第27話 アルビオーネと《暗黒騎士》

統一歴九十九年四月十日、昼 - アルビオン湾口/アルビオンニウム


 

『もし、よろしければ故人との関係などお聞かせくださいますか?』


 姿形すがたかたちは人間とは異なっていても、近しい者の訃報を真摯しんしに受け止め、遺族と一緒に嘆いていくれる相手なら誰だって好感を抱いてしまうものだ。

 リュウイチもアルビオーネに対して心を許していた。

 一緒に大切な故人をしのんでくれる者の存在を喜ばない者はいない。


『もちろんですとも!喜んでお聞かせいたしましょう。

 それまでわらわは多くの海や大地の精霊エレメンタルたちがそうであるように、我が身の大きさ故に他の小さき命に全く関心を持たず、己の生きてる意味さえ知らず、ただただ悠久の時を無為に過ごしておりました。』


 アルビオーネは立ち上がって静かに話し始めた。


『ある時、強き力をもつ者どもが現れ、この地で戦いを始めました。

 最初、妾は小さき者同士の争いごとなど、まったく興味を持っておりませんでした。

 戦いは長く続き、そのうち一人の戦士が天高く舞い上がり、空の上から強力な魔法の一撃を放ちました。

 その一撃は大地を穿うがち、このような入り江を作ってしまいました。』


 アルビオーネはそう言うと両手を広げ、彼らの周りに広がるアルビオン湾を指した。


 は?アルビオン湾のこの地形は魔法攻撃で作られたのか?


 アルビオーネの話を聞いていた全員が耳を疑った。

 しかし、周囲の様子に気付くことなくアルビオーネは話を続ける。


『その衝撃たるやすさまじく、大地は揺れ、数多あまたの小さき命も陸の木々も大地の土も爆炎と共に天高く吹き飛ばされ黒雲となって空を覆いました。

 この時、この海峡の水も一滴残らず吹き飛ばされてしまったのです。』


 えっと・・・と、リュウイチたちは話のスケールが大きすぎて付いて行けなくなっていた。だが、そんな聞き手を置いてけぼりにしたままアルビオーネの話は続く。


『これにより妾も死にひんしました。

 生まれて以来、悠久の時の中で死を意識したのはその時のただ一度きり。

 なれども妾は死せず、海峡へと流れ戻る水へ再び宿ることができ、かろうじて命を取り留めたのでございます。

 その一撃を放った戦士こそ、「だあくないと💛」様にございました。』


 アルビオーネ本人は何やら恍惚こうこつとした表情を浮かべているが、話している内容はトンデモナイものだった。


『あ・・・あの、それはその・・・御迷惑をおかけしました。』


 思わずリュウイチは謝った。

 なんとなく凄い迷惑をかけてしまっているのはわかるのだが、話が大きすぎて理解が付いて行かない。

 そのせいか、謝り方がまるで飼ってる雑種犬が近所の金持ちの家の血統書付きの雌犬を孕ませちゃった時の飼い主みたいな・・・あからさまに言うと他人事としか思っていないかのような腑抜けた感じになってしまったのだが、それをアルビオーネは慌ててさえぎった。


『迷惑だなんて飛んでもございません!

 確かに妾は死に瀕しました。

 海峡の生命も、海峡の周りの生命もすべて死に絶え、世界は暗く、冷たくなり、近くの海の精霊エレメンタルや地の精霊を除きすべての生ける者たちは姿を消してしまいました。

 あの一撃によって妾は初めて己の死というものを意識しました。

 盛者必衰じょうしゃひっすいことわりを、もののあわれを知りました。

 そして、小さき命が再び戻ってきた時、妾はその小さき命をでる気持ちを、生きる喜びを知ったのでございます。』


 アルビオーネは話しているうちに再びうっとりとしたような表情になっていった。


『は、はあ・・・』


 彼女は良いように話してくれているが、どう考えても感謝されてよいような事ではない。

 親に虐待された子供が虐待する親を、あるいはDV男から暴力を振るわれる女がDV男を必死で擁護するような、そういうような心理的現象が彼女の中に起こっているんだろうか?てか、精霊にもそういう人間みたいなのがあるのか?


