第1175話 メークミーの不満

統一歴九十九年五月十日、晩 ‐ グナエウス砦ブルグス・グナエイ/アルビオンニウム



「フゥゥゥ~~~~~ッ」


 ジョージ・メークミー・サンドウィッチは不満も露わに大きくため息を付いた。メークミーは楽しみにしていたのだ、今日の夕食を。しかし、夕食の途中で兵士の一人が入室し、カエソーとルクレティアにそれぞれ何かを耳打ちすると、二人は中座してしまった。今、この場に同席しているのはナイス・ジェークとスカエウァ・スパルタカシウス・プルケルの二人……これなら一人の夕食の方がマシではないか? いや、ナイスのことが嫌いなわけではないが、ナイスと一緒に食べるならもう少し気楽な感じで食べたい。


「どうした、御姫様がいなくなったのがそんなに残念か?」


 夕食が始まって以来ほとんど口を利くことなく一人で黙々と食べ続けていたナイスが唐突に口を開き、メークミーはギクッと身を震わせる。


「なっ、違う! 違うぞナイス。

 揶揄からかわないでくれ。」


「なら何だ?

 せっかくの飯が不味くなるような態度は辞めてくれ。

 お前がそんなだからそっちのスパルタカシウスもビビってるじゃないか。」


 言われてメークミーがスカエウァの方を見ると、確かにメークミーの様子をおっかなびっくり伺っているようだった。が、メークミーの視線が自分に向けられたことに気づくと慌てて取り繕う。


「いえっ、ビビるだなんてそんな!

 ただ、私は何かメークミーサンドウィッチ様のお気に召さぬことでもあるのでしたら、出来る限りのことをして差し上げねばと……」


「それを“ビビってる”って言うんだろう?」


 ナイスが冷ややかに笑いながらいうと、スカエウァは「いや、その……」と口の中で何かゴニョゴニョと言葉を弄びながら言い淀んでしまう。

 メークミーにとってもナイスにとっても、スカエウァのように自分たちに何とか取り入ろうと御機嫌を伺ってくる人間は珍しくもなかった。聖貴族として生きていれば、そんな人間はそれこそ腐肉に群がる蠅のように絶えず寄って来るのだ。それらは人の血を吸う蚊と同じで、下手に接近を許せば際限なく財を、負担を、名声を吸い取られてしまう。ゆえに、聖貴族は自分たちにスカエウァのように取り入ろうとしてくる人間のことなど簡単には相手にしない。特に、毒にも薬にもならぬ相手と見た相手に対してはどこまで冷淡になる。メークミーの方はまだスカエウァに利用価値を期待していたが、ナイスの方は早くもスカエウァを見限ろうとしていた。スカエウァに取り付く島も与えず、ナイスはメークミーに苦言を呈する。


「俺はせっかくの飯を愉しみたいんだ。

 それなのに隣で不味そうにされると素直に楽しめ無くなるだろ?

 せっかくいい気分になってたんだから、台無しにしないでくれ。」


 そう言うとナイスは澄まし顔でラムチョップステーキを口へ運ぶ。メークミーはその様子を恨みがまし気に見ると、自身もステーキを切り取りながら詰るように言った。


「いい気分だって?

 よくそんな気分になれるもんだ。」


「お前はならなかったのか?

 寒い中、丸一日馬車に揺られた後で風呂で熱い湯に浸かり、身体を温めたところでこの御馳走だ。

 レーマ人がやたら風呂好きなのも今日ばかりは納得できるってもんだ。」


 実際のところ、ナイスは結構満足していた。これまでの旅で風呂でリラックスするようなことは一度も無かった。服を着たままエイーに浄化魔法をかけてもらって清潔を保っていたのである。下手すると同じ服を半月位ずっと着っぱなしの時もあったのだ。

 しかし、こうして裸になって熱い湯に身体を浸けると、身体の内から綺麗になっていくような感覚がある。エイーの浄化魔法では味わえない感覚だ。これで冷えた身体を温め、ボーっとするような心地よさに満たされている時に、やはり旅行中の自炊では再現できないような御馳走が並べられる。

