第510話 ヴァナディーズの疑念

統一歴九十九年五月六日、晩 - ケレース神殿テンプルム・ケレース/アルビオンニウム



 緊急会議の結果、ヴァナディーズは明朝の船でサウマンディウムへ送られ、ルクレティア・スパルタカシア・リュウイチアはそれを見送った後に陸路をアルトリウシアへ向かう事となった。予定と違うのは出発が一日遅れている事、そしてカエソー・ウァレリウス・サウマンディウス伯爵公子とスカエウァ・スパルタカシウス・プルケルとジョージ・メークミー・サンドウィッチが同行することである。

 このため、それまで神殿テンプルムの警備に当たっていたサウマンディア軍団レギオー・サウマンディア軽装歩兵隊ウェリテス二個百人隊ケントゥリアはそのままカエソーとスカエウァの護衛としてルクレティアの一行に加わることとなった。


 アルトリウシア軍団レギオー・アルトリウシアのセプティミウス・アヴァロニウス・レピドゥスはセルウィウス・カウデクスが率いてきた護衛部隊の内の重装歩兵ホプロマクス一個百人隊と共にアルビオンニウムへ残り、アルビオンニウムを拠点にティトゥス街道復旧工事に当たるサウマンディア軍団第八大隊コホルス・オクタウァの世話を焼くことになっている。これ自体は当初の予定通りだ。

 ただ、『勇者団ブレーブス』がまだアルビオンニウム近郊に推定二百人の盗賊団と共に潜んでいることが想定されているため、彼らの任務には当面の間の『勇者団』への対応も加わることとなった。


 『勇者団』対応にはアルトリウシアからアルビオンニア軍団軍団長レガトゥス・レギオニス・アルビオンニアのアロイス・キュッテルが自ら歩兵大隊コホルスを率いてシュバルツゼーブルグまで来てはいるのだが、補給体制を確立できなかったためシュバルツゼーブルグとアルビオンニウムの中間地点であるブルグトアドルフまでしか進出できない。

 彼らがアルビオンニウムまで来るためにはシュバルツゼーブルグ以北の中継基地スタティオを復旧させて街道の安全を確保するか、荷馬車と護衛部隊を増強するか、さもなければサウマンディアを通じての海路での補給体制を確立する必要があった。だがそれらを実現するためにはいずれも時間が必要であり、当面は対『勇者団』のための戦力としては期待できなかった。

 そもそも彼らの任務は『勇者団』対応とは言っても『勇者団』と盗賊団の鎮圧ではなく、『勇者団』からルクレティアを護ることである。だからせっかくブルグトアドルフまでは進出してくるとは言っても、補給体制がどうだろうがアルビオンニウムまでは来ることはせず、ルクレティアと合流し次第アルトリウシアへ撤収することになっていた。


 サウマンディアから対『勇者団』の援軍を送り込むと言う話もあったが、サウマンディアとアルビオンニアでは属州が異なるため、属州女領主ドミナ・プロウィンキアエエルネスティーネ・フォン・アルビオンニア侯爵夫人の承諾を得なければ新たな戦力投入は出来ない。その手続きのためにはやはり数日は時間を要する。

 結局、ルクレティア帰還後の神殿はセプティミウス率いるアルトリウシア軍団の一個百人隊とピクトル・ペドー率いるサウマンディア軍団の一個大隊コホルスの約六百人弱の兵力だけで守らねばならない。

 しかしそれは、サウマンディアから海路での補給体制がすでに確立されている以上、十分に対応できるだろうというのが軍人たちの認識であり問題は無い。


 問題は『勇者団』からの手紙の返事をどうするかだった。

 ルクレティアはファドに「話すべきことがある」と伝言を託し、『勇者団』はそれに応じた。そしてルクレティアに対して交渉のテーブルを用意するように要求してきている。ところがルクレティアは明日にはアルビオンニウムを発つことになってしまった。

 当面の『勇者団』対応の現場指揮はセプティミウスが執ることになっているので『勇者団』との交渉もセプティミウスが代理として行う事にはなるのだが、ルクレティアからすると自分で種を撒いておいて他人に収穫されてしまうような言いようのない不満が残ってしまう。

