ブルグトアドルフ事件
第375話 ブルグトアドルフ突入
統一歴九十九年五月五日。深夜 - ブルグトアドルフ/アルビオンニウム
装備も武器は刀剣類や
そんな専業の
少人数で広い範囲を警備しなければならない海岸沿いや街道沿いの
実際、シュテファン・ツヴァイクが預かっている
だが、シュテファンの直卒する
他の住民を救いたいのだろう、エッカルトは
ともあれ、にもかかわらずシュテファンたちだけが先にブルグトアドルフに到着したのは、支援を申し出たセルウィウス・カウデクスの
「
シュテファンは後ろを振り返りながら右手を高く掲げて命じると、
「
住民たちが捕えられているのはこの先です!」
エッカルトはゼェゼェと肩で息しながら、突然立ち止まってしまった馬上のシュテファンに訴える。その必死の形相のエッカルトに対し、シュテファンは馬上からではあったが英雄然とした
「わかっておる。
ここから先は危険だ。ここから先は我らだけで行く故、そなたはここで待つがよい」
本当ならエッカルトの案内など必要ない。シュテファンだって
いつの時代、どの国だろうと皮なめし職人は世間から嫌われる職業であった。江戸時代の日本では仏教的な価値観から、動物の死骸から剥いだ皮を加工する皮なめし職人は宗教的に罪深い
皮なめし職人は運び込まれた動物の生皮をまずある程度形を整え、塩で揉んで洗う。そして酷い刺激臭のする消石灰と水と尿を混ぜた液体に漬け込むのだ。漬け込まれた皮は消石灰と水と尿の混合液の中でゆっくりと腐って柔らかくなっていく。
数週間後、いい具合に腐って柔らかくなった皮を取り出すと、染み込んでしまった刺激臭に堪えながら専用の作業台に張り付け、ナイフを使って丁寧に毛を剃り落とし、その後ひっくり返して今度は皮の裏側に残っている腐敗した皮下脂肪をそぎ落としていく。毛と脂を除去した皮は、今度は染み込んだ消石灰を除去するためになめし剤の入った樽に漬け込むわけだが、このなめし剤がまたとんでもない代物だった。なめし剤の原料は犬の糞である。
犬の糞には肉などを消化分解するための胃酸と酵素が残留しており、犬の糞を水で溶いた液体に漬け込むことで皮から短時間で消石灰を取り除くことができ、さらにはバクテリアと酵素が皮に浸透してしなやかな革に仕上がるのだ。そして、この犬の糞の水溶液は古ければ古いほど良く、漬け樽には犬の糞と水を随時継ぎ足しながらなるべく長い期間使い続けるのである。
このため、皮なめし工房からは常に生皮の血脂の臭いと、消石灰の刺激臭と、糞尿の腐敗臭が漂っているのである。当然だが、皮なめし工房は人口密集地には作られないし、作らせられない。
そういうわけだから、誰もがブルグトアドルフの集落から少し外れたところに皮なめし工房があることは知っていたし、エッカルトなる職人がそこで働いているという事も知っていた。だが、シュテファンにしろ彼の部下たちにしろ、誰もエッカルトと親しく接していた者はいなかったし、十年近く赴任しているシュテファンも顔を数回見たことがあるくらいだった。
だから、本当はブルグトアドルフの皮なめし職人の名はエッカルトじゃなくエックハルトだったはずだとは誰も気づかなかったし、目の前のエッカルトと実際のエックハルトとでは顔つきや体つきが違うことにも誰も気づかなかった。やたら強烈な悪臭を放つ男が「
そしてエッカルトは言った。町が襲われている、みんなを助けたいと…シュテファンも彼の部下たちも、付き合いの浅い男から…よりにもよってみんなから毛嫌いされている皮なめし職人からそう言われたことで心を動かされていた。
神の
シュテファンがあえて必要のないエッカルトの道案内を認めたのはそうした背景があった。セルウィウスの援軍の出撃準備を待たずに飛び出してきたのも、エッカルトの意気に応えようとした結果だった。
しかし、エッカルトの意気に応えたいという気持ちにも、無制限に沿えるものではない。シュテファンは実務者であり、責任者であった。これから起こるであろう戦闘に、いくら本人にやる気があると言っても素人に過ぎないエッカルトを巻き込むわけにはいかないのだ。
だがエッカルトは訴える。
「そんな!俺も行きます!!
住民たちを助けないと!!」
「いや、これ以上は無用だ。
私とてブルグトアドルフの町はよく知っておる。
そなたの案内は後続の応援部隊にこそ必要であろう。
ここで彼らを待ち、合流して案内してやるが良い。」
シュテファンのこの言葉にエッカルトは顔色を変えた。
「えっ、後続部隊!?
これで全部じゃ?」
「いや、我らの後に
誰か、彼に松明を…」
シュテファンが振り返って命じると、すぐ背後にいた部下がエッカルトの側まで騎乗したまま歩み寄り、馬上から松明を一本差し出した。
「あ、あ、あ、ありがとう…ございやす…」
エッカルトは茫然とした表情で松明を受け取る。おそらく、安心してこれまでの緊張が解けてしまったのだろう、よくあることだ…エッカルトの様子を見ながらシュテファンはそう考え、もう一度振り返った。
「よし、住民はこの先の広場、厩舎前の
行くぞ!駆け足、進め!!」
シュテファン以下騎乗した
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