第1176話 ナイスの予想
統一歴九十九年五月十日、晩 ‐
「ハァァァ~~~~~ッ」
今度はアーノルド・ナイス・ジェークが長い溜息をつき、肩を落とした。
「な、なんだよ!?」
それを見たメークミーが思わず
「お前、自分の立場を分かってるのか?
俺たちは捕まったんだぞ!?」
「むっ!?
だ、だが貴族なんだから、捕虜になったって貴族にふさわしい待遇を……」
メークミーがオロオロしながらも反論するとナイスはヤレヤレとばかりに首を振り、メークミーは思わず途中で言葉を途切れさせてしまった。
「な、なんだよ。
俺間違ったこと言ってるか?」
「勘違いはしているな。」
「な、何をだよ!?」
ナイスはナイフとフォークを置き、テーブルの上で軽く手を組んで置くと改めてメークミーの顔を見た。
「いいか、俺たちは捕まったが、俺たちは捕虜じゃない。」
「‥‥‥‥はっ!?」
「いや、捕虜と決まったわけじゃないと言った方がいいか?」
「待て待て待て!」
どうやらメークミーは理解が追い付かないようだ。話の流れがどうなっているかすら分からなくなっているのかもしれない。混乱した様子のメークミーは椅子に腰を落ち着け、額に手を当てて目を閉じる。
「お前、何を言ってるんだ!?
俺たちが捕虜じゃないだって?
何を言ってるんだ、俺は戦い、負けて捕まったし、お前だってそうだったろう!?」
眉間にシワを寄せて苦悶しつつメークミーが尋ねると、ナイスは口を大きく歪ませて呆れを露わにすると小さく苦笑いを見せた。
「確かに戦い、負けて捕まった。」
「なら捕虜だろ!?
俺たちは貴族なんだから、捕虜になっても貴族にふさわしい待遇を……」
メークミーの口をナイスは手を
「それは戦争で戦って捕虜になればの話だ。」
「………」
「俺たちは戦争してたか?」
無言のままメークミーは首を振る。しかし表情は先ほどと変わらない。まだ飲み込めてないのだ。
「そう、俺たちは戦争をしていたわけじゃない。
まして俺たち聖貴族は、戦争に関わっちゃいけないことになっている。」
そう、そもそもゲーマーの絶大な力が人類を世界を二分する戦争へと駆り立て、人類は破滅の一歩手前まで行ったのだ。その反省から大協約が結ばれ、降臨を防ぎ二度と降臨者の力に頼ってはならないと定められた。そしてその頼ってはならないはずの降臨者の力を、その血とともに引き継いだのが彼ら聖貴族なのである。大協約を極端に理解するのならば、彼らも力を使ってはならないしそもそも生存していてはならないということにもなりかねない。
が、それはそれであまりにも極論すぎる。現実には彼らの血に宿る魔力を世界は必要としているのであり、彼らの力を世界の脅威とならぬよう、世界の平和的発展に寄与するようにという理想がムセイオンでは掲げられているのだ。ゆえにこそ、冒険者に憧れる彼ら
「ま、待ってくれナイス。
じゃあ俺たちは……どうなるんだ?」
メークミーの疑問はもっともだろう。戦って敗れて捕まれば捕虜になる。捕虜は保護されるべき対象であり、貴族ならば貴族にふさわしい待遇で扱われなければならない。だからメークミーは戦って敗れて捕まったのだから、自分が貴族待遇の捕虜として扱われるのが当然だと思っていた。現にレーマ軍はメークミーを貴族の捕虜として扱っているように感じられていた。だがナイスは違うと言っている。
ナイスはフゥっと溜息をつくと肩の力を落とした。その目に何やら憐れみの光が見て取れるのは気のせいだろうか?
「俺たちは軍人じゃないし、戦争をしていたわけじゃない。
だが盗賊を率いて暴れさせ、軍隊相手に戦って損害を与え、そして捕まった……分かるか?」
「まさか……」
顔を青ざめさせていくメークミーに、ナイスは残酷な事実を告げた。
「俺たちはただの犯罪者だ。」
その一言にメークミーは愕然とすると椅子から腰を浮かせ、立ち上がりかけた途中で力を失い、そのままドスンと椅子に腰を落とした。
「は、犯罪者?」
「当然だろう?
だいたい、降臨を起こすって時点で大協約に反しているんだ。」
視線まで床に落としていたメークミーはハッとしてナイスを見上げる。
「待てよナイス!
