第1179話 救助されるペイトウィン
統一歴九十九年五月十日、晩 ‐ グナエウス峠山中/アルビオンニウム
事情は理解しました。私に何が出来るか分かりませんが、アルビオンニウムにいる友軍に私から連絡を取って見ましょう……カエソーの返事を貰ったグルグリウスはひとまずそれで満足することにした。何せ本件の中心人物であるエイーには投降する意思が無い。むしろ、
グルグリウスはその後、カエソーらに砦の内部を案内してもらう。人目を避けてペイトウィンを《
では今夜半、南の空からこちらへ降りましょう……そう取り決めると、グルグリウスは事前に頼んでおいた食料を受け取り、カエソーが偽装のために用意した馬車へと乗り込む。
グルグリウスを乗せた馬車はシュバルツゼーブルグの方へ街道を降りて行き、途中の人目に着かないところでグルグリウスを降ろすと、そのままシュバルツゼーブルグへと向かう。馬車がそのままグナエウス砦に戻ることで変に怪しまれないようにするという目的もあるが、同時にグルグリウスが
そして、馬車を降りたグルグリウスはそのまま森へ入り、食料の入ったカゴを担いでペイトウィンが待っている場所へと急ぐ。そしてたどり着いたグルグリウスが見たのは、《藤人形》の中で魔力欠乏に苦しむペイトウィンの姿だった。
「……何をしているのですか、貴方様は?」
事情を察しつつもグルグリウスが
「う、うるさい……何だコレ……俺を、殺す気……
うっ、うぇええええっ!?」
身体を起こそうとしたことで頭が揺すられ、再び
「なるほど、魔法を使って逃げようとしたのですね?
《
ペイトウィンは蔦に
「《
だからその中は常に魔力の真空状態……そんなところで魔法を使おうとすれば、魔力を一気に吸い出されて簡単に魔力欠乏に
説明するグルグリウスの顔には薄笑いが浮かんでいるようにペイトウィンの目には見えた。もっとも、暗いうえに体調不良もあってハッキリ見えてはいない。冷笑されているように感じたのは、おそらくペイトウィンの錯覚だろう。
「だから大人しく待っておくようにと申しましたのに……」
「う、うるさい……
暗くなったから、暗視魔法を使おうとしただけだ……」
ペイトウィンは見え透いた嘘をついた。自分で自分に何らかの支援魔法をかけるのであれば、魔力回路が外に向かって開放されることは無いので《藤人形》の中であっても魔力を吸い出されてしまうことは無い。もちろんペイトウィンはそんな事実は知らない。そもそも《藤人形》のことだってブルグトアドルフでスワッグが変な蔦のゴーレムに捕まったという話ぐらいしか知らなかったのだ。《藤人形》の特性など知っているわけがない。
ペイトウィンが下手な嘘で誤魔化そうとしたのは、知らなかったとはいえ魔法のことで失敗したことが知られるのは恥ずかしいという想いもあったし、逃げようとしたことが知られれば今後警戒されて逃げるチャンスができにくくなってしまうかもしれないという恐れもあったからだった。
グルグリウスはペイトウィンが嘘をついていることも分かっていたし、その理由も見当がついていたが、フンッと小さく鼻で笑う以上のことはしなかった。
「まぁ、そういうことにしときましょう。」
「ホントだぞ!?」
「はいはい……」
軽く聞き流すグルグリウスの態度にペイトウィンは腹が立ったが、舌打ちする元気すら残念ながら残ってはいなかった。
「で、どうするんです。
逃げないと誓うなら一度そこから出して差し上げますが?」
「……逃げないよ。
だから……出してくれ……」
そのまま数秒観察して力の無いペイトウィンの声が演技ではないことを確認したグルグリウスは、フムと他人事のように頷くと担いでいた荷物を降ろし、《藤人形》の腹を開かせた。ペイトウィンを捕えている籠状の胴体を形成する蔦が勝手に
「さあ、ひとまずこっちへ……」
そのまま近くの樹の根元あたりに座らせる。
「う……さ、寒いぞ……」
「すぐに火を点けましょう。」
《藤人形》の内側は魔法の力で温度を保たさせていたが、外に出せばその効果は無くなる。外気は氷点下であり、突然寒気に見舞われたペイトウィンは身体をブルッと震わせて呻いた。白い息を盛んに吐き出すペイトウィンが樹の幹に背中を預けて姿勢を安定させたのを確認したグルグリウスは、彼のすぐ目の前に魔法で火を灯すと、マッド・ゴーレムを複数体召喚して薪を集めさせた。通常なら薪を集めてから火をつけるのだろうが、魔法なら順序を逆にできるのが便利なところだ。
「山の中で、火を使っていいのかよ?」
昨夜、山の中で火属性魔法を使うことをグルグリウスに責められたことに対するペイトウィンのささやかな意趣返しだ。が、それはいかにもささやかすぎたらしく、グルグリウスは気にも留めない。
「これくらいの焚火はどうということもありません。
貴方様が凍えても構わないなら消しますよ?」
無駄に強がるペイトウィンも、さすがに魔力欠乏の状態ではこの寒さには堪えられないらしく、素直に黙り込んだ。幹に縋っていた上体を起こし、少しでも暖まろうと両手を火に
その間にペイトウィンは《藤人形》を小さな指輪に変化させ、自分の指にはめた。ガーゴイルは地属性の妖精だが、植物を操る魔法は使えないわけではないがそれほど得意というわけではない。グルグリウスは《藤人形》は操ることはできるが自分で作り出すことが出来ないため、《
ペイトウィンはグルグリウスが《藤人形》を片づける様子にはまるで興味を示さず、ただジッと目の前で燃え盛る火を力なく見つめ続けていた。その火にゴーレムたちが集めて来た薪が次々と投じられ、火が魔力に頼らず自然燃焼によって安定的に保たれるようになると、グルグリウスはマッド・ゴーレムたちを土に戻し、降ろしていた荷物を拾い上げ、中から食料を取り出してペイトウィンに差し出した。
「……何だよ?」
「食べ物です。
貴方様をお届けするのは真夜中になりますから、それまでまだ時間があります。
今日はまだ何も食べておられないのですからお腹がすいたでしょう。
お腹を落ち着かせたほうがよろしいのではありませんか?」
グルグリウスが差し出したのは黒パンだった。みすぼらしいライ麦パンの塊にペイトウィンはチッと舌打ちしつつ受け取る。
「もっとマシなの無かったのかよ?」
「要らないなら無理に食べなくてもいいのですよ?」
「食わないなんて言ってないだろ!?」
引っ込めようとしたグルグリウスの手から黒パンをひったくるように奪うと、ペイトウィンは奪い返されないように両手で大事そうに抱え、それを
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