 しかし、ルクレティアの本来の仕事がリュウイチの傍らにはべり、その世話を焼くことであるというのは事実であり、セプティミウスが言ったように一日でも早く戻らねばならない以上諦めるほかない。


「じゃあ明日、私はサンドウィッチ様と同乗しなくていいのね!?」


 ルクレティアから会議で決まった明日の予定を聞かされたヴァナディーズは胸をなでおろした。緊急会議が終わった時は既に日はとっくに暮れており、普通の健全な女性や子供たち、金のない貧乏人たちは寝る時間であったが、ヴァナディーズは明日の自分の運命を心配して起きて待っていた。そのことを侍女のクロエリアから聞かされたルクレティアは自分の寝室クビクルムに引き取る前に、ヴァナディーズが待っているという小食堂トリクリニウム・ミヌスへ赴き、説明したのだった。


「ええ、先生は明朝、船でサウマンディウムへ向かっていただきます。

 私たちも船着き場までは見送りに行かせていただきます。」


 メークミーと同乗しなくてよい…そのことを知ったヴァナディーズは少しうれしそうにはしていたが、まだどこか不安そうな様子のままだった。


「あなたは乗らないのルクレティア!?」


「え!?ええ…あれ、来た道を帰るって、言ってましたよね?」


 ルクレティアは驚いて訊き返した。


「え!?そうだっけ?

 援軍が来てるから予定がどうなるかわからないとは聞いたけど…」


「ああ…あれ、そうでしたっけ?

 その、私は予定通りシュバルツゼーブルグを通ってアルトリウシアへ帰ります。」


 考えてみればそうだった。ルクレティアはアルビオンニウムでの『勇者団』への対応には参加せずにアルトリウシアへは帰るが、アルトリウシアから援軍が来ているそうなのでどうなるか分からない…つまり予定は未定だと一度話していた。

 その後、ヴァナディーズには明日メークミーはカエソーが自らの手でアルトリウシア経由でサウマンディウムへ連行するとは説明していたが、その中でルクレティア自身がどうするかは説明していなかった。当然、ヴァナディーズは分かっているだろうといつの間にか思い込んでいたからだった。


「じゃあ、伯爵公子閣下と一緒に!?」


「そう、なりますね。

 明日、ブルグトアドルフで…ああ、援軍はアルビオンニア軍団レギオー・アルビオンニアのアロイス・キュッテル閣下が直接率いてらっしゃるそうなんですけど、明日ブルグトアドルフで合流することになりそうです。」


 ルクレティアの説明を聞くとヴァナディーズは視線はルクレティアに向けたまま眉を寄せ、顔をわずかに引いた。


「?…どうかしましたか?」


「ルクレティア、あなたやっぱり『勇者団』を捕まえるのに利用されてるんじゃないの?」


 教え子の間違いを諭す教師のようなヴァナディーズの態度にルクレティアは戸惑いを隠せない。


「え!?…どうして、ですか?」


「だって、考えてごらんなさいよ。

 『勇者団』を捕まえるには《地の精霊アース・エレメンタル》様の力が無いと無理だわ。相手はハーフエルフ様が何人もいるのよ!?

 勝てないかもしれないし、勝ったとしてもたくさん犠牲が出るわ。ハーフエルフを殺しちゃうかもしれないし…」


「それは、そうかもしれませんけど…でも何で?」


 ヴァナディーズが何を言いたいかイマイチわからないルクレティアが困惑の表情を浮かべたまま尋ねると、ヴァナディーズは何かじれったそうにルクレティアの方に身を乗り出してきた。


「だぁかぁらっ、あなたと同行するのよ!」


「私と?」


「そう!

 サンドウィッチ様を連れて行けば『勇者団』はきっとサンドウィッチ様を取り戻そうと襲い掛かって来るわ。その時、あなたが近くに居れば、《地の精霊》様の力を借りてハーフエルフだって捕まえられるでしょ?」

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