第352話 シナリオ
統一歴九十九年五月二日、午後 - マニウス要塞司令部/アルトリウシア
ルクレティアたちの乗った馬車は
「しかし、本当に良かったのですか、
まだ護衛部隊は
「何がだ?」
ルキウスは小さくため息をつくと、
「無論、ルクレティアの事です。
アルビオンニウムへ送り出したことも…」
アルトリウスはリュウイチと
「ご本人があれだけ強く希望したのだ。致し方あるまい?」
二人は
ルキウスたちはそのままその一室へ入り、従兵にお茶を淹れるように指示を出すと椅子に腰かけた。アルトリウスも隣り合うように席に着く。
「まだ、他にもあるようだな…そういえば『アルビオンニウムへ送り出したことも』と言っておったか?」
「はい、
「いずれはなることになっておったのだ、早いか遅いかの違いでしかあるまい?」
ルキウスはアルトリウスの追及に面倒くさそうに答えると、従兵が
そして、まだ熱い香茶の入った茶碗を口元に持っていき、その香りを楽しむでもなく、フーッフーッと息を吹きかけて冷まそうとする。
「その早いか遅いかのタイミングが問題なのではありませんか」
アルトリウスは
「ルクレティアを
私は御意に沿うよう計らったまでのこと」
「リュウイチ様はルクレティアが十八になったら迎えるとの
それを昨夜
アルトリウスは事の次第について正確なところは教えられていない。今朝、ルキウスと
そして今朝、
昨日認めて翌朝「同衾した」では、具体的に同衾することを前提にしていたということだ。
リュウイチはあれだけ周囲が進めてもルクレティアには手を出さず、ルクレティアをいずれは聖女にという約束だって周囲の圧力で渋々受け入れたようなものだったのだ。リュウイチがルクレティアを憎からず思っていたのは確かだが、手を出したくないというのも本気の意思だった。リュウイチは単に消極的だったのではなく、積極的に手を出さないようにしていた……それがアルトリウスの認識である。それが何もなしに急に変わるなどあり得ない。
昨日、いや先月二十九日以降でリュウイチに会った
「フーッ、フーッ、まあ良いではないか。
「芽出度いことで終わればよいのですがね」
そのうち酸欠にでもなるんじゃないかと心配になるほどの勢いで香茶を吹き続けるルキウスに呆れるように、アルトリウスは自分の茶碗を口元に運ぶ。
「ズズッ…どういうことだ?」
「
香茶を一口
「
こちらもそれを見越して
「ふぅーーっ」
ルキウスは大きくため息をついて茶碗を膝に抱えるように降ろすと、背もたれに上体を預けて視線を遠くへ向けた。
「伯爵は困っておられるでしょうな。
大貴族の娘でリュキスカ様の容姿に似たヒトの女性などなかなか見つかりますまい。しかも、十八という年齢で売れ残っている娘など無理難題もいいところです」
アルトリウスが予想するようにプブリウス・ウァレリウス・サウマンディウス伯爵はリュウイチの下へ女を送り込み、あわよくば手を付けてもらって聖女に仕立てあげようと
だが、手を付けてもらうためには、やはりリュウイチに気に入られる女でなければならないだろう。リュウイチの好みに合いそうな女を探さねばならない。
そして身分社会であるレーマ帝国の感覚から言えば、世界で最も尊い存在である降臨者に捧げる以上、
しかしいざ、リュウイチに気に入られそうな娘を高貴な家の女たちの中から選ぼうとするとかなり難しかった。
まずその容姿である。おそらくリュウイチにとっての好みのタイプであろうリュキスカは細い体つきをしている。ただ痩せているというだけではなく、全体に筋肉がしっかりついて締まっている感じだ。
貴族の娘でそのような条件を満たす容姿の持ち主は滅多にいない。身体を鍛えるという習慣を持っている女など居ないからだ。大多数はややポチャぐらいの体形が多く、次点で太り気味、次に太りすぎ、最後に細めの体形となる。ガリガリに痩せている女はほぼいないが、筋肉質で痩せている女なんて貴族の中ではまず見ない。まして痩せているのに胸が大きいというのは矛盾しすぎていて、まず見つけ出すことは出来ないだろう。
そして最大の障害となるのが年齢である。
貴族の結婚は基本的に政略結婚だ。家格や実力を見越して娘を嫁入りさせて、家同士を結び付け勢力を伸ばす。本人の意思などは関係ない。たいていの場合、家格の大きい大貴族ほど子供が幼いうちから婚約が結ばれており、結婚当事者のうち若い方が成人に達すると同時に結婚する。だから貴族の娘であれば、だいたい成人となる十六歳で嫁入りするのが当たり前であり、十八になるまで婚約相手すら決まっていないという事は滅多にないのだ。
だが、十八に満たない女には決して手は出さぬと言われては、十五、六の娘を送り込むわけにもいかない。貴族の娘を手を出されないと分かっていながら送り込み、結婚適齢期を無駄にさせるわけにはいかないのだ。
つまり、十八に満たない娘を拒否した時点で、貴族の娘を拒絶されてしまったようなものだったのである。
それなのに「十八に満たぬ女には」と条件を出され、その舌の根も乾かぬうちに齢十六に満たぬルクレティアに手が付いたとなれば、女探しに頭を悩ませていた貴族たちはどう思うだろうか?
「伯爵には報告した。……問題には……なるまい」
ルキウスは少し冷まし過ぎてしまった香茶をグビッと飲み込んでから言った。
「どのようにですか?
もし、口裏を合わせておかねばならないことがあるなら、今のうちにお伺いしましょうか」
ふんぞり返るように背もたれに上体を預け、拗ねるように胸元に持った茶碗の口を指で撫でまわしはじめたルキウスに対するアルトリウスの追及は少しばかり容赦がない。
「ああ……リュキスカ様の都合が悪く、仕方なくルクレティア様がリュウイチ様のベッドを温めていた……そんなところだ」
ルキウスはそう言うと茶碗に残っていた香茶を一気に飲み干す。
「なるほど、よくある事故というわけですか。
ご本人たちの方の口裏合わせは?」
「無論してある……そう言うことにしていただくよう、お願い申し上げた」
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