第379話 戦闘開始
統一歴九十九年五月五日、未明 - ライムント街道・第三中継基地/アルビオンニウム
盗賊たちは必要最低限のことしか知らされていなかった。万が一、誰かが捕まっても、知らなければ余計なことがバレることは無い。お互いに余計なことを知らないままでいることは、状況次第で
先月の頭か、あるいは先々月の末ぐらいから彼らは現れた。もしかしたらもっと前かも知れないが、盗賊たちが彼らの存在に気付いたのはそれくらいの時期だった。
彼らが何者なのか、誰も知らない。聞いたところで教えちゃくれない。
ただ、彼らはシュバルツゼーブルグ近郊以北のライムント地方の盗賊たちを、捕まえては殺すか傘下に納めるかを繰り返していた。
最初の内は、単に土地勘のある手駒を欲しているという様子だった。二つか三つの盗賊団を傘下に納め、道案内やら情報収集やらをやらせていた。だが、先月の中旬に入ってからだろうか、アルビオンニウムに
だが、飲み込まれた彼ら自身は全体がどうなってるのかわからない。
盗賊団同士が直接接することはほとんどなく、何か作戦命令を告げられる時は各盗賊団の頭だけが集められて会議みたいなものをやる。だから、彼らの傘下に納まった盗賊団の頭同士は互いに顔を見知っているが、互いに情報交換することは禁じられていたし、また彼ら自身あまり知ろうともしなかった。というより、自分の事を教えたくなかったのだ。
アウトローの世界の男といえば、互いに名声を競いあったり派手な二つ名を名乗ったりしそうな気はするが、彼ら盗賊団はまた別だった。確かにそういうアンチ・ヒーローに魅力を感じないわけではないが、彼らは町のギャングなどとは違う。食うために仕方なく盗賊稼業に手を染めてはいるが、元々
第一、そういう黒い名声を求める類の男たちは、大概真っ先に死ぬか捕まるかするし、生き残っていたその手の男たちは彼らに無謀な戦いを挑んで殺されてしまい、今はもういなくなってしまったのだ。
ここで生き残るには余計なことは知らない事、余計なことは教えない事が何より重要なのだ。そして、そういう価値観を持った者たちだけが生き残り、彼らの下で働かされている。
知らない事、知ろうとしない事、それは生き残るために必要なことだ。必要な事だった。だが、知らないままでいる事に不安が無いかと言えばそんなことは絶対にない。現に知らないまま言う事を聞いていたら、なんだかとんでもないことをやらされてしまっている。
エンテは身体を隠した木の幹からそっと、覆面で覆った顔を出して様子を伺い、そしてゴクリと生唾を飲み込んだ。
彼の視線の先には
ホントにあんなのやんのかよ?
エンテはズッシリと重い
銃の使い方は一応習った。練習もしたし、撃たせても貰った。だがそれも今日の事だ。いや、日が暮れる前だから厳密には昨日だが…しかし、やり方を覚えたという程度のレベルだ。月明かりの届かない森の中で、手探りで弾の再装填と射撃を素早く行えるかと言うとそんなことはない。そんな自信も無いし、彼らも期待していない。
エンテは自分が何をすべきかは教えられている。
命令は単純だ。だがそれはするべき作業を知っているというだけのことで、仕事を知っているわけではない。作業ができることと仕事ができることの間には大きな隔たりがある。
彼は全体が何のために何をしようとしていて、そのために自分がどういう立場でどういう役割を任されているかは全く分からなかった。教えられてもいない。だから、もしも不測の事態が起きた時、どう対処すればいいか全くわからない。
ただ、失敗してはいけないということだけは確かだった。
クソ、なんてこった…俺の守護天使は何処へ行っちまったんだ…
どういう仕事をしなければならないかわからないのに、失敗だけはしてはいけないという…実にイヤな状況だった。仕事を知っていれば個々の作業で失敗してもどこかで挽回は出来る。だが仕事を知らなければ作業を完璧にこなしても失敗を防ぎきることは出来ない。だからといって、もうわざと失敗してやろうかという気持ちも起きやしない。
失敗しても大した問題も起きそうにないことなら、わざと失敗することで周囲の反応から全体を把握することもできるだろう。だが、失敗すれば死ぬ。自分が死ななくても誰かが死んでしまう。取り返しのつかない事態に陥るのは間違いない。さすがにそんな状況でわざと失敗して見せるようなことなんて出来るわけもない。エンテはつい最近まで堅気だったのだ。誰が死のうがかまうものかなんて捨て鉢な考えは持てなかった。
落ち着け、ひとまず言われた通りのことをするんだ。そして逃げて生き延びろ。
やることやらないうちに逃げたんじゃあの人たちに殺される。やることやって逃げ延びれば生き残れる。
エンテは抱えた
『おい!何か動いたぞ!!』
近くに潜んでいる誰かが押し殺した声で伝えてきた。
エンテが再び自分が隠れている木の幹からそっと覗くと、
クソ、なんてこった。
あれは
襲うのは
レーマ軍の
無敵レーマ軍が誇る鉄壁の防壁…エンテ自身子供のころに憧れていたそれに向けて、今自分は無謀にも銃を撃とうとしている。
『おい、弾を込めろってさ』
『マジかよ…』
『ホントにやるのか!?』
近くで誰かが声を押し殺して命令を伝えると、やはり皆エンテと同じ気持ちなのだろう。毒づきながらゴソゴソと弾を込め始める。
畜生なんてこった、ホントに…ホントにやるのか?
エンテは震える手で、教わった通りに弾を込める。
ああクソ、火薬を少しこぼしてしまった。覆面の下で流れる汗が気持ち悪い。覆面に汗でも染み込んで通気性が悪くなっているのか、さっきから息苦しい。てか気持ち悪い。吐きそうな気分だ。
弾を込め終わり、再び“敵”を覗き見る。
出てきた
何だ?何をやっている?
そっちに何かいるのか?いや、御仲間があっちにも隠れているのか?
馬鹿め、さては見つかったな!?
余計なことしてくれやがって…
エンテが色々考えている間に、
「
エンテのいるところまで聞こえるほどの
バンッ!ババババンッ!バンッ!ババンッ!
森の中から連続した爆発音が響き、同時に複数の悲鳴が聞こえた。
やられた!?
奴ら先手を打ってきやがった!!
バレたのか!?バレてたのか!?いやまさか!
誰かが見つかっちまったのか!?
あり得べかざる事態にエンテは一人静かに目を剥き、声も上げずに混乱し始める。心臓がバクバク言っている。息が苦しい。
だが、
ヤバイ!今度はこっちを狙う気だ!!
ピィィィーーーーーーッ
どこからともなく甲高い笛の音が響く。
打ち合わせで教えられた攻撃開始の合図だ。
攻撃開始のタイミングは確かによかったかもしれない。
エンテは手に持っていた
パンッ!!
練習の時と同じ音と反動…だがそれがヤケに空しく頼りなく感じてしまうのは何故だろうか?
エンテは銃を撃つ瞬間、発砲の衝撃で反射的に目を閉じる前、そして煙が視界を塞ぎきる前に、
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