『妾は通りかかった「だあくないと💛」様に呼びかけ、感謝の気持ちをお伝えし、臣従しんじゅうの誓いを立て、代わりにアルビオーネの名をたまわったのです。』

『そ、そうですか・・・』


 リュウイチは戸惑いを隠せなかった。目の前のアルビオーネが話す話の内容に、そしてそれを聞いて引いてるらしい周りの人々に。

 多分、彼らはアルビオーネにも引いてるけど、間違いなく《暗黒騎士リュウイチ》にも引いている。

 いや、だからといってこのまま固まっているわけにもいかない。

 少なくともこの場では話題を切り替えた方が良いだろう。リュウイチは気を取り直して、故人の思い出話を切り上げて話題を変えた。


『それで、その、他にも「だあくないと💛」を知っている人がいたら挨拶にうかがいたいのですが、御存知ないですか?

 今まで聞いたところによると、もうみんな生きてないだろうって聞いてたんですが』


『そうですね。

 妾の知る限りでは、今も生きている者は妾のような精霊のみでございましょう。

 わざわざリュウイチ様がおもむくまでもございません。

 妾がお伝えすれば、皆が皆喜んでリュウイチ様のもとへせ参じましょう。』


 《暗黒騎士だあくないと💛》がこの世界でどんな地位を築いているか分からない・・・いや分かりたくない・・・が、故人の挨拶のために世界中から関係者を集めるというのはさすがに気が引けた。


『いやあ、そうまでしていただかなくても・・・』


 リュウイチが遠慮しようとするとアルビオーネはすかさず食いつく。

『何をおっしゃいます!

 「だあくないと💛」様は亡くなられようとも、「だあくないと💛」様の御身体はリュウイチ様が引き継がれたのでございましょう?

 ならばこのアルビオーネの忠義も、リュウイチ様に御引き継ぎいただきとう存じますれば、どうか御身の御役に立たせてくださいませ。』


『えっ、いや、そうは言われてましも・・・』


『そのような他人行儀な!

 素気すげ無くされてはアルビオーネの立つ瀬がございません。』


『いえ、そうは言われても、こちらは挨拶が終わり次第元の世界レアルへ戻る予定なんで忠義とか言われても・・・』


『ならば猶のこと、妾の口利きで精霊どもを呼び寄せましょう。』



 役に立とうとしてもらえることは素直にありがたい。二人だけの間で済む話ならここ甘えてしまうのも悪くはないかもしれない。


 だが、これはそういう話ではない。世界中に散らばっている何人いるか分からない未知の人々を巻き込んでしまうかもしれない話だ。

 《暗黒騎士だあくないと💛》やアルビオーネがこの世界でどれだけ影響力があるのか想像しきれないが、下手な地方領主や政治家なんかとは比べ物にならない影響力を持っていそうだというくらいは分かる。そんな影響力のある存在はちょっとした発言でいろんな人の運命を左右してしまう事だってある。

 象がセックスするだけで足元の蟻たちは破滅を迎えるのだ。

 第三者に絡んで予想外の迷惑をかけてしまう可能性のある提案に安易に乗るわけにはいかない。


 また、発案者や実行者はアルビオーネだとしても関係者を呼び寄せる主体となるのはリュウイチ自身であり、アルビオーネには迷惑行為の片棒を担がせてしまう事になるという点で、やはり甘えすぎ、世話になりすぎになってしまう。


 人間、歳をとると新しい友人を作ることにどうしても後ろ向きになっていく。自らが老い衰えている事を自覚している以上、新しい友人に世話になることはあっても、世話をすることが出来なくなっていくからだ。

 自分の伸びしろなど無くなり、実力も才能の程度も知ってしまえば、世話になった分の恩を返せる自信もアテもなくなってしまうからだ。


 他人に世話を焼いてもらって気持ち良くなれるのは、時間と可能性・・・いずれ恩を返せる見込みがあるか、さもなければという事を理解してないかのどちらかだ。


 龍一はそのどちらでもない。独身とはいえ四十路よそじのオッサンである。他人に世話を焼いてもらって無邪気に気持ち良くなれるほど無分別ではなかった。

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