第351話 秘密の共有

統一歴九十九年五月二日、昼 - マニウス要塞陣営本部/アルトリウシア



「なんなのよ、もうっ!?」


 ポーチを受け取った後、ルクレティアは尚もローブが皴になるとか入るわけないとか言って渋っていたが、リウィウスが「ちょっとこちらへ」と中庭アトリウムに面した小部屋へ連れ込んだ。中庭アトリウムに面する部屋は通常、使用人や奴隷たちの寝室クビクルムとして使われるものであり、実際多くがルクレティアの侍女たちに割り当てられていたが、その一室は使われておらずちょっとした物置のようになっていた。


奥方様ドミナ、まあ騙されたと思ってそのローブパエヌラを脱いで、そのポーチに入れて見て下せぇ。」


「いやよ!入るわけないじゃないの!

 無理に入れたら皴になっちゃうわ!!」


「大丈夫ですよ。そうだ!じゃあそっちのワンドを入れて見てくだせぇ!」


「アナタ気は確か!?

 入るわけないじゃない!!」


 ルクレティアが与えられた『聖なる光の杖』ワンド・オブ・ホーリー・ライトは棒の部分の長さは十二インチ(約三十センチ)ほどだが、頭の部分に大きく細長い白銀の装飾がつけられており全長は十六インチ(約四十センチ)ほどにもなる。名前はワンドだが、ロッドとワンドの中間ぐらいの大きさだ。

 対してポーチは幅が六インチ(約十五センチ)、厚さ四インチ(約十センチ)、深さは八インチ(約二十センチ)ほどしかない。深さの倍ほどもあるワンドが入る道理が無かった。


 どうやらルクレティアは感情的になってしまっていて素直に言うことを聞いてくれそうにないと気づいたリウィウスは困り顔でヘヘッと少し笑い頭を掻いた。ルクレティアは背筋を伸ばし、腕組みしてツンと視線を逸らす。


「ド、奥方様、分かってると思いやすが、この事ぁ他言無用に願いやすよ?」


「何よ?」


 リウィウスのもったいぶった物言いに興味を惹かれたのか、ルクレティアは目だけを動かしてリウィウスを見下ろした。


「アッシらも奥方様と同じポーチマルスーピウムを戴いておりやす…ほれ、この通り」


 リウィウスは背を反らせて腰に付けたポーチを見せつけた。


「それがどうしたのよ?」


「旦那様にはほかにも戴やした。

 憶えておいでですか、アッシらが旦那様に戴いた武具や防具を?」


「憶えてるわよ…あ、そう言えばアナタたち、私の護衛だって言う割に武器はどうしたの!?」


 リウィウスはガレアロリカまとっているし、円盾パルマも持っているが武器は短剣プギオしか持っていない。プギオは長さわずか九インチ(約二十三センチ)ほどしかないダガーナイフで、戦闘用の武器というよりは生活用の道具として使われる短剣である。そんな武器しか持ってない状態で本格的な戦闘など出来るわけがなかった。


「へっへっへ、そいつを今お見せしやすよ。」


 リウィウスは悪戯っぽく笑うと腰のポーチの蓋を開けて手を突っ込み、そしてもったいぶったようにゆっくりと引き抜いた。


「ああ!?」


 リウィウスの手にはリュウイチから貰ったショートソードグラディウスが握られているのに気づいたルクレティアは目を見張った。深さ八インチ(約二十センチ)のポーチの中から長さ二十四インチ(約七十六センチ)の剣が出てきたのだから驚かないわけがない。


「アナタ、それまさか!?」


「シーッ!!」


 思わず大きな声をあげるルクレティアにリウィウスは口に人差し指を当てて静かにするようジェスチャーし、チラっと部屋の入口の方を見る。中庭ではまだ他の者たちが突っ立って待っているが、ルクレティアの声に気付いた様子はない。


