第1178話 無理難題

統一歴九十九年五月十日、晩 ‐ グナエウス砦ブルグス・グナエイ/アルビオンニウム



義姉あねは大切な友人であるエイー・ルメオ様をから引き離し、助けたいと考えておいでです。」


「悪い友達というのは……『勇者団』ブレーブスのことですか?」


 訊きにくいことを尋ねるようにカエソーが問うと、グルグリウスは首肯した。


「そうです。

 『勇者団』ブレーブスは盗賊どもを率い、レーマ軍に敵対し、ブルグトアドルフの人々を苦しめました。

 しかし、エイー・ルメオ様ご自身は治癒者であり、『勇者団』ブレーブスの回復役に徹しておられたため、まだ誰も殺傷してはおられません。

 エイー・ルメオ様とクレーエ殿は『勇者団』ブレーブスに組しております。

 『勇者団』ブレーブスがこのまま敵対行為を続け、いずれ我らが主君たる《地の精霊アース・エレメンタル》様に敵と見做みなされるようになれば、眷属である我々がいずれ討伐を命ぜられるかも知れません。

 義姉あねは自らの手で大切な友人を討たねばならぬような事態になることを恐れておいでなのです。」


 説明するグルグリウスの表情は、本心からかどうかは分からないが沈痛そうではあった。カエソーは拳を顎に当て考える。


 『勇者団』の聖貴族たちはムセイオンからの脱走者……当然、殺害するわけにはいかない。遠からず手配がかかるであろうし、捕えたことを報告し、ムセイオンに送り返さねばならんだろう。したがって、《森の精霊》やグルグリウスたちが《地の精霊》の命に従って彼らを討伐せねばならなくなる可能性は、『勇者団』がまかり間違って《地の精霊》の逆鱗に触れでもしない限りほぼ無いと言っていい。

 問題は捕まえた後の処遇だ。彼らはサウマンディア軍団レギオー・サウマンディアに損害を与えた。彼らのせいで命を落とした軍団兵レギオナリウスが存在していたしアルビオンニア側もブルグトアドルフの街とライムント街道沿いのいくつかの中継基地スタティオが壊滅的な損害を受けている以上、只で釈放というわけにはいかないだろう。何らかの落とし前はつけてもらうことになる。

 おそらく解決方法としては彼ら自身か彼らの親族、あるいはムセイオンから賠償をしてもらうことになるだろう。ムセイオンの聖貴族を刑罰に処するなど、いくら望んだところで叶わないであろうからだ。それはいい。そういった理屈はカエソーもよく承知しているし、最初からそれ以上の結末など望んではいない。肝心なのはの処遇だ。


 彼らがメルクリウス騒動の容疑者である以上、その身柄についての第一の権利はサウマンディアにある。たとえ現場がアルビオンニアであても、メルクリウス騒動の捜査が完了するまではサウマンディア側の意思が優先される。今、既に捕えらえているメークミーやナイスはもちろん、今後捕えられる『勇者団』メンバーは全てサウマンディウムへ護送されることになるはずだ。そこで聖貴族を歓待し、便宜を図り、ムセイオンへのコネクションを作る。そしてあわよくば女をあてがい、高い魔力を誇るゲイマーガメルの血筋をサウマンディアにもたらすのだ。


 ではエイー・ルメオを『勇者団』から切り離して、どうする?


 友人を討つことになるのを防ぎたいという《森の精霊》の要望は理解できなくもない。だが、《森の精霊》の望む通り『勇者団』からエイーを切り離したとして、《森の精霊》はエイーをどうしたいのか?

 ブルグトアドルフに留め置きたいというのなら無理な相談だ。彼らはムセイオンに帰らねばならない。送り届けねばならない。《森の精霊》がいくら臨んだとしても、それは認められないだろう。

