第509話 メークミーの移送方法

統一歴九十九年五月六日、晩 - ケレース神殿テンプルム・ケレース/アルビオンニウム



 セプティミウス・アヴァロニウス・レピドゥスの主張は何も間違っていなかった。ルクレティア・スパルタカシア・リュウイチアはまずもってリュウイチの傍で仕え、リュウイチが暴走したりこの世界ヴァーチャリアに影響を及ぼすようなことをしでかさないように世話をし、監視し、そして世界との調整を最優先にしなければならない。だからこそ、ルクレティアは聖女サクラとして、最重要人物として扱われているのである。

 確かに『勇者団ブレーブス』が降臨を起こさないように、あるいはこれ以上の戦禍を及ぼさないように治めることは必要だが、まだ起きていない降臨への対処と既に起きてしまった降臨への対処では後者が優先する。それにそれは聖女ルクレティアの役目ではない。

 ルクレティアは自分の呼びかけに『勇者団』が応じたことに責任を感じていたが、その責任はリュウイチに仕える責務と比べられるようなモノでもない。また、ルクレティアが自ら『勇者団』との会見に臨もうとするのは《地の精霊アース・エレメンタル》という強力無比なボディーガードがいてくれるからこそだったが、その《地の精霊》はリュウイチの眷属であってルクレティアが使役しているわけではない。つまり、《地の精霊》の力に頼るということは、すなわちリュウイチの力を直接利用しているのと変わりは無かった。

 これまではまだ、「『勇者団』の方から攻撃をしかけてきたので聖女ルクレティアの身を護るため仕方なく《地の精霊》が力を行使した」という言い訳が辛うじて通用する範囲ではあったが、《地の精霊》が力を行使することを前提にこちらから『勇者団』の方へ出向くとなれば話は別である。それでは《地の精霊》の力を利用する意図があったことは明らかであり、降臨者の力を利用することになる。すなわちそれは大協約が禁じる「《レアル》の恩寵おんちょうの独占」以外の何物でもなかったのだ。


 かくして、ルクレティアによって『勇者団』との交渉の場を設けるという思惑は頓挫せざるを得なかった。

 ルクレティアは明日、予定通りアルビオンニウムを発ってアルトリウシアへ帰ることになる。これには緊急会議の最中に駆け込んできた早馬のもたらした情報を受けての決定でもあった。


 早馬はアルビオンニア軍団軍団長レガトゥス・レギオニス・アルビオンニアアロイス・キュッテルが寄こしたものだったが、彼が率いる歩兵大隊コホルスはどうやらアルビオンニウムまで来ることが出来ないらしい。補給体制を確立できる手立てが付かなかったのだ。

 彼は十分な数の荷車を用意できなかった。シュバルツゼーブルグからアルビオンニウムまでの中継基地スタティオがほぼ潰されたせいで、普段以上の荷馬車が必要になったこと。そしてそれらに十分な護衛兵力を割り当ててやらねばならないにも拘わらず、余剰兵力をどこからも抽出できなかったのだ。

 このためアロイス率いる討伐隊はブルグトアドルフまでしか進出できない。サウマンディアから船便で補給を受けられるならアルビオンニウムまで進出することも可能だったが、さすがにそのための調整をサウマンディアとするだけの時間はなかったのだ。

 結果、ルクレティアとその護衛部隊はブルグトアドルフでアロイスと合流することとなったのだった。


 ルクレティアがいなくなれば、実質サウマンディア軍団だけでこのアルビオンニウムを守らねばならなくなる。


 サウマンディア軍団だけで『勇者団』を防ぐことが可能だろうか?


 おそらく可能だろう…少なくとも軍人たちはそう考えていた。

 まだ二個百人隊ケントゥリアで守られていただけの神殿テンプルムを攻略するために、『勇者団』はわざわざシュバルツゼーブルグ近郊の盗賊たちを傘下に納めて兵力を整えたくらいだ。ということは、『勇者団』は独力で二個百人隊が守る神殿を攻略する自信が無かったに違いない。手紙の中でティフ・ブルーボールは「レーマ軍さえ討ち払って目的を達していたであろう。」と語っているが、おそらくハッタリか、あるいはこちら側の戦力が大幅に増強されていたことを把握しきれていなかったと思われる。


 現在、『勇者団』が集めた盗賊団は兵力をほぼ半減させているはずであり、推定総兵力は二百程度と見積もられている。対してこちらは当初神殿を防衛していた二個百人隊に第八大隊コホルス・オクタウァが加わり、なおかつアルトリウシア軍団レギオー・アルトリウシアの三個百人隊も加わっているため、総兵力は九百といったところだ。早馬用に連れてきている騎兵やサウマンディア海軍の水兵たちも加えればその数は更に増加する。

 アルトリウシア軍団はルクレティアと共にアルトリウシアへ帰る予定ではあるが、セプティミウス本人と一個百人隊は当初の予定通りこのままアルビオンニウムに残ることになっているので、昨夜の戦死者を考えてもざっと七百五十人。防衛兵力と盗賊団の兵力差は四倍近い。

