第260話 毒の経路は・・・
統一歴九十九年四月二十二日、午前 - マニウス要塞陣営本部/アルトリウシア
「イッサンク…」
『一酸化炭素中毒…こういう狭く締め切った場所で火を燃やすと酸素が足らなくなて…って、酸素はわかりますか?』
「え、ええ…聞いたことがあります。人が呼吸したり火が燃えたりするために必要なものだと…」
たとえば、病気などでも病原菌やウイルスなどと言った目に見えないほど小さな生物が原因になっているという事は知られているが、ガラス加工技術が未発達なため顕微鏡や実験器具などを使って病原菌やウイルスの存在を確認することができていない。
酸素もそうした存在の一つで、酸素と言う物質が存在することは知られているが、それを自由に精製したり性質を確認したりといったことは出来ていない。
『そりゃよかった。たくさん火を燃やすことで部屋の中の酸素が足らなくなって、一酸化炭素が発生してしまうんです。』
「「「イッサンカタンソ…?」」」
エルネスティーネもルクレティアもカールも、一酸化炭素を知らなかった。だから魔導具『
『一酸化炭素を少し吸うと、頭痛やめまいがしたり吐き気がしたりします。多く吸い過ぎて症状が重くなると判断力や運動能力が低下したり、錯乱したり、けいれんしたり…最悪の場合、酸素が吸えなくなって窒息します。気を失ったり、死んでしまったりします。
酸素が吸えない割に肌の血色がよくなるらしいですけどね。』
「まあ!・・・じゃ、じゃああの時も!?」
エルネスティーネの脳裏にあの時の記憶がよみがえってくる。
『多分、そうでしょうね。
最後に部屋から爆発的に炎が噴き出したっていうのもうなずけます。
一酸化炭素は燃えやすいので、窓や戸を開けて新しい酸素が急激に入って来たので一瞬で燃え上がったんでしょう。』
それを聞いてエルネスティーネはわなわなと震え始めた。
「な、何てこと…じゃ、じゃあすべて私のせい?」
エルネスティーネはその場で崩れ落ちた。知らなかったとはいえ、自分のせいで息子や使用人たちを死の危険にさらし、あまつさえ火災まで起こしかけた。その罪悪感が無防備な彼女の精神に津波の様に襲い掛かって来たのだ。
「母上!?」
「
ドスンと尻もちをついたエルネスティーネにルクレティアが駆け寄り、その身体を支える。
『いや、それは二次的なものです。幸い死者はでなかったんですから、次から気を付ければいいでしょう。問題は別のところにあります。』
「別のところ?」
顔を青くしたままへたり込むエルネスティーネを支えながら、ルクレティアがリュウイチを見上げる。
『言ったでしょ?カール君は毒状態だった。
聞いたところでは症状が同じだったようですから、同じ毒でしょう。』
そういえばそうだ。エルネスティーネが灯りを用意させる前からカールは悶え苦しんでいた。それが毒のせいだというのなら、カールに毒を飲ませた者がいる。前回、そして今朝、カールの食事の世話をしていたのは・・・
「クラーラ!?」
エルネスティーネが侍女の名を呼ぶと、クラーラは自分が疑われていると気づき慌て始めた。
「めめ、滅相もありません
『まあまあ、落ち着いて。
カール君が毒を飲んだのは間違いありませんが、誰が飲ませたかはまだ断定できません。まずは何に毒が入れられていたかを確かめないと…カール君が毒を飲んだとしたらいつですか?』
そうは言っても前回と今回、共にカールの食事の世話をしていたのはクラーラだけだ。前回の食事は侯爵家お抱えの料理人が調理したが、今回はアルトリウスのお抱え料理人が調理しているから、同じ毒が使われたとしたら料理人が仕組んだとは考えにくい。あとは厨房からカールに食べさせる間に毒が入れられたとしか考えられないのだ。
それが分かっているのかクラーラは涙を流して無実を訴え始める。
「信じてください、私じゃありません。」
『大丈夫、落ち着いて。』
「こ、今回毒を入れられたとしたら朝食だけですわ。
カール、他に何か飲み物か食べ物を口にして?」
エルネスティーネの問いにカールは無言で首を振った。
『なら朝食だ。
昨夜はみんな同じものを食べたのだし、症状が出たのはカール君だけなら、カール君しか食べていない物でしょう。
カール君が食べた後の食器は?』
「もう片付けましたわ。」
『ルクレティア…たぶん、汚れ物部屋だと思うけど奴隷の誰かに言えばコレって特定して持ってきてくれるかな?』
「多分、大丈夫だと思います。持ってこさせますか?」
『お願いします。』
ルクレティアはリュウイチに頼まれるとエルネスティーネに「少しお待ちください」と小声で断りをいれてから、部屋を出ていった。
「母上、クラーラじゃないよ。」
「ええ、私もそう思うわ。でも…」
「
しばらくすると、ルクレティアとリウィウスがカールが朝食を摂る時に使った食器を持ってきた。当然ながらまだ汚れたままである。リュウイチはそれらを並べて一つずつ調べていった。
『ディテクト・エンチャント』
そのうち、一つの皿に付着した汚れから毒の反応が見つかった。丸く平たい木を削ってできたスープ皿。
『これだ…これは、スープ?』
「それは
『牛乳粥?』
「
栄養学も《レアル》から伝わっている。ただ、それらはやはり化学的に実証できないことが多いため、経験則で確認しにくいものは盲目的に信じられているような状態で、半ば迷信に近かった。エルネスティーネもカルシウムとかいう物が骨を強くするために必要で、それは牛乳に多く含まれているらしいという事を知ってはいたが、ではカルシウムが何なのか、カルシウムがどう骨を強くするのかまでは知らなかった。
『ふーん、その材料は残ってるかな?』
リュウイチのこの問いにはルクレティアが答えた。
「牛乳は今朝の分はもう飲むか使うかしてしまったかと」
『そっか、他の人も同じ牛乳を飲んでいるのか…でも他の人に症状は出てませんよね?』
「ええ、材料は皆同じなはずですから…材料を疑ってらっしゃるんですか?」
『確認しやすいところから確認した方が早いでしょ?
でも、確かにカール君も他の人も同じ材料使ってるんだから材料は関係ないか…』
そこでクラーラが何か思い出したように叫んだ。
「小麦!!」
「「「!?」」」
先ほどまで落ち込んでいたクラーラが突然あげた大声に全員が驚いた。
「そうです!カール様の小麦だけ特別に別のを使っています!」
まるで自分の疑いが早くも晴れたかのように明るい表情をし、両手を胸の前で握ってクラーラが訴えた。
「クラーラ!あれは教会が特別に祝福してくださったありがたい…」
エルネスティーネがクラーラを叱ろうとするのをリュウイチが遮った。
『本当に!?』
「はい!カール様の御病気がよくなるようにと、サウマンディアの教会から届けられた特別な小麦をつかっております。」
「待ちなさい!あれはカールのために教会が祝福をほどこしてくだすったありがたい小麦なのですよ!?毒なんて入っているわけがないではありませんか!!」
『いや、調べてみましょう。
教会が毒を入れたか、誰かが教会の小麦に毒を混ぜたかはわかりませんが、麦に毒が入っていたなら少なくともクラーラさんは犯人じゃないことが確認できます。』
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