第255話 新たな合意
統一歴九十九年四月二十一日、夕 - マニウス要塞司令部/アルトリウシア
しかし今、最奥の
その異様な雰囲気の中、
奇妙だったのはそうした貴族とは別に、クラーラをはじめとするカール付きの侍女たちも出席者として席を用意されていたことだった。
アルビオンニアの主要な貴族のほとんどが一堂に会しているにも関わらず華やかな雰囲気はまるでなく、本来なら当たり前になされるべき個人間の挨拶すらそこそこに全員が半円形に並べられた席に着くと、これだけは贅沢に用意された鯨油ロウソクの灯りに照らされたエルネスティーネが声高に会議の開催を宣言した。
「皆さん、お集まりいただきありがとうございます。
既にご存知の方もこの中には少なくありませんが、これよりとても重要な発表があります。しかし、これから皆さんにお知らせすることは厳重に秘されねばなりません。
これより、この場で発表することについて、秘密を厳守することを、皆さんの信じる神に誓ってください。」
エルネスティーネの要請に従い、全員が立ち上がりそれぞれの信じる神々の名を告げて誓いを宣言し始める。
「
「
「
「大神ユピテルに!!」
「
「大神オーディンと海神エーギル、そしてアルビオン海峡の精霊アルビオーネに誓う。」
「聖母マリアに誓います。」
「ありがとうございます。席に御つきください。」
「この中ではすでに知っている者の方が多いのですが、まったく御存知ではない方もいらっしゃるので一応最初から説明いたします。
去る四月十日、アルビオンニウムにおいて・・・」
エルネスティーネは四月十日にアルビオンニウムで降臨があったこと、降臨者がかの《
ルキウスの妻アンティスティア、エルネスティーネの兄弟であるグスタフとアロイス他今回の降臨について初めて聞かされた者たちにとって、エルネスティーネの発表はまさに
もちろん、当人は大変驚いているし、その驚きを周囲と共有できない事にいくばくかの混乱も内面に生じさせてはいる。
「貴公、驚いておらぬようだが知っておったのか?」
「うむ、口止めされておったのだ。」
「よりにもよって《
「それにしても
「するとこの背後の壁の向こうに!?」
「大丈夫なの!?」
「卿は初めて知ったのであろう?驚かないのか?」
「いや、驚いておるよ。驚きすぎて却ってどう驚いていいのかわからんのだ。」
エルネスティーネが現状までのことについて説明し終え、一息つくと会場がざわめき始めた。無理もない…というより、この程度で済んでいる事の方がエルネスティーネやルキウスら既に事を知っていた貴族からすればむしろ不思議ですらあった。
エルネスティーネは一息ついたが、どうも緊張はほぐれなかった。だが、まだ発表すべきことはまだ言い終えてないし、ここからが今日の本題であった。咳ばらいをして覚悟を決めると再び口を開く。
「当面は、このまま降臨の事実とリュウイチ様の存在を秘匿し続けます。レーマからの返事が来るまで、おそらく後二か月半から長くても三か月でしょう。皆さんにはご協力をお願いします。
現在、アルトリウシアの復旧復興のために侯爵家、子爵家ともに大規模な財政支出を余儀なくされており、財政はひっ迫しております。ですが、幸いなことに、かのリュウイチ様より『
「「「「「おおお~~っ」」」」」
「ですが、ここへ来て
私たちは今回の災厄の元凶である彼らにも対処せねばならなくなりました。」
エルネスティーネは一旦ここで話を切ってホール内を見回す。
先ほど、ティトゥス要塞でこの件についての検討の場に同席していた者は、静かに落ち着いた様子だったが、それ以外は皆固唾を飲んで見守っている。
「すでに事態は我々の対応力を越えようとしています。
リ、リュウイチ様はそれを看破し、お貸しくだされた銀貨が本当に返せるのかに疑念を抱かれました。しかし、すでに莫大な銀貨を御借入れしており、融資を打ち切られるわけにはまいりません。
そこで、信用の証として我が息子カール侯爵公子をリュウイチ様に人質を差し出すこととしました。」
「なんと!?」
「バカな、いくら
「本気ですか
「まぁ!!」
「反対です!そのような無体な要求は拒絶すべきです!!」
「そうです、人質なら代わりに私が!!」
つい数時間前に見たのと同じような反応が沸き起こる。一人、ルキウスだけがエルネスティーネの横でパッと両手で顔を覆い、うつむいて肩を震わせていた。
「お静かに!皆さんのおっしゃりたいことは理解しています。
ですが、これは既に決定されたことです。」
エルネスティーネも横目にルキウスの様子に気づいていたが、あえて無視した。
「どうかご再考ください
資金ならば我がキュッテル商会でかき集めてごらんにいれます!」
エルネスティーネの実兄にあたるグスタフが立ち上がって叫んだ。キュッテル家はその昔、
「控えなさい、
エルネスティーネはあくまでも
「もちろん、私も愛する息子を人質になど出したいとは思いません。
ですが、これは私たちにとっても利のあることなのです。」
エルネスティーネが毅然と言い放つとグスタフは渋々ながら席に着き、他に腰を浮かせそうになっていた者たちも姿勢を正した。
「私たちはこの人質という条件を飲む代わりに、リュウイチ様に対しいくつかの交換条件を提示し、
一つは、
もう一つは、
そうですね、
両手で顔を覆って身を震わせていたルキウスがピタッと止まり、深呼吸を始めた。笑いを消してるのだ。
笑い過ぎよ、こういう時は意地悪なんだから・・
エルネスティーネが内心で呆れなあら小さくため息をつくと、ポーカーフェイスを取り戻したルキウスがようやく顔をあげる。
「いかにも、この合意により我々はリュウイチ様からの御融資の継続と、リュウイチ様が気まぐれに他所の土地へ去らないという保証を得ることができた。
また、将来アルビオンニアを御継ぎになられる侯爵公子カール閣下の御健康を、リュウイチ様が保証してくださることにもなろう。」
本当はカールの健康…もっと言えば現在の植物状態からの回復を目的としたものではあるが、それを前面に出せばさすがに「
エルネスティーネの今回の発表はそうしたアリバイ工作の一環だった。
ルキウスは何だかんだ言いながら結局、先ほど彼がやらかした悪戯と同じことをやらざるをえなくなっていたエルネスティーネや家臣団たちの様子がおかしくて笑っていたのだった。彼は貴族でありながら次男坊ゆえに幼少期はずっと兄の
「で、ではカール様を!?」
先ほどまで怒りや困惑の表情を浮かべていた者たちは、何か奇跡でも目の当たりにしたかのような表情でエルネスティーネを見上げた。その視線が投げかける疑問にエルネスティーネは力強くうなずく。
「治癒していただけるでしょう。」
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