第253話 マニウス要塞集結

統一歴九十九年四月二十一日、夕 ‐ マニウス要塞/アルトリウシア



 アルビオンニウムから南へ伸びるライムント街道はアルビオンニアの背骨と言って良い。初代アルビオンニア侯爵ヨハンが統一歴十四年にアルビオン島へ初めて上陸してから始まった属州アルビオンニアの建設は、州都アルビオンニウムとこのライムント街道を中心に進められている。


 数次にわたる南蛮勢力との本格的な武力衝突を繰り返しながらも、レーマ帝国の版図が南へ拡大するにつれて延長されつづけたライムント街道だったが、ここしばらくは南端のズィルパーミナブルグまでで伸長を止めてしまっていた。ズィルパーミナブルグは近郊に豊富な産出量を誇る銀山を有する街であり、元々ここを領有しており、奪還をもくろむ南蛮のヤシロ氏族による強力な抵抗にあっているからだった。ヤシロ氏族は南蛮の中でも有力な貴族で、彼らにとって銀山は力の源泉であり、何としても取り戻すべく数度にわたり逆襲を試みている。ただ、銀山を奪われたことで勢力を急速に衰えさせているらしく、毎年繰り返される奪還作戦もここ数年は数十人から数百人規模の小勢によるゲリラ戦じみた襲撃に終始していた。


 ヤシロ氏族の衰退に付け込んでこちらから打って出、一挙に版図拡大をもくろみたかったレーマ帝国ではあったが、その中心戦力となるべきアルビオンニア軍団レギオー・アルビオンニアアルトリウシア軍団レギオー・アルトリウシアが一昨年の火山災害に巻き込まれて大損害を出してしまったため、現在は防衛に徹して戦力回復を図らねばならない事態となっている。

 幸いなことに、城塞都市防衛隊や要塞守備隊はアルビオンニア軍団レギオー・アルビオンニアが属する辺境軍リミタネイとは別枠の組織であり、火山災害の影響も直接的には受けていなかったことから、防御に徹する分には不安要素はなかった。


 アルビオンニアにとって最前線に近い要衝ズィルパーミナブルグで軍団レギオーの再編にいそしんでいた軍団長レガトゥス・レギオニスアロイス・キュッテルが四月十日に起こったハン支援軍アウクシリア・ハンの叛乱を知ったのは二日後の四月十二日のことであった。十二日の朝方に伝書鳩が、そしてその日の午後に早馬が駆け付けている。

 実姉であるエルネスティーネの危機にアロイスは翌十三日から騎兵部隊エクィテス軽装歩兵ウェリテスを中心にアルトリウシア救援部隊の編成に取り掛かる。しかし、その後半日置きに届く早馬での報せにより、状況を把握するとハン支援軍アウクシリア・ハンのダイアウルフ相手の戦闘を想定した機動力重視の編成から、工兵を中心とした復旧復興作業を想定した編成へと切り替え、民間の大工や職人等の徴集や建築資材および救援物資の手配を幕僚たちに指示すると、自身は先遣隊を率いて四月十六日早朝にズィルパーミナブルグを出立した。


 馬を乗り換えながら駅伝のように手紙を送る早馬では二日の距離だが、普通に行軍すればズィルパーミナブルクからアルトリウシアのマニウス要塞までは六日程度かかる。ズィルパーミナブルクからシュバルツゼーブルグまでライムント街道を四日かけて北上し、シュバルツゼーブルグからグナエウス街道を通って西山地ヴェストリヒバーグを二日かけて越える。

 全体を見ると強行軍というほどの無理な行程には見えないが、進行速度自体は随分早かったと言える。にもかかわらず平凡な日程になってしまったのは、アロイスが途中で通過する宿場町などにイチイチ立ち寄って地元の郷士ドゥーチェを訪ねたからだった。彼は郷士ドゥーチェらに対し今後後続部隊が来ることを告げるとともに、後続部隊に建築用資材や救援物資等を供出し、可能なら土木建築の仕事の出来る人間を集められるだけ集めて後続部隊に加わらせるよう依頼をしていった。


 その彼がグナエウス街道の中間地点にあるグナエウス砦ブルグス・グナエウシウムで一泊してマニウス要塞カストルム・マニへ入場したのは四月二十一日の夕刻ことだった。レーマ帝国でも奇抜でド派手な格好で知られるアルビオンニア軍団レギオー・アルビオンニアは薄暗くなり始めた街道でもひどく目を引いた。前日から先触れを出していたため城下町カナバエでは多くの住民たちが街頭に出て歓声を上げ、盛大に出迎える。二百人に満たない小勢ではあったが、その歓迎ぶりはまるで凱旋式のようであった。

 その歓迎は要塞正門ポルタ・プラエトーリアをくぐって要塞中央通路ウィア・プラエトーリアに入ってからも続き、彼らを驚かせた。


「なんだ!?何で要塞内に住民が居るんだ!?」

「要塞に被災民を収容してるのか?

