第507話 手紙への対応
統一歴九十九年五月六日、晩 -
「お食事中のところをお出で頂きありがとうございます。」
「いえ、かまいません。
ちょうど、食べ終わったところでしたから…」
軍人たちが
カエソー・ウァレリウス・サウマンディウス伯爵公子は最上位者の席を退き、入室してきたルクレティア・スパルタカシア・リュウイチアに譲ると、自分はその隣の次席へ移った。ルクレティアが「ありがとうございます」と小さくお礼を言って着席すると、カエソーを始め起立してルクレティアを迎え入れた軍人たちは一斉に席に着いた。
「『
「その通りです。
兵によると、見たこともない大きなカラスが飛んできて、コレを落として行ったそうです。」
カエソーはそう説明しながら丸められた紙をルクレティアへ差し出す。
「先に封を切って中身は改めさせていただいております。
どうぞ、ご確認ください。」
カエソーの説明を聞きながらルクレティアは受け取った紙を広げた。紙はパピルスでも羊皮紙でもなく、やや繊維の荒い植物紙であった。おそらく亜麻を原料に使ったものと思われ、木綿を原料としたものと並んでレーマ帝国ではもっとも普及している紙の一つである。その安い紙には場違いに思えるような貴族的な上品さを感じさせる、縦に長細い流麗な筆記体の文字が規則正しく並んでいた。それだけで思わず見入ってしまいそうになる美しさである。
『親愛なる女神官ルクレティア・スパルタカシア嬢
昨夜のスパルタカシア嬢の御活躍、敵ながら実に見事であった。貴女の使役する《
ファドから聞いた話によれば、貴女御自身も随分と強力な魔法を使われるそうだな?
かくも強大な魔法の使い手が、その名を知られぬままかような辺境に在ったとはまことに信じられぬ思いでいっぱいだ。貴女ほどの御力をお持ちでありながら、ムセイオンに報告をせぬままでおられるのは不可解極まる。貴女の身はムセイオンに置かれるのが至当であろう。
いかなる理由で貴女ほどの聖貴族が辺境の地で
貴女が居られねば、我らはヴァナディーズを除き、レーマ軍さえ討ち払って目的を達していたであろう。しかし、貴女と貴女の《地の精霊》の力によって我らは目的を果たすことが叶わなかった。
だが、我らも誇り高きゲーマーの血を引く勇者である。負けは潔く認めよう。
そのことについて恨み言を言うつもりもない。
いずれ近いうちに再戦の機会はあるだろう。その時こそ、貴女と貴女の《地の精霊》を打ち破って見せよう。我らが父祖はただのゲーマーではない。死を恐れず、負けてもなお諦めず、勝利を掴むその時まで挑み続ける冒険者たち…すなわち勇者だったのだ。そして我らはその血を力と勇気と共に受け継ぐ者である。
しかし、貴女のメッセージを
我らは誇り高き勇者である。ゆえに、真の実力者には敬意を払い、貴女の申し出を受けることとしよう。我らもレーマ軍に捕らえられた
期日と場所を指定するがよい。明朝、この手紙を持って行った使い魔の大カラスが返答を受け取りに神殿へ参るであろう。返答を記した手紙を渡せば、そのカラスが我らの元まで運んで来よう。
会見の場が他の無粋なる者共に邪魔されぬと約束されるのであれば、我らはその場に赴くであろう。無論、貴女の安全は我らの誇りにかけて保障する。
「勇者団」リーダー、ティフ・ブルーボール二世』
文字は芸術的と言ってよいほど綺麗だったが、その文字によって英語で記された文章はレトリックも内容もあまり褒められたものではなかった。ルクレティアは読み終えたその手紙をどうしていいか分からず、両手に持ったままカエソーの方を見た。
「これを…私に?」
「
二人は呆れたように「ん~~~」と唸り声ともため息ともつかない声を漏らし、手紙に視線を落とした。
確かに話がしたいとファドに伝言を頼んだのはルクレティアだ。だが、捕虜になったジョージ・メークミー・サンドウィッチの身柄を確保しているのはカエソーの方である。軍勢を率いて『勇者団』に対峙しているのもカエソーの方だし、
要するにお門違いなわけだが、まあ彼らからすればルクレティアがこちらの中枢にいるように思えたのだろう。ルクレティアはラスボスと見做されてしまったわけだ。
この手紙の内容はルクレティアにとっても、またカエソーにとっても迷惑かつ失礼なことではあった。しかし、『勇者団』と接触の機会を得たい彼らにとってはこれを逃す手はない。ルクレティアは手紙に目を落とし、もう一度視線で文字をたどりながらカエソーへ問いかけた。
「どう…したらよいのでしょうか?
私としてはヴァナディーズ先生の身の安全を取り付けたく存じますし、彼らに降臨を留まるよう説得したいのは私も伯爵公子閣下も同じですよね?」
「無論です。その場には私も是非同席させていただかねばなりませんな。
ルクレティア様を御一人で彼らの前に出すわけにはまいりません。」
カエソーは身を起こし、ルクレティアを見下ろすように胸を張って言った。
彼も貴公子であり、
本来ならルクレティアをこのようなことに巻き込みたくはないのだが、同時に彼らは大協約を守るうえで、『勇者団』への対処もせねばならなかった。そして、今彼ら『勇者団』に対抗できるのはルクレティアを置いて他にいないのである。
ルクレティアの力に頼るのは最早避けようがない。が、かといってルクレティアを危険にさらすことも出来ない。その状況で彼らは軍人として貴族としての体面を保たねばならなかったのだ。
しかし、ルクレティアが『勇者団』との会見に引きずり出されそうな雰囲気を察したセプティミウスが異論をはさんだ。
「しかし、おそらくこの『他の無粋なる者共』とは私共のことでしょう?
我々の同席をはたして認めるでしょうか?」
「最低限の人数の随伴は認めてもらわねばなるまい。
貴官とてルクレティア様を御一人で『勇者団』と対峙させるわけにはいくまい、アヴァロニウス・レピドゥス殿?」
「そうではなく、ルクレティア様にお出まし願うこと自体を避けるべきではありませんかな?
ルクレティア様の大切な御身体を、いかに
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