第381話 ブルグトアドルフの惨劇

統一歴九十九年五月五日、未明 - ブルグトアドルフ/アルビオンニウム



 セルウィウス・カウデクス率いる軽装歩兵ウェリテスが盗賊どもを駆逐しながらブルグトアドルフの中央広場にたどり着いた時、そこは文字通り血に染まっていた。確認されているだけで死者は三十人を超えており、生き残っていた警察消防隊ウィギレスと住民たち合わせて百人近くが手当てを要する怪我を負っていた。全く無傷の者は数えるほどしかいない。自ら身動きのとれない重傷者は四十人にも達し、このうち生命の危険にある者は十三人に上った。そして、この被害者数も広場にいた者たちだけをカウントした数字である。実際は、縛られて広場に連れてこられる前に抵抗し、殺された者なども少なからずおり、残敵掃討ざんてきそうとうのためにセルウィウスの部下たちがブルグトアドルフのすべての住居をしらみつぶしに踏み込んでいった際に発見された住民の死体は、最終的に二十を超えた。


 中央広場周辺より南側の住居はすべてセルウィウスが直卒していた十人隊コントゥベルニウムによって安全確認が終了しており、銃声は既に町の外へ遠ざかっている。町の外から回り込んでいた軽装歩兵ウェリテスの一部が逃亡する盗賊に追撃を行っているのだ。


「パーンサ!信号弾を上げろ!

 緑色だ!深追いをさせるな。

 プロペルティウス!二個十人隊コントゥベルニウムを率い、このまま町の北側を掃討!

 さっきの笛が何の合図かわからん!まだ罠があるかもしれんから油断するな!!

 ストリウス!宿駅マンシオーに戻って現状報告!

 負傷者多数につき救援を請うと伝えろ!急げよ!?」


 住民たちが集められていた広場周辺の安全を確認し終え、街中での戦闘が落ち着くとセルウィウスは百人隊ケントゥリアの幹部たちに矢継ぎ早に指示をだし、部下たちはそれを実行に移していく。セルウィウスはさらに手元に残った十人隊コントゥベルニウムたちに倒れている盗賊の死亡確認と、警察消防隊ウィギレスや住民たちの手当てに当たらせた。

 自身は手近に落ちていた誰かの短小銃マスケートゥムを拾い上げ、火蓋フリズンを開けて火皿パンに点火薬が入っていることを確認すると、火蓋フリズンを戻し、そして肩紐を肩にかけて一番目立つ場所に移動し、百人隊騎手シグニフェルを呼び寄せてそこから周囲の様子を見回した。


 部下たちが負傷者たちの手当てを行っている中、彼は何もせずそれを見ている。別に怠けているわけではない。彼の仕事は全体の状況を把握して指揮することであって、一兵卒と共に働くことではないのだ。指揮官が自ら動くことを理想的と思う者は少なくないが、それによって部隊長が指揮能力を減じるようでは話にならない。

 怪我をして呻いている住民たちの中には、そのように何もせずに突っ立っているセルウィウスの姿を恨めしそうに見る者もあったが、それを意に介してはいられない。ここはまだ戦場なのだ。指揮官が指揮能力を維持しなければ部隊の統率は維持できず、統率を失った軍隊はただの暴徒と変わらなくなる。勝ち戦だろうが負け戦だろうが、統率の維持こそ指揮官が最も優先しなければならないことなのだ。


 そのうち喇叭手コルニケンのパーンサが燃やされている荷馬車や瓦礫ガレキの火を使って信号弾を打ち上げた。ポンッという小さな爆発音とともに煙が立ち昇り、二~三秒遅れて上空でパンっという爆発音が続く。見上げると煙を上げながら燃え落ちる緑色の新たな星の姿があった。…要は打ち上げ花火である。花火の火は地上に落ちる前に燃え尽きて消えてしまうので、パーンサは同じ緑色の信号弾の二発目を続けて打ち上げた。


 炎の緑色は火薬に混ぜた銅の粉末が燃える色である。レーマ軍では「攻撃中止」あるいは「安全確保」を意味していた。これを見た軽装歩兵ウェリテスたちは、追撃を中断して戻ってくるはずである。


百人隊長ケントゥリオ!」


 部下の一人が駆け寄ってきた。


「どうした!?」


ツヴァイクシュテファン殿を見つけました。」


 報告してきた部下はどこか気まずそうな表情を浮かべ俯き加減でセルウィウスの顔を見る。その様子からどうやらまともな状態ではないらしいことを察すると「どこだ?」と一言短く尋ねる。


