第254話 姉弟再会

統一歴九十九年四月二十一日、夕 - マニウス要塞/アルトリウシア



 要塞中央通りウィア・プラエトーリアを進んで来た車列はアロイスの率いてきた部下たちが兵舎へ案内されていった後の中央広場フォルムス・プラエトーリアでぐるりと回って要塞司令部プリンキピア正面に横付けすると、乗客を順次降ろし始めた。

 アロイスもよく見知った侯爵家の馬車が横付けされ、後ろに立ち乗りしていた従僕フットマンが踏み台を用意してドアを開けると、アロイスが期待した通りの人物が降りて来る。


「アロイス!」


姉さんエルネスティーネ!」


 アロイスは両手を広げ、久しぶりに再会する姉に歩み寄ると、彼女の後ろから可愛らしい女の子が続けて降りてきた。


「あ、アロイス叔父様オンケル・アロイスだ!!エルゼ、アロイス叔父様オンケル・アロイスよ!!アロイス叔父様オンケル・アロイス!!」

「あろいす?」

「これ、ディートリンデ!」


 アロイスにとっての姪にあたるディートリンデは十歳の少女らしく元気に馬車から飛び出してくると、母であるエルネスティーネの脇をすり抜けてアロイスに向かって駆け寄った。


「ディートリンデ様!」


 姪とは言え領主の娘である以上、人目のある所では呼び捨てにはできない。アロイスは膝をついて胸に飛び込んで来た少女を抱きしめた。


「やあ大きくなりましたね、元気にしてましたか?」


「私は元気よ!叔父様来てくれたのね?」


「ええ、来ましたよ。どれ…よっと」


「きゃっ!?」


 アロイスはディートリンデの腰と腿にそれぞれ腕を回すと一気に抱え上げた。


「おおーっ、だいぶ重くなった重くなった、はっはっはっは」


「アロイス、もう着いたのね。」


「遅くなりました姉さんエルネスティーネ


 娘を抱えあげて成長を喜んでくれる弟にエルネスティーネが声をかけると、アロイスは返事をしながらディートリンデをゆっくりと地面に降ろしてエルネスティーネに向き合った。


「いいえ、遅くはないわ。あなたが来てくれるだけでどれほど心強いか。」


「大丈夫です姉さんエルネスティーネ、ボクが付いてますよ。」


 アロイスは涙ぐむエルネスティーネを抱きしめ、背中を優しくポンポンと叩く。その間に地面に降ろされてからどこかへ行っていたディートリンデが小さな女の子を抱えて戻って来た。


「ほら、アロイス叔父様オンケル・アロイス、エルゼよ!

 エルゼ、アロイス叔父様オンケル・アロイスよ、憶えてないの?」


 見下ろすとディートリンデが妹のエルゼを連れてきていた。エルゼは先月三歳になったばかりで、どうやらアロイスのことを忘れているらしくアロイスの顔をジッと見上げながらも姉の後ろへかくれようとする。


「おお、ちょっと見ないうちにエルゼ様も大きくなられた。」


 アロイスがエルネスティーネを離して膝をついて目線の高さをエルゼに合わせてやると、ようやく思い出したのかどこか不安げな表情のままアロイスの顔に手を伸ばす。


「エルゼ、アロイス叔父様オンケル・アロイスよ。ご挨拶なさい。」


こん…ばんは…グーテン・アーベン


 エルネスティーネに言われてエルゼは怯えながらも挨拶すると、アロイスはニッコリ笑ってヒョイっとエルゼを抱えて立ち上がる。


「はい、よくできました。おおー、エルゼ様も重くなられた。はっはっは」


 突然高く抱え上げられて驚いたエルゼだったが、間近で笑いかけられると二っと笑ってアロイスの顔に抱き付く。


アロイス叔父様オンケル・アロイス、カロリーネもいるのよ?

 ほら、今は寝てるけど」


 ディートリンデは叔父の服の裾を引っ張って注意を引き付けると、そう言って馬車がいたあたりを指さす。そこには乳母に抱きかかえられた赤ん坊の姿があった。

 侯爵家の馬車は既に移動しており、他の馬車が乗り付けては順次乗客を降ろし続けている。車列の馬車は二十台を数え、そのほかに荷馬車もいた。降りて来るのは侯爵家、子爵家の家族や家臣団らであり、アルトリウシアにいる主要な貴族ノビリタスのほとんどが集結しているようだった。


「それにしても姉さんエルネスティーネ、まさか皆さんで出迎えに来てくれるとは思いもしませんでした。」


「ごめんなさい、本当はそればかりが理由ではないの。」


「というと?」


 少し驚いたようにアロイスは問い返す。エルネスティーネの実弟でありアルビオンニア軍団 レギオー・アルビオンニアを預かる軍団長レガトゥス・レギオニスであるアロイスが救援のために駆けつけたのである。歓迎されるであろうことは当たり前だとしても、今日到着するのは二百人かそこらの先遣隊であり、アルトリウシア中の貴族が一度に参集するほどの歓待を受けるのはいくらなんでも大袈裟すぎる。何かあったのではないかと心のどこかで不安に思っていたのが、どうやら的中したらしいことにアロイスは内心の戸惑いを募らせていた。


「貴方にはまだ知らせてなかったけど、大変なことが起こっているの。」


ハン支援軍アウクシリア・ハンの叛乱よりも大変なことですか?」


「ええ、そうよ。これから説明するわ。そして立ち会ってもらいます。」


「立ち会う!?」


「この後、時間はいただけるかしら?」


「そりゃもちろん。」


「では中に入りましょう。カッシウス・クラッスス閣下?」


 エルネスティーネの来城に挨拶せねばと思いながらも、姉弟の再会を邪魔しては悪いと遠慮して待っていたカトゥスがうやうやしく頭を下げた。普段、陰鬱いんうつでなにかにつけて消極的なこの男にしては珍しく表情が明るい。


侯爵夫人マルキオニッサ、ようこそおいでくださいました。

 侯爵夫人マルキオニッサとその御家族を歓迎申し上げます。」


「突然押しかけてごめんなさい。

 御迷惑をおかけします。」


「迷惑など飛んでもございません。

 今後も、こういう機会は増えるでしょうからな。をお迎えするえいに浴している以上は当然の務めと心得ます。」


「そう言っていただけるといくらかでも気が楽になりますわ。

 なるべく御負担が増えないようにはしたいのですが。」


 カトゥスの妙に陽気な雰囲気に戸惑いながらも、エルネスティーネは遠慮がちに礼を言った。


「なんの。むしろ今後もっと厄介が増えるのは確実ですからな。

 今のうちにだけでこうしてをさせていただいた方が、今後のためになります。」


「演習ですか?」


にこちらへ御滞在いただいている以上、への来客が増えるのは間違いありません。厄介…といっては失礼ですが、高貴な御客人がね。その時が訪れる前に、部下たちに経験を積ませる機会があるのはよろこばしいことです。

 さあ、どうぞ!急な話ではありましたが全力で準備をさせていただきました。不備がございますれば、今のうちに遠慮なくご指摘いただきたいものですな。」

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