第1177話 グルグリウスの相談

統一歴九十九年五月十日、晩 ‐ グナエウス砦ブルグス・グナエイ/アルビオンニウム



 食堂に御馳走と共に置き去りにされたナイスとメークミーが言い合っている頃、カエソーとルクレティアは別室でグルグリウスと会っていた。グルグリウスはどうやって来たのか? もちろんグナエウス砦の正門から入って来ていた。もとよりグナエウス砦は軍事施設ではあるが、峠の頂上付近にある唯一の宿泊施設でもあるため一部は一般にも開放されている。特にアルトリウシアへの救援物資を輸送するための重要な中継基地でもあることから、何十台もの馬車と百人を超える御者や馬丁たちが出入りしていた。このため砦の正門は普段からよほど怪しい人物でもない限り素通し状態である。それに加えカエソーは正門の警備を担当する者に対し、グルグリウスを名乗る人物が尋ねてきたら丁重に案内するようにと依頼し、更にご丁寧にも昨夜カエソーらと共にグルグリウスの姿を見ていた百人隊長ケントゥリオの一人を正門近くに待機させていたため、グルグリウスは何の障害も無く砦へと入ることが出来たのであった。


「よくぞおいで下さいましたグルグリウス様。

 たしかハーフエルフを御捕まえになられたと伺いましたが、御一人のようですな?」


 グルグリウスを待たせてあるという応接室タブリヌムに入ったカエソーは、グルグリウスの他には室内にサウマンディア軍団レギオー・サウマンディア軍団兵レギオナリウスとスカエウァの部下の神官フラメンしかいないことに戸惑った。


「御心配なく伯爵公子閣下、ハーフエルフはちゃんと捕えて森の中に隠しておりますとも。

 いきなり連れて来たのでは騒ぎになってしまいますからな。

 人目を避けたいのでしょう?」


 なごやかな、だが地の底から響いてくるような低い声でグルグリウスが語ると、怪訝けげんな様子を見せていたカエソーの表情がパッと明るくなった。


「おお、そういうことですか。

 お気遣きづかいありがとうございますグルグリウス様。

 ハーフエルフ様はペイトウィン・ホエールキング様で間違いありませんでしたか?

 大丈夫とは思いますが、御怪我などなされてはおられんでしょうな?」


「ええ、ペイトウィン・ホエールキング二世で間違いありません。

 吾輩わがはいには彼に殺されたインプたちの記憶があるのです。

 おお、大丈夫……私怨などで仕事を忘れる様なことはしませんとも。

 抵抗なされたので仕方なく多少の怪我はさせてしまいましたが、今は治癒魔法で完全に回復しておいでです。

 先ほども元気にしておられましたよ。」


 グルグリウスの話にカエソーらが一瞬表情を凍らせたのを見て取ったグルグリウスは冗談でも語るように笑顔を作ってカエソーらを安心させた。


「なら良いのですが、しかし森の中に隠しておられるとのことですが御一人で?

 逃げられる心配はないのですか?」


「《藤人形ウィッカーマン》に閉じ込めてあるので大丈夫です。」


「ウィッカーマン???」


 カエソーは《藤人形》を知らなかった。ルクレティアの一行が《藤人形》を見たのはブルグトアドルフでの二度目の襲撃を受けた夜、《森の精霊ドライアド》が捕えたナイス・ジェークを引き渡しに現れた時だったが、その時カエソーは重症を負ってベッドに横たわっていたので見ていなかったのだ。


「《藤人形ウィッカーマン》はゴーレムの一種です、カエソー伯爵公子閣下。

 胴体がかごのようになっていて、人を捕えておくことが出来ます。」


 横からルクレティアが言い添えると、カエソーは驚きと喜びとが綯交ないまぜになったような表情を浮かべる。


「おおっ!