「こちらです」


 案内されたのは広場の入口、街道と広場の間位の場所だった。

 町に突入したシュテファン率いる警察消防隊ウィギレスたちはここまで来たらしい。そして広場で縛られたまま一塊になって座っている住民たちを見つけた。その時、周囲に盗賊の姿は無かった。

 シュテファンは警察消防隊ウィギレスの半分に下馬と住民救助を、残りに周囲の警戒を命じたところで例の笛が鳴った。セルウィウスたちも耳にした笛の音は、盗賊たちの攻撃開始の合図だった。そして周囲の建物から突如盗賊たちが喊声かんせいを上げながら飛び出してくると、一斉に投擲爆弾グラナートゥムを投げつけてきたのだった。

 投擲爆弾グラナートゥムは住民たちにも容赦なく投げつけられた。警察消防隊ウィギレスの一部が住民たちの縄を解くべく、住民たちのすぐそばまで来ていたからだった。その数、実に二十発。

 幸いだったことは、盗賊たちが投擲爆弾グラナートゥムの効果的な使い方を理解しておらず、投擲爆弾グラナートゥムのほとんどが空中ではなく地面で爆発したことだったろう。おかげで爆発した投擲爆弾グラナートゥムの近くにいた者たちは榴弾を浴びることになったが、その陰に隠れていた者たちは肉の壁によって榴弾を防ぐことが出来ていた。それが無ければ、今頃全員死亡していたとしてもおかしくない。

 下馬して住民救助に当たっていた警察消防隊ウィギレスは全員が榴弾を浴びて倒れていたが、騎乗したまま待機していた警察消防隊ウィギレスは一塊になっていたおかげで、塊の内側にいた者は辛うじて榴弾を浴びずに済んでいた。しかし、それで終わりかと言えばそうではなく、生き残った馬たちは生まれて初めての投擲爆弾グラナートゥムの炸裂に驚き興奮してしまった。ある馬は騎手を振り落とし、またある馬は騎手を乗せたままどこへともなく走り出す。


 シュテファンは榴弾を浴び、あまつさえ馬から振り落とされ、近くにいた部下や落命した馬と共に一塊の肉の山となって倒れていた。そしてその中からセルウィウスの部下たちによって掘り出された。

 シュテファンは何とか生きていた。首から上は血まみれで酷い有様だったが、首から下はそうでもない。ほぼ全身に投擲爆弾グラナートゥムの榴弾を浴びてはいるようだったが、突き刺さった破片は着ていた鎧下イァックによって防がれており、付着している血は他の負傷者たちや馬のものだった。ただ、出血は無いというだけで無事と言うわけではない。見た目と違って首から下のダメージの方がよっぽど深刻そうだった。少なくとも左の上腕には馬の蹄の跡がくっきりと付いており、関節が一つ増えていた。右肩あたりにも蹄の跡が残っており、どうやら落馬した後で馬に踏まれたらしい。生きているのが不思議なくらいの有様だった。


ツヴァイクシュテファン殿?」


 セルウィウスが呼びかけると、シュテファンはブフッと口から血の泡を吹き、荒い息をしながら左目を薄っすらと開けてセルウィウスの顔を見た。


「ぅ、ぅぅぅぅ……」


 一瞬、何かしゃべろうとしたが苦痛に顔を歪め再び目を閉じてしまう。どうやら背骨か肋骨を傷めているようで、苦痛で喋れないらしい。


「しゃべらないで!

 どうかお気を確かに…盗賊どもは私の部下が既に追い払っております。

 どうかご安心を。

 今、本隊に救援を要請しました。間もなく助けが来ます。

 住民たちもツヴァイクシュテファン殿の部下たちも、適切な処置を受けております。」


 セルウィウスがそう言うと、シュテファンは苦しそうに再び左目を開けてセルウィウスを見た。この時、セルウィウスはシュテファンの右目に投擲爆弾グラナートゥムの破片が突き刺さっており、永久に光りを失っていることに気付いた。


 遠くで散発的に鳴っていた銃声は止み、セルウィウスの部下たちが続々と戻ってくる。セルウィウスは町の防備のため、四個の十人隊コントゥベルニウムを町の周囲に配置し、残りを無事だった住民たちと共に負傷者の手当に当たらせた。

 シュテファンは幸運にも助かったが、こうしている間にも一人、また一人と死者の数は増えていく。その中には投擲爆弾グラナートゥムを浴びて倒れた馬もあった。既に死んでいた馬もあったが、一頭が興奮して暴れて手が付けられなかったため、そして三頭が回復の見込みのない負傷をしていたため、その場での殺処分となった。

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