第380話 暗殺者たち

統一歴九十九年五月五日、未明 - ブルクトアドルフ宿駅マンシオー裏/アルビオンニウム



 かつて丘と言う地形を利用して築かれた稜堡りょうほ型砦であった宿駅マンシオーの周囲には放射状に築かれた稜堡と、その稜堡の間を縫うように張り巡らされた空堀が取り囲んでいる。そしてその外側は平らに整えられた法面のりめんであり、近づく敵を防御火砲で捕えるキル・ゾーンとなっていた。ただし、それは宿駅マンシオーブルグスであった時の話である。

 稜堡の砲座から大砲はすべて撤去され、外を大きく取り囲むかつてのキル・ゾーンには樹木が生い茂って今ではやや植生の若い森となっていた。石積みの稜堡は撤去されないまま残されていたが、ツタに覆われて往年の見る影もない。空堀も底がレンガ敷きになっているのと日差しが悪いのとで大きな樹木こそ生い茂ってはいなかったが、野草やら動物の死骸やらゴミやらで酷い荒れようであった。


 ブルグス要塞カストルムというと、警戒や防御が厳重そうなイメージがあるが、稜堡型要塞というのは防御火砲の火力に防御を頼る方式であるため、堀はあっても城壁のようなものは無い。周囲から隠れられそうな障害物や場所を無くし、その上で要所に見張りの兵士を張り付けることで警戒態勢を作り出す方法だ。つまり、稜堡型城塞で外部からの侵入者を防ごうと思ったら、要所に人を配置しなければならないし、今のこの宿駅マンシオーのように手入れを怠って草木を生やすままに生やさせて隠れる場所を提供してしまうと、外部の侵入者を防ぐ手立てなどなくなってしまう。もはや普通の民家と大した差はない。


 往年のブルグスであればであっても容易に近づくことは出来なかっただろうが、今の宿駅マンシオーはこのような状態であるため素人同然の盗賊でも容易に忍び寄ることが出来るだろう。空堀の底から最後の塁壁るいへきを登る手段さえ用意できていれば、宿駅マンシオー内へ侵入するなどたやすいことなのだ。


「始まったな」


 宿駅マンシオーを囲む空堀への入り口に近い森の木陰から、闇に溶け込んでいた男が異様に眩しく輝いて見える月を見上げながら低い声でほくそ笑む。

 虫の音すら聞こえなくなった晩秋の夜の静寂を破り、おおよそ月夜には似つかわしくない激しい銃声と爆発音が遠くから聞こえ始めていた。


「本当にうまくいくのか?

 相手はレーマ軍の正規兵が三百人はいるぞ。」


 姿を見せないまま別の男が不安気に問いかけると、別の男がやはり闇に姿を潜ませたまま答えた。


「いまさら何を言ってる?

 ティフの立てた作戦はいつだって上手く行っていた。

 今回だって間違いないさ。」


「そうだぞ、もう始まってしまってるんだ。

 だいたい、今夜は最大のチャンスなんだ。

 明日、アイツらがアルビオンニウムに入ってしまえば、あの三百人のホブゴブリンにサウマンディア軍団レギオンの戦力が加わって、それこそ手が出せなくなる。」


 最初に言った男が落ち着いた、だがどこかに興奮を押し隠しているような声で言うと、疑問を呈した男はあわてて弁明し始める。


「アンタを疑うわけじゃないさ、ティフ・ブルーボール。

 ただ、レーマ軍の中でも最精鋭で知られるアルトリウシア軍団レギオンが相手じゃ、盗賊どもなんてアッと言う間に蹴散らされてしまうんじゃないのか?

 俺はあいつらが戦力として役に立つとは思えないんだ。」


 気弱そうにそう言うと、ティフ自身をはじめ周囲から押し殺したような笑い声がしはじめる。他にも隠れているのだ。


「クックックッ、そりゃエッジロード様の血を引くお前から見りゃ誰だって役立たずな雑魚に見えちまうだろうよ。」

「俺らだって剣技じゃ誰ひとりお前にはかなわねぇ。」

「お前に期待なんかされたら、盗賊の方がかわいそうだぜ。」

「あいつらだってお前の正体知ったらクソ漏らしてひっくり返るぜ?」


「お前らそんなに笑うなよ。」


「デファーグ・エッジロード。不安は分かるが、そう思うんなら急がないとな。

 盗賊どもが蹴散らされてしまう前にやってしまうんだ。」


 疑問を呈していた男は長い溜息をつくと観念したように言った。


「わかったよ、スモル・ソイボーイ。

 怖気づいたようなことを言って悪かった。」


「気にするな、だがせっかくだからもう一度最後に目的を確認するぞ。」


 ティフは全員のモチベーションを高め、気持ちを一つにする意味も込めて作戦を確認する。


「いいか?今日の目標はただ一人、ルクレティア・スパルタカシアだ。

 十五歳、ヒト種の少女で、神官だ。

 こいつは明日、アルビオンニウムへ行って祭祀を行う。

 この軍勢はコイツの護衛だ。

 だからこいつが死ぬか、祭祀を行えない程度に重傷を負えば、この軍勢は引き返すだろう。

 そうすれば残っているのはアルビオンニウムにいるサウマンディア軍団レギオンの二百人だけだ。二百人なら俺達でも何とかなる。

 今、アルトリウシア軍団レギオンのホブゴブリンどもは盗賊が襲っている集落と、中継基地ステーションのあたりで始まった戦闘に戦力を向けていてこっちには気が向いていない。今のうちに忍び込み、スパルタカシアを仕留めろ。」


「へ、わかっちゃいるが、十五の女の子を手にかけろってのも気が進まねぇな。」

「ああ、そいつも降臨者の血を引いてるんだろ?」


 さすがに気がとがめるのか、何人かが微かに震える声で冗談っぽく感想を言うと、ティフはそれを気の緩みととらえたのだろう。声のした方を睨み、怒気を孕んだ声で戒める。


「血を引いてるって言ってもゲーマーの血を引いてるわけじゃない。NPCと変わらんさ。

 第一、今我々が目指さねばならないのはあくまでも降臨の成就じょうじゅだ!

 それを忘れるな!」


「分かってるさ。そうムキになるなよ、ティフ・ブルーボール。」

「そうだぜ、ヤルことはちゃんヤルさ。」


 ティフに釘を刺された二人はおどけたような様子でティフを宥めた。ティフは納得していない様子だったが、ティフが更に二人を追及する前に別の男が声をかける。


「ブルーボール様、スパルタカシアはるとして、ヴァナディーズはどうなさいますか?」


 男はシュバルツゼーブルグでヴァナディーズを襲った男だった。

 昨日は変な邪魔が入ったが手応えは確かにあった。死体の確認こそしてなかったが、確実にったハズだった。にも拘わらず昼間、敵情を偵察した際にスパルタカシア家の馬車にその姿を見た。生きていたというだけでも驚きなのに、全くの無傷だったのだ。


「ヴァナディーズ?ああ、お前が昨日り損ねた裏切者か。

 そうだな…れるなられ。だが、あんなNPCはいつでもれるだろう?

 今はスパルタカシア最優先だ。」


「承知しました。」


「ほかに何か質問は?

 無いな?

 じゃあ行くぞ!!

 盗賊どもが持ちこたえてる時間は短いからな。」


 男たちは一斉に動き始めた。

 影から影へ、闇から闇へ、月明かりの下へ飛び出しては一瞬で消えていく。黒づくめの衣装に身を包んだ男が全部で八人、それと大きな黒い犬が一頭。その動きはまるで風の様に静かで流れるようだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る