第508話 封じられるアース・エレメンタル
統一歴九十九年五月六日、晩 -
彼としては『勇者団』の逮捕よりもルクレティアの安全の方を優先したいと考えていたのだ。『勇者団』は脅威だが《
ここでルクレティアが出て行かなかったとしても彼らに降臨が起こせるとは思えない。これについては降臨の歴史を研究している学士ヴァナディーズができるはずがないと証言している。
また、仮に彼らに降臨が出来たとして、彼らが召喚しようとしているのは彼らの父祖だ。かつて《
それにルクレティアを出さずに帰還したとして『勇者団』の矢面に立たねばならないのは
しかし、セプティミウスの思惑はルクレティア本人によって否定されてしまう。ルクレティアは手に持っていた『勇者団』からの手紙を円卓の上に張り付けようとするかのように両手で置き、セプティミウスの方を見て凛とした声で言った。
「いえ、話がしたいと持ち掛けたのは他ならぬ私の方なのです。
彼らはそれに応えてくれました。私が応じないわけにはまいりません。」
「しかし!!」
セプティミウスはてっきりルクレティアも出て行きたいとは思っていないと考えていたので、ルクレティアの予想外の反応に
「私の身なら大丈夫です。《
それよりもいつ、どこへ、誰を連れて行くかです。」
ルクレティアがもうすでに決定事項だと言わんばかりに断定すると、カエソーが
「ルクレティア様が参られるのであれば私が行かないわけにはいきません。」
「ありがとうございます。
それとサンドウィッチ様は連れて行こうと思いますが、よろしいでしょうか?」
ルクレティアが思い出したようにそう言うと、セプティミウスはもちろん、カエソーも含めその場にいた全員が慌て始める。せっかく捕えた捕虜ジョージ・メークミー・サンドウィッチに逃げられてしまう危険性が高かったからだ。
「お待ちくださいルクレティア様!
敵が本当に信用に足る人物かどうかもわからないのですよ!?」
「私は少なくともサンドウィッチ様は信用に足ると考えております。
それにサンドウィッチ様には他の『勇者団』を説得してくださると約束していただきました。」
「しかし、彼は明日の船便でサウマンディウムへ送る予定です。
会見の日時が決まるころには船上の人となっておるでしょう。」
セプティミウスの指摘を否定するルクレティアに対し、今度はカエソーが追いすがった。メークミーをヴァナディーズと共に明日の朝一番に船でサウマンディウムへ送るのは、つい数時間前の会議で決められたことだった。その会議にはルクレティアも出席していた。
だが、ルクレティアは申し訳なさそうな顔をカエソーへ向ける。
「それなのですが…できれば予定を変更していただきたいのです。」
「彼を…『勇者団』との交渉に利用するためですか?」
カエソーの質問に対し、ルクレティアは数秒口を
「それもありますが…実はヴァナディーズ先生が彼と同じ船に乗ることを拒んでおられるのです。サウマンディウムへ行くのはいいけど、別の船にしてくれと…」
「女史が?いったいなぜ?」
「先生は彼ら『勇者団』に命を狙われております。実際、一度は瀕死の重傷を負わされました。
その『勇者団』の一員であるサンドウィッチ様と同じ船に乗せられて、それにサンドウィッチ様に気付かれればまた襲われるのではないかと御心配なのです。」
ルクレティアがやや声のトーンを落として
「ああ…なるほど、たしかに配慮が足らなかったかもしれません。
狭い船の上では逃げることも隠れることもできませんな。
ルクレティア様にとって大事な家庭教師でもある重要な参考人を、不用意に容疑者と一緒にするわけにはいきませんな…」
カエソーが前のめり気味になっていた上体から力を抜き、背もたれに体重を預けながら言うとセプティミウスは逆に前のめりになって
「ですがヴァナディーズ女史もサンドウィッチ様もどちらもサウマンディウムへ移送せねばならないことに変わりはありません。
ここに置いておけばいつまた再び『勇者団』の手が伸びてこないとも限らないのですぞ?!」
「ですから、御二方ともサウマンディウムへお送りします。ですが、その船を分けていただきたいのです。そうすればヴァナディーズ先生も安心してサウマンディウムへ行けますし、サンドウィッチ様に『勇者団』を説得していただくこともできるのではありませんか…そう、お伺いしているのです。」
だがセプティミウスは首を縦に振らなかった。
「私は反対です。
今ならまだ『勇者団』も昨夜の戦闘の消耗から回復しきっていないでしょう。彼らが回復する前に二人をサウマンディウムへ送ってしまうべきです。そして、ルクレティア様もアルトリウシアへ発ってしまえば、女史の安全もサンドウィッチ様の身柄も確保できます。あとは援軍と補給が来るまで神殿を守るだけで良い。」
「待て、アヴァロニウス・レピドゥス殿!
それでは『勇者団』はどうなる、野放しにするつもりか!?」
セプティミウスの意見にカエソーは慌てた。それで『勇者団』が攻めてきてくれれば捕える機会が得られるかもしれないが、その時ルクレティアも《地の精霊》もいないのだ。戦力的に負けるとまでは思わないが、損害は覚悟せねばならないし、もしも『勇者団』が攻めてきてくれなければカエソーは『勇者団』をみすみす取り逃がしてしまう事になりかねない。
だがもし『勇者団』を説得できれば、損害無しにその身柄を確保して今回のメルクリウス騒動も解決できるのだ。せっかく『勇者団』がルクレティアに対して接触を図ってきているのに、その機会をみすみす逸することなど出来はしない。
しかし、セプティミウスは譲らなかった。
「それは援軍が到着してから考えればよいことではありませんか!
敵は盗賊の寄せ集めが二百!その胃袋を支え続ける兵站能力など無いのです。そしてアルビオンニウムは二年前に放棄されて以来無人です。
今は要人の安全確保を最優先すべきです!」
「いえ、アヴァロニウス・レピドゥス様。
私が彼らに話し合いを求め、彼らはそれに応じようとしているのです。それなのに私がそれを無視すれば、彼らは私たちを信用しなくなり、二度と呼びかけに応じてくれなくなるかもしれません。
盗賊たちは飢えるに任かせてもいいかもしれませんが、『勇者団』はゲイマーの血を引く聖貴族。私たちには彼らは速やかに保護してムセイオンに送り届ける義務があるはずです。」
あくまでも譲らないルクレティアに対しセプティミウスは困ったような表情を浮かべ、吐き出しそうになったため息を飲み込んだ。
「ですがルクレティア様の
どうかご理解ください。」
「私には《地の精霊》様の御加護があ「いけません!!」り!?」
《地の精霊》の加護…『勇者団』を容易く撃退したその力をもってすれば、たとえ相手が『勇者団』であってもルクレティアの身の安全は保障される。ルクレティアにとってそれは伝家の宝刀のようなものだった。だがそれを言い終わる前にセプティミウスによって遮られた。
驚き目を丸くするルクレティアに対し、セプティミウスが大きく一回、深呼吸をしてから語り掛ける。
「大きな声を出して申し訳ございませんルクレティア様。
ですが、《地の精霊》様の御力をあてになさるのはお控えください。
その御力は貴女様の御力ではなく、リュウイチ様の御力なのですぞ!?」
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