 そのような物をお持ちとは、さすがはグルグリウス様だ。

 《地の精霊アース・エレメンタル》様の眷属なだけはある。」


 カエソーに感心されたのが素直に嬉しいのか、グルグリウスは得意になったように胸を張り、満面の笑みを浮かべた。


「なに、それほどでもありません。

 ハーフエルフを捕えたのは確かに《地の精霊アース・エレメンタル》様より頂いた魔力あればこそですが、《藤人形ウィッカーマン》は義姉である《森の精霊ドライアド》様より譲っていただいたものです。」


「「《森の精霊ドライアド》」」


 カエソーは感嘆を込めて、ルクレティアは畏怖を込めてその名をつぶやいた。カエソーはブルグトアドルフの《森の精霊》とは直接会っていない。盗賊団によって負わされた重症によって意識を失ていたからで、その存在については翌朝意識を回復してから受けた報告によって知るのみである。対してルクレティアの方は会っていた。《森の精霊》が捕えたナイスを《地の精霊》に献上しにブルグトアドルフの街まで出てきた際に会っており、《地の精霊》から紹介もされていた。その時に巨大な《藤人形》も見ている。

 《森の精霊》の名が二人の口から都合よく出たのを見て取ったグルグリウスは、胸を張り伸びあがらせていた身体を戻し……いや、むしろわずかに屈ませて柔和な愛想笑いを浮かべた。


「その《森の精霊ドライアド》様より、閣下に御相談があるのです。」


 思わぬ申し出にカエソーとルクレティアは目を丸くすると互いに目を見合い、そして再びグルグリウスに視線を戻す。


「それは、《森の精霊ドライアド》様には我らもお世話になっております。

 その《森の精霊ドライアド》様の御相談とあらば、耳を傾けぬわけにはまいりません。

 応えられる限りは応えてごらんに入れましょう。」


 精霊エレメンタルは人間社会とは関りを持とうとしない。関りを持ったところでメリットが何も無いからだ。これが魔力を持った聖貴族や神官ならば多少は違うかもしれないが、明確な意思を持って人とコミュニケーションを交わすほどの強大な精霊ともなると人間が供することのできる程度の魔力には何の魅力も感じない。だというのに『勇者団』ブレーブスと渡り合い、その一人をいとも簡単に捕えて見せ、おまけに巨大なゴーレムを操って街に届けるほどの精霊が、魔力など欠片ほども持たないカエソーに相談があると言われてもピンとこない。


 まさか、大量の生贄いけにえを捧げろとかいうわけでもあるまいな?


 帝国屈指の上級貴族パトリキ属州領主ドミヌス・プロウィンキアエの嫡子と言えども出来ることとできないことがある。神にも等しい精霊の要望とあれば応えるのにやぶさかではないが、出来ないことを出来るというわけにはいかないし、出来ないと断れば何かあるのではないかと心配にもなるのは当然だろう。


「相談というのは、エイー・ルメオ様とクレーエ殿のことです。」


「エイー・ルメオ様とクレーエ殿?」


 カエソーがわずかに怪訝な表情を浮かべると、ルクレティアが横から口を挟んだ。


「エイー・ルメオ様のお名前だけは存じております。

 ゲイマーガメルの御一人エイー・ルメオ様のすえ……治癒魔法研究の功績で知られたヒトの聖貴族のはず。

 クレーエ殿という方は、残念ながら存じ上げません。」


 補足してもらったグルグリウスはルクレティアにニッコリと微笑んで軽く会釈した。カエソーはルクレティアの助言により、メークミーとナイスの尋問によって判明している『勇者団』ブレーブスのメンバーの中に、そんな名前があったことを思い出した。ムセイオンの聖貴族ではあるがハーフエルフではなくヒトなのでさほど注意を払っていなかったため、ハッキリと覚えていなかったのだ。


『勇者団』ブレーブスの一員ですか?」


 カエソーが尋ねるとグルグリウスは「いかにも」と首肯しゅこうする。


「エイー・ルメオ様は御存知のようにヒトの聖貴族です。

 クレーエ殿の方は盗賊の一人……ですが、今やエイー・ルメオ様の従者です。」


 ……盗賊?


 頭に疑問符を浮かべるカエソーらを無視してグルグリウスは続けた。


「そして、御二人とも我が義姉|森の精霊《ドライアド》様の大切な御友人なのです。」

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