「お察しの通りでさぁ、コイツはマジック・ポーチマギグム・マルスーピウム。この口をくぐモンなら何だって納まりやす。しかも持ち主でなけりゃ取り出せねぇ。

 だからホレ、アッシらぁ旦那様からお預かりしたポーションもこの通り。」


 リウィウスはポーチの中からポーションの小瓶を取り出して見せた。


「ア、アナタ分かってるの、コレは「シーッ!」うむっ!?」


 ルクレティアが大声を上げそうになり、リウィウスは慌てて人差し指をルクレティアの口に当てて黙らせる。ルクレティアは一旦口をつぐんだ後、黙ったまま頷いてからリウィウスの手を退けた。


「アナタ分かってるの、コレは魔導具マジック・アイテムよ!?」


 今度は声を押し殺して問い詰める。


「百も承知でさぁ。

 だがアッシらも最初受け取ったときはコイツが魔導具だなんてわかんなかったんで。」


「分からなかったとしても、後ででも気づいたなら言うべきでしょ!?

 アナタたちだって魔導具は渡さないってリュウイチ様がお約束したのを見てたじゃない!」


「まぁまぁ、コレは魔導具かもしれねぇが武器や防具じゃござんせん。」


 リュウイチが魔導具を渡さないと約束したのは、リウィウスら奴隷たちに武器や防具を与えていいかどうかという話をしている時のことだ。だから、あの時約束した「魔導具を渡さない」は武器や防具の事であって、武器や防具以外の魔導具は約束の対象ではない…リウィウスはそう解釈して見せているわけだ。

 たしかに武器や防具以外のすべての魔導具について言及した記憶はルクレティアにもない。だが、そんな言い訳が通用するとは思えない。


「そんな言い訳、通用するわけないでしょ!?」


 本気で怒っているらしいルクレティアの剣幕に気圧けおされながらもリウィウスは弁解を続ける。


「アッシらぁ旦那様の奴隷セルウスで、アッシらにとっちゃコイツぁ特有財産ペクーリウムだ。

 ご主人様ドミヌスが『これを使って仕事しろ』と命ぜられたら断る事ぁ出来やせんや。」


「くっ…」


 奴隷は人間ではなく、人間のカタチをした道具である。そして、その道具である奴隷に主人は自らの財産を分け与えて「これで金を稼げ」と命じることは珍しいことではなかった。そうして与えられる財産を特有財産ペクーリウムと言う。それは言わば奴隷と言う機械に取り付けるアタッチメントのようなものであり、どの奴隷にどんな特有財産を与えるかは主人の自由だ。その主人自身が所有して問題ない物ならば、主人の所有物である奴隷に貸し与えたとしてもそれを禁じる法は存在しない。

 大協約は《レアル》の恩寵おんちょう独占を禁じており、ヴァーチャリア世界の人間は誰であれ聖遺物を独占することなど許されない。だが、それはあくまでもが対象であり、聖女サクラが魔導具を所持できるのであれば、いったいどうして降臨者の奴隷はダメだと禁じることが出来ようか?


「こ、このことは他に誰か知ってるの!?」


 急に怒気の弱まったルクレティアの様子に内心で胸をなでおろしつつリウィウスはわずかに口角を上げて答えた。


「まだ誰も…アッシら以外では奥方様に初めてご報告申し上げやした。」


 リウィウスはネロが既にアルトリウスに報告していることを知らなかった。ネロの報告は無かったことにされたし、ネロ自身も他に誰にも言っていない。


「ほ、報告はすべきだわ。いくら何でも…これは…」


「それはお任せいたしやす。

 アッシらは奴隷としての分際ぶんざいはわきまえておりやすんで、旦那様のおぼされるままでやんすから。」


 どうやら罰せられる心配はないと確信したリウィウスは自信を取り戻す。


「ですが、考えてみてくだせぇ。

 使つかやぁ、そのローブパエヌラワンドも人目を避けて持ち運べまさぁ。しかも入れたもんの重さぁ無くなるんだ。おまけに赤の他人に盗られて使われる心配しんぺえもねぇ。

 旅すんのにこれほどイイもんはござんせんぜ?」

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