ハン支援軍蠢動
第353話 相乗り客
統一歴九十九年五月二日、午後 - セーヘイム/アルトリウシア
ルクレティアがリュウイチと
「昼前には出る予定だったのに申し訳ありません、サムエル殿」
挨拶を終えたテルティウスは従者たちが荷物を『ナグルファル』号へ積み込む間にサムエルに今日の遅刻を詫びた。
「いえ、気にせんでください。
どうせ早朝に出港しない時点で、どこかで一泊せにゃならんのですから。」
サムエルは愛想よく笑いながら言った。セーヘイムからサウマンディウムまではほぼ丸一日の行程である。今ぐらいの季節なら日の出とともに
午前中に出港できていればアルビオンニウムまで行って一泊、昼頃の出港ならアルビオンニウムの手前の《
「しかし『ナグルファル』号を御用意いただけるとは思いませんでした。」
テルティウスが感動したように言うとサムエルは意外そうに尋ねる。
「あれ、初めてでしたか?」
『ナグルファル』号はセーヘイムの船では最大の威容を誇る軍船である。健在であれば『バランベル』号の方が二回り以上大きいが、あれはそもそも大きすぎて実用性が無いうえ、既に航行不能の状態でエッケ島の砂浜に引き上げられている。おそらくもう二度と海に浮かぶことは無いだろう。
とまれ、セーヘイム最大の軍船を、公式の使者とはいえわずかな供回りを連れているだけのテルティウスのために、わざわざ動かしてもらえるのは格別な待遇と言って良い。
「ええ、これまではどうも縁がありませんでね。『グリームニル』号か『スノッリ』号のどちらかでした。」
「ああ~、それはどうも…」
照れくさそうにはにかみながらテルティウスが言うと、サムエルは申し訳なさそうにボリボリ頭を掻きはじめた。
「どうかしたのですか?」
「実はもしかしたら…いや、多分…確実か…どうも要らん客を便乗させにゃならんようなのです。」
「要らん客?」
怪訝な表情を浮かべるテルティウスの疑問にサムエルは頭を掻くのをやめ、ジッとテルティウスの顔を見つめ返す。
「あのイェルナクです。」
「イェルナク!?」
わずかに引きつり笑いを浮かべながらサムエルの言った名前にテルティウスはあからさまに渋面を作った。
「
「え、ええ…」
「
「イェルナクがトゥーレスタッドに居るんですか!?」
テルティウスは呆れ顔を作った。
無理もない。交易船なんてだいたいどれも荷物を満載している。特にアルトリウシア湾は水深が極端に浅いため、
事前に予約があるなら、あるいは一人二人程度ならまだ途中から便乗を頼むことも出来るだろうが、従者を引き連れて自分たち用の荷物も持って、航行中の交易船に便乗をお願いしたところで引き受けてもらえるわけがない。要はアロイスの「便乗させてもらえ」というのは「あきらめろ」と言っているのと同じなのだ。
にもかかわらず、あえてトゥーレスタッドで便乗させてくれる交易船を探すなど、嫌味な嫌がらせのようなものである。そして、それは実際に嫌がらせ以外の何物でもなかった。
「それも便乗させてくれる交易船を探すフリをして、どうもあることないこと吹聴しているらしいのです。」
「あることないこと?」
サムエルは一度周囲を見回してから眉を
「降臨と、例のアルビオンニア侯爵家謀反の話です。」
「!?」
テルティウスは貸していた耳をひっこめ目を向いてサムエルを見ると、サムエルは無言のまま頷いて声の調子を元に戻してつづける。
「どうも昨夜あたりから始めとるようで…今朝あたりから報告が上がって来とります。」
イェルナクはトゥーレスタッドを訪れ、交易船を見つけては声をかけてサウマンディウムへ便乗させるように頼み、そのついでにアルトリウシアは降臨者を匿っている、アルビオンニア侯爵家はレーマ帝国に謀反を企てていると陰謀論を吹聴していた。
しかも供回りを二十人ちかく引き連れており、セーヘイムから出港してきた船ばかりではなく、セーヘイムへこれから入港しようという船にまで同じことをしているのだから、便乗させてくれる船を探すのは単なる名目に過ぎず、実際には陰謀論を吹聴したいだけなのは明白である。二十人も便乗させることが出来る交易船などあるわけがないのだ。船に乗る意思が無いのは疑いようがない。
「そのことを、
「
午前中に
「それで、侯爵夫人は何と!?」
サムエルは首を横に振った。
「まだ親父がティトゥス要塞から帰ってきておらんので何とも…
ただ、親父からはティトゥス要塞に行く前に『いっそサウマンディウムへ連れてってしまえ』って言われとります。」
「ひょっとして…それで『ナグルファル』号ですか?」
サムエルは今度は縦に首を振った。
「そういうわけで、道中
心底申し訳なさそうなサムエルに対し、テルティウスはため息を押し殺しつつ答えた。
「いや、そういうことでしたら致し方ありません。
気は進みませんが、私も協力させていただきます。」
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