第25話 海峡の乙女アルビオーネ(1)

統一歴九十九年四月十日、昼 - アルビオン湾口/アルビオンニウム


 

『行けばいいのかな?』


 船首楼せんしゅろうから駆けつけたサムエルに事情を聞いたリュウイチがその場にいたルクレティアやクィントゥスらに訊いた。しかし、ルクレティアもクィントゥスもヴァナディーズも困ったような顔を作るだけで何も言わない。

 どうしていいか分からず困っているリュウイチにサムエルが言う。

「船首楼までお越しいただければありがたいのですが・・・」


『そもそもそのアルビオーネというのは何者なんですか?』

「アルビオン海峡に住む《水の精霊ウォーター・エレメンタル》を名乗っています。

 私も初めてなんですが・・・」

 リュウイチの問いにサムエルは自信無げに答え、前方を見やった。


 ここ船尾楼せんびろうからもアルビオーネの姿は見えている。あちらからも見えているのは間違いない。それでも取り次ぎを頼んでいるのは礼節にのっとって筋を通すためだろう。


「アルビオン海峡をつかさどる《水の精霊》の存在もアルビオーネの名も聞いたことはありません。

 ですが、あれほどの強大な力を持ってそうな精霊エレメンタルが嘘や冗談を言うとは思えませんから、海峡の精霊というのも挨拶に来たというのも、おそらくその通りなのだと思います。」



 ルクレティアにしろクィントゥスにしろ、当面の間は《暗黒騎士ダークナイト》の存在を秘するというアルトリウスの下した方針に従わねばならない。

 それが無かったとしても、まかり間違って《暗黒騎士》が戦闘力を発揮するような事態は絶対に避けねばならないし、そのために彼らはリュウイチの身辺を守る任務を負っている。


 出来る事なら相手が誰であろうと接触してほしくはないのだが、おおよそ人知の及ばない強大な存在が向こうから訪ねてきた以上、実力的にも立場的にもどうこうできるものでは無かった。相手は並の精霊を遥かに超越した神にも等しい存在なのだ。

 しかも向こうは今こちらを直接見る事が出来るところにいるし、実際に見ていることだろう。

 会わないでくださいなどと下手に口出しすれば即座に相手に露見する。人間ごときが神の行いを妨げて不興を買っては、後々何が起こるか分からない。


「もしもアレが暴れたら、どうにかできるか?」

 龍一は《火の精霊ファイア・エレメンタル》に尋ねた。


 一応、相手アルビオーネのステータスは覗き見ていて自分の方が上なのは確認している。

 まあ、このキャラだあくないと💛はステータス全項目カンストしてるから相手が何者だろうと性能的には上だろう。

 しかし龍一こっちは戦い方を知らないし、多分RPGとかだと属性による相性とか色々ありそうだし、MMORPG系のゲームでは相手むこうが格下だと思って相性の悪い相手に下手に突っかかると痛い目に合うとかいう話も聞いたことがあった。だから念のため確認しておきたかったのだ。


われにか?それは主様が必要な魔力をくれるなら容易たやすい事よ。

 だが吾に頼らずとも、主様一人の力でも一撃でたおせようぞ?』


 なんとなく《火の精霊こいつ》のことが信用できないような気がしてならない。言う事がイチイチ尊大なのが気になる。

 今朝も戦いだの殺戮だのとけしかけてくれたし、ひょっとして今回も相手をあなどらせて戦闘を誘発させようとしてるんじゃないかと疑いたくなってくる。


「相手は海峡を司る《水の精霊》なんだろ?

 てことは海峡の水全部を蒸発させるとかしなきゃいけなくなるんじゃないの?」

 一応それっぽく突っ込んでみたが、《火の精霊》はなんか信じられない事を言いだした。


『おうとも。だから出来るぞ?

 主様はそれを可能にするには十分すぎる程の魔力を持っていよう?

 実際、「だあくないと💛」様はそれに近い事をやっておるし、だからアルビオーネあやつめはこうして主様に挨拶に来たのであろう?』


「・・・そんなことしたの?」

『やったぞ?

 何なら本人に訊いてみろ。』

 リュウイチが何となくルクレティアたちへ視線を送ったら、皆顔を青くして苦笑いを返してきた・・・いや、確実に引いていた。


 サムエルに案内されてリュウイチが船首楼の上に姿を現すと、ヘルマンニは顔をほころばせてうやうやしくお辞儀をしながら礼を述べた。

「おお、リュウイチ様。

 わざわざ御運びいただき恐悦至極きょうえつしごく

 リュウイチ様に対し御客人がまいりましてございます。」


 次いでヘルマンニはアルビオーネの方へ向き直った。


「海峡の乙女アルビオーネ様!

 御要望の通り、我が船に御乗りの高貴極まる御客人を御案内いたしてございます。」


『テイヨの子ヘルマンニよ、御苦労でした。

 願わくば高貴極まる御方の御傍おそばに寄りたいのですが、我が分身の乗船を許していただけますか?』


「海峡の乙女アルビオーネ様、一体どこの船乗りが御身の乗船を拒めましょう。

 我ら船乗りは皆、御身のつかさど水面みなもいだかれる身だというのに!

 どうぞ御遠慮なくお乗りください。」

 

 ヘルマンニはそう言って船首楼の脇へ避け場所を開けて跪くと、すかさずサムエルもそれに倣って父親ヘルマンニの隣に並んで跪いた。


『礼を言います、テイヨの子ヘルマンニ。』


 アルビオーネがそう言うと、海面から盛り上がった渦はまるでヘビが鎌首をもたげるように『ナグルファル』へと伸び、その船首楼に海水でかたどった人形ひとがたを分離して降ろすと再び海面上へと戻って行った。


 船首楼に下ろされた海水の人形ひとがたがリュウイチに向かって跪く。

『この世界に降臨せしいと尊き御方よ。

 妾が忠義を尽くすべき強大無比なる御方よ。

 妾にを与えたもうた愛しき御方よ。

 その名こそむべき唯一の御方、「だあくないと💛」様。

 御身のその久方ひさかたぶりの御降臨を察知し、このアルビオーネ、御悦およろこび申し上げるべくまかり越しましてございます。』


 その様子に三隻の甲板上で低く「おぉ」と感嘆の声が上がった。アルビオーネは艦隊全体に聞こえるように念話を使っていたのだ。


『ああ・・・その、わざわざありがとうございます。』

 こちらヴァーチャリアに来てからというもの、様々な相手にかしずかれ戸惑うばかりだったが、今度の相手は明らかに人間どころか生物ですらない。さすがにリュウイチも戸惑いを隠しきれず、頭を掻きながらひとまず礼を言った。


『おお、御身より礼など申されるとは、駆けつけた甲斐があったというものです。』


 リュウイチに礼を言われて気を良くしたアルビオーネだったが、そのまま声をひそめるように神妙な様子で続けた。


『して、いととうとき御身よ。此度こたびの御降臨は如何いかなる御用によるものでありましょうや?

 何者か撃ち滅ぼすべき者あるならばこのアルビオーネ、是非とも御身のえある戦列に加えていただき、微力ながら露払いを御勤め申し上げる所存にございます。』


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