 俺たちの泊まる場所はあるんだろうな!?」


 要塞司令部プリンキピア前の中央広場フォルムス・プラエトーリアに整列した彼らを迎えたのは、エルネスティーネでもルキウスでもアルトリウスでもなく、要塞司令官プラエフェクトゥス・カストロルムのカトゥス・カッシウス・クラッススだった。


「お待ちしておりました、キュッテル閣下。」


 要塞司令部プリンキピアの正面玄関に立つカトゥスがにこやかに敬礼をしながら歓迎のあいさつを述べると、アロイスは困惑気味に答礼する。


「お久しぶりです、カッシウス・クラッススカトゥス閣下。

 遅くなってしまい申し訳ありません。」


 アロイスの口調や物腰は、その奇抜といって差し支えない姿恰好からは想像できないほど穏やかで丁寧だった。アロイスは義兄であるマクシミリアンのコネで軍人になってはいるが、元々商家の末子で年齢も二十七歳とまだ若い。対するカトゥスは貴族ノビレスの出で軍団レギオーを一度退役して要塞司令官プラエフェクトゥス・カストロルムの地位に就いた老将である。

 アロイスにとってカトゥスは現在の地位からすれば対等以上に接してよい相手ではあったが、身分社会・貴族社会では今現在の身分以上に出自や過去を気にする人物も多い。そういう面倒な貴族や老人たちとも上手くやっていくには、今の身分を笠に着て高圧的に接するよりも丁寧に礼儀正しく接した方が上手くいくケースが多いことを、商家出身のアロイスは子供のころから教わっていたし、経験からも学んでいた。


「いやいや、遅くはありますまい。見ての通り被害は甚大で、焼け出された住民たちに冬を越せるよう急いで住居を用意してやらねばなりませんからな。今は一人でも多くの人手が必要です。歓迎しますよ。

 アヴァロニウス・ウィビウス、アルビオンニア軍団レギオー・アルビオンニアの皆さんを兵舎へご案内を…」


 カトゥスはアロイスと簡単な挨拶を交わすと、すぐそばに控えていたセウェルスにアロイスの引き連れてきた兵士らの世話を命じた。隻眼隻脚のセウェルスは更に部下に命じて兵士らをあらかじめ割り振った兵舎へ案内させる。

 その様子を見ながらアロイスはカトゥスに気になっていたことを訪ねた。


「歓迎はありがたいが、貴官だけなのですか?

 アルトリウシア軍団レギオー・アルトリウシアの方々の姿が見えないようですが?」


 通常ならマニウス要塞カストルム・マニに駐屯しているアルトリウシア軍団レギオー・アルトリウシアの誰かが挨拶にくるものだが、軍団長レガトゥス・レギオニスのアルトリウスはおろか軍団幕僚トリブヌス・ミリトゥムすら一人も姿を見せていないことが気になったのだ。アロイスは無礼とか欠礼とかいう問題以前に、主要メンバーが誰も出てこれないような異常な事態でも発生している可能性を危惧したのだが、カトゥスはそうは受け取らなかった。


「ああ、子爵公子アルトリウス閣下に成り代わり失礼をお詫び申し上げます。

 実は今日の昼頃からティトゥス要塞カストルム・ティティで緊急の会議があるとかで出払っておりまして…」


「緊急の会議!?何かあったのですか?」


「詳細は小官も知らされておりません。が、一時間ほど前に皆さんこちらへ来ると先触れが来ましたので、間もなく来られるでしょう。」


「皆さん?」


「ええ、侯爵夫人エルネスティーネ子爵閣下ルキウスもご家族を連れて参られるようです。」


「姉上…じゃない、侯爵夫人マルキオニッサが御自らマニウス要塞カストルム・マニへ参られるのですか?

 明日、こちらからお訪ねする予定だったはずですが・・・」


「緊急会議の結果のようですな…おお、噂をすれば来られたようですぞ。」


 アロイスがカトゥスに言われて中央通りウィア・プラエトーリアの方を振り向くと、派手に着飾った先触れの名告げ人ノーメンクラートルが大声を上げながら要塞正門ポルタ・プラエトーリアから入って来たところだった。


アルビオンニア侯爵夫人マルキオニッサ・アルビオンニイエルネスティーネ・フォン・アルビオンニア閣下、御成ぁーりー!!」

アルトリウシア子爵ウィケコメス・アルトリウシイルキウス・アヴァロニウス・アルトリウシウス閣下、御成ぁーりー!!」


 先触れの声が響くにつれ要塞内がざわめき始め、先ほどとは比べ物にならないほど人が集まり始める。

 やがて見事に着飾った侯爵家衛兵隊と子爵家衛兵隊に囲まれた車列が要塞正門ポルタ・プラエトーリアから姿を現し始めた。

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