 『勇者団』そのものの戦力がどの程度かは不明だが、盗賊団三百を戦力に加えて二個百人隊を攻略するつもりだったこと、そして仮に彼らが攻者三倍の法則(戦闘において有効な攻撃を行うためには、攻撃側は守備側の三倍の戦力を必要とするという考え)を知っていたと仮定するならば、彼らは自分たちの戦力を少なくとも三~四個百人隊程度に相当すると自己評価していたと推定できる。その評価が妥当かどうかは不明だが、仮に妥当だと仮定して考えてみた場合、神殿を守ろうと思えば現有戦力で『勇者団』を防ぐことは十分に可能だ。ルクレティアが帰還したあとも、こちらは敵の二倍近い戦力を確保できていることになるのだから。


 しかし、拠点防衛のみならず要人警護もとなると話は別である。現に昨夜も『勇者団』はこちらの全兵力を盗賊団による陽動で引っ張り出しながら、背後からファドという暗殺者をルクレティアのもとまで送り込んできたのだ。ルクレティアがいなければ間違いなくヴァナディーズは殺されていたに違いない。


 ヴァナディーズとメークミー、この二人は『勇者団』の手の届かないサウマンディウムへ送ってしまう方が安全だ。少なくともルクレティアのいなくなったアルビオンニウムに留め置くことはできない。

 だが今度はサウマンディウムへどう送るかが問題になった。明朝、サウマンディウムへ向けて出港できる船が一隻しかなかったのである。港には他にも船はあるが、それらは今日サウマンディウムから資材を運び込んだ船であり、荷下ろしが済んでなかった。二人をサウマンディウムへ送るとなれば一隻に船に乗せるしかないのだが、ヴァナディーズがそれを頑なに拒んでいるのだ。


「ルクレティア様、なんとかヴァナディーズ女史を説得できないのですか?」


「待たれよアヴァロニウス・レピドゥス殿!

 ヴァナディーズ女史がサンドウィッチ様との同乗を拒む理由は至極当然のものだ。ヴァナディーズ女史本人が同意したとしても、暗殺の懸念が払拭されない以上は同じ船に乗せるわけにはいかん。」


 セプティミウスの要請をカエソー・ウァレリウス・サウマンディウス伯爵公子が横から口を挟んで止めさせる。

 ヴァナディーズ一人が嫌がっているだけなら強引に乗せてしまうこともできなくはなかったが、カエソーもまたメークミーの気が変わってヴァナディーズが殺されることを懸念していたため、それも出来ない状態になってしまったのだ。


「ではどうするのです!?

 サンドウィッチ様を一日、ここに留め置くつもりですか!?」


 セプティミウスはうんざりしたような様子を滲ませ、わずかに眉をひそめながら言った。

 そんなことは論外である。それはメークミーをみすみす『勇者団』に取り戻させてやるようなものだ。メークミーをサウマンディウムへ送り出すためには、明朝ルクレティアたちがアルビオンニウムを発つ前にヴァナディーズと同じ船に乗せてしまうほかないのである。

 だがカエソーは意固地になっていた。自分で『勇者団』を説得して事件を収束させる機会を奪われたことが面白くないのだ。


「いや、それは出来ん。」


「じゃあ船に乗せるしかないではありませんか!」


 セプティミウスの言っていることは正しい。遵法精神にものっとっており、合理的で無駄もない。反論の余地はない。だからこそ面白くないのだ。だからこそ少しでも自分の意地を通してやらねば気が済まない。

 カエソーは少し意固地になりすぎている自分に気付きつつあったが、もう止まらなかった。もしかしたら、先ほどの夕食ケーナで飲んだワインが少し強く残っていて、それが影響しているのかもしれない。

 セプティミウスの顔を無言のままジッと見たままカエソーは数秒考え、そしておもむろに口を開いた。


「いや、もう一つ方法がある。」


「何です?」


「ルクレティア様と御一緒にアルトリウシアへ送り、そこから船でサウマンディウムへ送る。」


「何ですと!?」

「「「「「!?」」」」」


 これにはセプティミウスのみならず、同席していた全員が驚いた。この場におけるサウマンディア軍団のナンバー2の地位にある第八大隊コホルス・オクタウァ大隊長ピルス・プリオルピクトル・ペドーが慌てて口を挟んだ。


「お、お待ちください閣下!

 せっかく捕えた捕虜を、ルクレティア様にお預けするのですか!?」


 それはただでさえアルビオンニア側に作っている“借り”を更に大きくしてしまう事を意味した。同時に、昨夜のカエソーの功績を、そしてサウマンディア軍団の軍功を台無しにしてしまうことにもなりかねない。


「いや、ルクレティア様と同行するだけだ。

 サンドウィッチ様の身柄をお預けするわけではない。」


「そうは言ってもルクレティア様以外に誰がサンドウィッチ様の身柄を誰が管理するのです!?」

「まさか!?」


 困惑を隠せないピクトルに対し、セプティミウスはカエソーの意図にいち早く気付いたようだった。セプティミウスのその表情を見て満足したのだろうか、カエソーは口角を持ち上げて言った。


「私も同行する。

 私がアルトリウシア経由で連行する!」

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