 カエソーはグルグリウスを上目遣いで見上げた。


「御要望は理解します。

 御友人ということであれば、そういうこともありましょう。

 私としても《森の精霊ドライアド》様には御恩がありますし、力になれることもあるかもしれません。」


 慎重に言葉を選ぶカエソーにグルグリウスは何かを察したのか、クイッと片眉を上げ、口角を引きつらせる。


「ですが、『勇者団』ブレーブスの処遇については私一人で決められないのです。」


「エイー・ルメオ様とクレーエ殿は義姉にとって初めての人間の友人です。

 義姉は友人を失くすことに慣れておりません。」


 カエソーは鼻の下を指でこするように手をあて、口元を覆った。


「まず、お約束しますが我々に『勇者団』ブレーブスのメンバーを殺害する意図はありません。」


 グルグリウスの顔から表情が消え、その視線がまっすぐカエソーに向けられる。


「そういった意味で、《森の精霊ドライアド》様が御友人を失う可能性は無いと断言できます。」


「確かですかな?」


「名誉にかけてお誓いしましょう。」


 グルグリウスはその一言を聞くとフゥッと溜息をつくように肩の力を抜き、顔をカエソーから背けた。が、その安堵は少し早かったかもしれない。カエソーは続ける。


「しかし、それ以上のこととなると、お約束いたしかねます。」


 グルグリウスは顔を背けたままではあったが、目だけを動かし用心深そうな視線をカエソーへ戻した。


「断っておかねばなりませんが、エイー・ルメオ様はムセイオンへお戻りにならねばならぬ身……もし《森の精霊ドライアド》様がエイー・ルメオ様をブルグトアドルフへ留め置くおつもりならば……」


 カエソーが言い終わる前にグルグリウスは目を閉じ首を振った。


「それは承知しております。

 吾輩わがはいもムセイオンのことは存じておりますので、そのことは義姉に説明いたしましたし、義姉もその点は理解しております。」


「では、《森の精霊ドライアド》様は具体的に何をお望みなのでしょうか?」


 カエソーは目を細め、伸びあがるように背筋を伸ばしながらグルグリウスに尋ねる。


「エイー・ルメオ様とクレーエ殿が傷つくことを望んでおりません。

 端的に言えば、彼らが罪人として裁かれないことを望んでおられるのです。」


「ふむ……」


 『勇者団』が罪人として裁かれることは、おそらくないだろうとカエソーは考えている。ムセイオンの聖貴族が集団脱走し、降臨を起こそうとした。あまつさえ盗賊を束ねて指揮し、降臨を阻もうとしたレーマ軍と戦闘状態に陥り、住民たちにも多大な被害をもたらした……それはあってはならないスキャンダルである。もしも明るみになれば現在の世界秩序を支えている大協約体制の根幹を揺るがす事態になるだろう。ゆえに、おそらくは『勇者団』の存在は隠蔽され、一連の事件は盗賊団によるものとして片づけられることになるはずだ。醜聞の揉み消しなど、貴族にとっては日常茶飯事である。今回はそれがちょっと、スケールが大きくなるだけだ。

 となればカエソーが何かをするまでも無く《森の精霊》の望みは叶えられることになるだろう。が、今ここでそれを約束するのは難しい。そうした方針が漏れれば、どこにどんな影響が及ぶか分からないからだ。

 グルグリウスの目を見つめたまま沈思黙考したカエソーはチラリと隣のルクレティアを見やり、すぐに視線をグルグリウスに戻した。


「それには、エイー・ルメオ様と、そのクレーエ殿か? 彼らに投降していただくのが一番の早道でしょうな。」


 グルグリウスが驚いたように両眉を上げ、「ほう」と小さく声を漏らした。その反応が気になったカエソーが怪訝な表情を見せると、グルグリウスは愉快そうに口角を歪める。


「実はクレーエ殿がそのように画策しておるのです。」


 今度はカエソーの方が「ほう」と声を漏らす番だった。しかし、それではカエソーが今更どうこうしなければならないことは何もないはず。


「ではそのようになさればよいでしょう。

 アルビオンニウムに駐屯している部隊なら『勇者団』ブレーブスの正体も事情も知っています。

 投降してきた聖貴族を悪いようには扱いますまい。」


「ええ、クレーエ殿もアルビオンニウムのサウマンディア軍団レギオー・サウマンディアに投降し、サウマンディアへ逃れる腹積もりです。」


 なんだ……それならカエソーの仕事は何もないじゃないか……


 カエソーは拍子抜けしたような表情を見せる。


「ではどうしましょう、カエソーの名で紹介状でも書けば良いのでしょうか?」


 グルグリウスは小さく笑いながら首を振った。


「いえいえ、投降すればおそらく受け入れられるでしょう。

 ただ、それを行えばエイー・ルメオ様は裏切り者になってしまいます。」


 カエソーの顔に緊張感が戻った。


 それはつまり、エイー・ルメオ様御本人の気持ちの整理はまだ着いていない……投降はエイー・ルメオ様の御意思ではないということか!?


「義姉は、エイー・ルメオ様とクレーエ殿がのです。」


 グルグリウスの言っていることはつまり、エイーの意思によらずにエイーを投降させ、なおかつエイーを裏切り者にすることなく、その名誉を守らねばならないということだった。

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