 自炊は自炊で楽しいが、自分は何もしないまま膳据ぜんすぜんで出される御馳走は別物である。ここのところ、自分で狩った獲物を料理するのも飽き始めていたナイスにとっては猶更なおさらであった。


「大層お気に召したようだなナイスジェーク殿。

 なによりなことだ。」


 口に放り込んだステーキを食べながらメークミーが嫌味を言うと、ナイスは無言のまま眉だけをあげて頷いて見せた。メークミーはナイスの方を見ず、ただ目の前のステーキの乗せられた皿をにらむように見下ろしながら咀嚼そしゃくし、ゴクリと飲み込んで口を開く。


「確かに俺も悪くない気分だったさ。

 風呂だって悪くなかった。

 この山の上は想像以上に冷えるし、狭い馬車で揺すられた身体をほぐして温めるのは思ったより良かった。ああ、リラックスできたさ。

 もちろん御馳走だって悪くないぞ。

 このラムチョップステーキなんてズバリ、俺の好物さ。」


「なら黙って食えよ。」


 それまで一応平静を保っていたナイスもさすがに辟易へきえきし、さきほどよりも低いトーンで突き放すように言うとメークミーはドンッとテーブルにフォークとナイフを持ったままの拳を叩きつけ、上体を大きくひねってナイスの方を見る。


「それだ!

 何故、我々が寂しく静かに黙って食わねばならんのだ!?」


「食事は静かにするものだろう?」


「違う、違うぞナイス!」


 メークミーはナイフとフォークを置くと椅子ごとナイスの方へ向き直った。


団欒だんらんはあってしかるべきだ。」


「団欒?」


 ナイスが手を止めて小首をかしげる。


「そうとも、団欒は食事の場を楽しくし、料理をより一層素晴らしいものにする。」


「ふっ」


 ナイスは鼻で笑うと再びステーキに挑み始めた。


 なんだ、結局ルクレティア御姫様がいなくなって腹立ててるんじゃないか……


 だがメークミーはナイスに見透かされているとは考えず、グイッとナイスを覗き込むように身体をせり出す。


「笑うのか?」


「笑うね。」


 ちっとも面白くなさそうな顔をしたままナイスはステーキを口に入れた。静かに顎を動かし続けるナイスをジッと睨みつけていたメークミーだったが、ついにいきどおりをあらわにする。


「何故だ?!

 お前だって仲間たちと一緒に焚火を囲んでの食事を楽しんでたじゃないか!

 あれは嘘だったとでも言うのか!?」


「ウソじゃないさ。」


 まだ咀嚼しきれていなかった肉をゴクリと無理に飲み込んだナイスはうるさそうに顔をしかめながら答える。


「だが、あれはあれ、これはこれだ。」


 機嫌を悪くしながらもあくまでもすまし顔を保とうとするナイスの態度はメークミーには納得しかねた。喉の奥で低く唸った後、上体を起こして胸を張り、その胸の前で腕を組む。


「わからん!

 お前の言ってることは分からんぞ?!

 団欒は団欒だろ!」


「お前が今しているのは団欒とは違うのか?」


「……団欒は団欒だが……いや、いや違う。

 それこそ、アレはあれ、これはこれだ。」


 ナイスはついに手を止め、メークミーの方へ向き直った。


「何が違う?

 今は俺とお前しか居ないじゃないか。

 これで団欒を愉しみたいというのなら、俺を相手にするしかないだろ?

 それなのにお前は俺の気分が悪くなるような態度をとっている。

 ルクレティア御姫様と楽しく話がしたいのは分かるが……」


 ナイスの言葉をメークミーは手の平をドンッと机に叩きつけて遮った。


「話をらさないでくれ!

 俺はルクレティアスパルタカシア嬢の話などしていない!!」


「じゃあ、何の話をしているっていうんだ!?」


 メークミーはナイスをジッと見下ろしたまましばらく考えていた。


「き、貴族の待遇だ。」


「は?」


「俺たちは貴族だぞ!? ゲーマーの血を引く聖貴族だ。

 その聖貴族に対する扱いがコレか!?

 俺はそれをいきどおっているんだ!!」

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