俺たちは、今俺たちは現に貴族として扱われてるぞ!?」
ナイスはうんざりしたような表情を見せると、一度大きく息を吸い、そのまま溜息をつくように吐き出した。
「ナイス?」
「だからそれは、俺たちが聖貴族だからだよ。」
「………?」
「法的には、俺たちみたいな真似をした奴を厚遇する義務も責任も無いんだ。それでも俺たちが貴族として扱ってもらえているのは、あのカエソー・ウァレリウス・サウマンディウス伯爵公子の厚意でしかない。
そんで、あの伯爵公子閣下が俺たちが貴族として扱ってくれているのは、俺たちがムセイオンの聖貴族だからだ。
ま、勘ぐるなら俺たちを大事に扱うことでムセイオンに恩を売り、ムセイオンと懇意にしようって腹積もりなのかもな。
俺たちがただのNPCの貴族の子だったら、今頃とっくに獄に繋がれているだろうぜ。」
そこまで言うとナイスは椅子に座り直し、身体の向きを食卓へと向きなおした。ナイフとフォークを手に取り、残りのラムチョップステーキに向かいながら続ける。
「分かったか?
俺たちは今、あの伯爵公子閣下に甘えさせてもらえてるんだ。
今の扱いが当然の物だとは思わんことだな。
シュバルツゼーブルグで領主の食器にケチつけちまったヘマのこともある。
しばらくは大人しくした方がいいだろ。」
顔を青くしていたメークミーはそれを聞くとへッと力なく笑う。
「それは君のヘマだったろ!?」
「うるさい。
お前だってあの皿貰ったんだから同罪だろ!?」
二人は結局、ヴォルデマール・フォン・シュバルツゼーブルグから皿を六枚ずつ貰っていた。ムセイオンにもなさそうな貴重な施釉陶器の皿を合計十二枚……ヴォルデマールがシュバルツゼーブルグ家の威信をかけていた宴席であれだけの騒ぎを引き起こした後だけに、彼らはそれを遠慮することも許されなかったのだ。
自業自得とはいえ嫌なことを思い出させられたナイスは、切り取ったステーキを口に放り込むと無言のままモグモグと咀嚼し、ゴクリと飲み込む。そしてそのまま手を止めてしまった。
「俺はてっきり、お前が心配しているのかと思ってたよ。」
「心配?」
話が分からないメークミーが問い返すと、ナイスは不機嫌そうにジロッと目だけを動かして睨んだ。
「
「え、何で
メークミーのその能天気さに呆れたナイスは両手に持っていたナイフとフォークをギュッと拳で掴み、それらを天井に向かって突き立てるように拳をテーブルに置くと本格的に顔をメークミーに向けた。
「お前、昨夜のこともう忘れたのか!?」
「昨夜の事!?
皿の事じゃなくてか?」
「そこから離れろ!」
ナイスはナイフとフォークをテーブルに置いて両掌をテーブルに突いた。動揺するメークミーを恫喝するように低くめた声で続ける。
「昨夜、あの宴席の後!
部屋で待つ俺たちのところへ伯爵公子が来ただろ!?」
「あ、ああ、手紙を持って?」
ようやく話が通じたと思ったナイスは語気を普段の調子に戻して続けた。
「そうだ!
お前も見ただろ?
「あ、ああ……それが?」
「あれは
「
ペイトウィンの性格からして自分がペイトウィンに助けてもらえると思ってなかったメークミーは思わず素っ頓狂な声を出してしまうが、それはナイスを苛立たせることになった。
「他にホエールキングの紋章を使う奴なんか居ないだろ!!」
ナイスの冷たいツッコミにメークミーは思わず背筋を伸ばす。
「交渉に応じなければシュバルツゼーブルグの街を火の海にするとまで書かれていた。」
「あ、ああ……」
「だが、交渉が行われた様子は無いし、シュバルツゼーブルグが火の海になった様子も無い。
そうだな?」
ナイスがスカエウァに話を振ると、それまで空気に徹していたスカエウァはビクッとし、慌てて首を縦に振る。
「本当か!?」
スカエウァの反応にやや懐疑的になったメークミーが重ねて尋ねると、スカエウァは恐る恐る答えた。
「はい、この
街が火の海になれば、今頃騒ぎになってます。」
「よし、ちょっと見て来い!」
「え、今からですか!?」
ナイスの唐突な命令にスカエウァは飛び上がらんばかりに驚いた。
「当たり前だ!
俺たちの役に立つんじゃなかったのか!?
だったら役に立って見せろ!
お前のその目で確かめて来い!!」
ナイスが吐き捨てるように命じるとスカエウァはガタっと椅子を鳴らして立ち上がり、コクコクと阿呆のようにうなずいてからおぼつかない足取りで部屋から出て行った。
「おい、いくら何でも……」
あまりにも傍若無人なナイスの態度にメークミーが苦言を呈したが、ナイスは全く気にする様子もなく平然と答える。
「いいんだ、人払いだから。」
「人払い!?」
驚くメークミーにナイスは指を動かして耳を貸すようにジェスチャーで促す。それを見たメークミーが素直に顔を寄せて耳を貸すと、ナイスは一度ナプキンで口を拭ってからメークミーに顔を寄せた。
「
だが、交渉も行われず、街に異変も起きていない。
なのに伯爵公子閣下と御姫様が俺たちとの夕食を中座して出て行った……この意味が分かるか?」
「何だって言うんだ?」
低い声で囁くナイスにメークミーも低めた声で囁き返すと、ナイスは驚くべき予想を披露して見せた。
「
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