことになったら世界はどうなってしまうのか?



『いや!誰かと戦うつもりで来たわけじゃないです!』

 リュウイチは慌てて打ち消した。


 《火の精霊ファイア・エレメンタル》といいアルビオーネと言い、精霊っていうのはどうしてこうも好戦的なのか?


 だが、リュウイチが懸念したのとは違いアルビオーネは好戦的なわけではない。

 《暗黒騎士ダークナイト》が戦いに来たわけではないと聞いて一瞬安心した様子を見せたアルビオーネだったが、尚も緊張を保ったまま続けた。


しからば、如何いかな御用向きでの御降臨でございましょう?

 もしも尊き御身の御役に立てるのならば、アルビオーネにとってこれに勝る喜びはございません。何なりとお申し付けください。』


『えー・・・この世界には挨拶に来ました。』

『挨拶でございますか?』

 アルビオーネがに落ちぬとでも言うように顔を上げた。


『はい、落ち着いて聞いて欲しいのですが、私は「だあくないと💛」ではありません。』

『これはなことを、この魔力の大きさ、この波動は「だあくないと💛」様に相違ございません。』

 いかにも驚いたという風にアルビオーネは上体を起こして言った。


『はい・・・えーっと、この身体は「だあくないと💛」なんですが、私自身は「だあくないと💛」ではなく龍一りゅういちと申します。

 うーん、何ていったらいいのかな?

 この世界に来るのに「だあくないと💛」の身体を使わないと来れなかったのと、挨拶をする相手を探すのに都合が良いので「だあくないと💛」の身体を使ってます。』


 事情を説明しているとどうしても何だか魔術の話でもしている雰囲気になってしまう。

 アカウントとかアバターとかプレイヤーキャラクターとかログインとか、そう言う表現はこの世界の住人には通じないだろうし、一々説明するのは時間も手間もかかりすぎる。だからそうした単語を用いずに説明したいのだが、そうしようとすると何だかどうしても変なオカルトっぽい話になってしまう。

 それに気づいて思わず自嘲じちょうしそうになったが、真面目な話をしなきゃいけないのに笑顔なんか浮かべたらからかっていると思われるだろう。

 話の内容もこの世界の住人にはどうも受け入れがたい事のようだし、冗談と受け止められでもしたら余計にややこしい事になる。

 龍一は必死にみをかみ殺した。


『よくわかりませんが・・・「だあくないと💛」様の御身体をリュウイチ様なる御仁ごじんが御借りになられておられるということですか?』

『そうだと思って下さい。』

『はぁ・・・では、「だあくないと💛」様御本人は?』


 どうやらこちらアルビオーネは《火の精霊》とは違うようだ。

 《火の精霊あいつ》はこのキャラだあくないと💛の正体が誰だろうがどうでもいいとか抜かしやがった。


『十日ほど前に亡くなりました。』

『なんと!?』

 やはり、この世界の住人にとって「だあくないと💛」の死は信じがたい事実のようだ。アルビオーネは腰を浮かせ、驚きの表情を浮かべる。


『私は「だあくないと💛」の父親の従兄弟いとこ・・・従叔父じゅうしゅくふで、「だあくないと💛」の保護者・・・後見人をしていた者です。

 彼が亡くなったので生前に御世話になった人に挨拶しようと思い・・・《レアル》ですか?・・・あちらの世界で彼と交流のあった人で連絡のつく人には皆挨拶し終えたんですが、その後どうもこちらの世界ヴァーチャリアにも来ていたようだと知って来た次第です。』


 四年ほど前になるか・・・従兄弟夫婦が災害で亡くなった。

 夫婦には高校生の息子が一人あり、その子だけが生き残った。

 龍一は独身だったがその従兄弟には昔から世話になっていたし、他に引き取れる親戚も無いということでその子を引き取った。

 その子は龍一の家に移り住み、龍一の家から通える大学に進学し、気づいたらいつの間にか引きこもるようになり、十日ほど前の朝、突然死んだ。

 葬儀の手配をしながら、故人のスマホにアドレス登録してあった相手には全員電話なりメールなりで知らせた。PCも電源が入りっぱなしだったので、メーラーやTV会議アプリなんかに登録してあった連絡先アカウントにも全部連絡した。

 ブログ等SNSのアカウントがあれば訃報を掲示したり、運営に連絡したりした。

 そのあと、デスクトップ上にアイコンがあったネットゲームも一応チェックしてみた。フレンドリスト機能があれば、そこに登録してある人物に連絡を取った。

 その作業中に来たのがこの世界ヴァーチャリアだったのだ。


 なお、故人の尊厳を守るため、HDDの中身は覗いていない・・・・・・



『なんと、にわかには信じかねます。

 いったいどうして!?』

 アルビオーネはすがりつくかのような勢いでリュウイチに迫った。


『いえ、ハッキリとした死因はわからないのですが・・・十日ほど前の朝、朝食を食べに来ないので寝室に様子を見に行ったら既に冷たくなっていた次第で・・・』


 死亡診断では心不全となっていた。

 ただ、噂で聞くところによると、死因がハッキリわからない場合は全部死因欄に「心不全」と書き込んでしまうものらしい。

 部屋に籠ってゲームばかりして不規則な生活を送っていたようだったから、若くても働いて無くても過労でそうなることもあるんだそうだ。

 しかし、そんな不確かな話をいくら聞かされようと、遺族からすれば死因がハッキリとは分からないという点では同じ事だ。


『なんとおいたわしや・・・では本当に?』

 水で出来た彼女アルビオーネの顔は表情が分かりにくい。だが、突然の訃報に接して本気で嘆いているような様子はうかがえた。


『えっと、アルビオーネさんは、「だあくないと💛」とお知り合いだったんですか?』

『はい、妾のアルビオーネと言う名も、偉大なる「だあくないと💛」様から頂戴したものにございます。』


 名付け親ということか・・・なら、結構親密な関係だったのかもしれない。そう思うと龍一は気を取り直して礼を言った。

『そうでしたか、生前「だあくないと💛」が御世話になりました。

 故人に成り代わり、御礼申し上げます。』


 リュウイチが頭を下げるとアルビオーネは狼狽うろたえ、ササッと近寄ってリュウイチが頭を下げるのを押しとどめようとした。


『御礼などと、妾のようなものに勿体のうございます!

 どうか頭をお上げください。

 御世話になったのはむしろ妾の方にございます。

 わざわざお知らせいただきましたこと、こちらこそ御礼申し上げます。

 そしてお悔やみを申し上げます。』


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