第1260話 外へ向かう三人

統一歴九十九年五月十一日、夜 ‐ グナエウス砦中央通りウィア・プラエトーリア・ブルギ・グナエイ西山地ヴェストリヒバーグ



 そしてカエソーたちの話を聞いたグルグリウスは松明たいまつを掲げたヨウィアヌスとカルスを連れて砦正門ブルギ・ポルタ・プラエトーリアへ向かっていた。何のことは無い、要はここへ向かってきている『勇者団』ブレーブスの連中をというだけの話だった。ただ、色々と制約は多い。

 まず目立ってはならない。正門の周辺にはリュウイチの降臨のことはもちろん、『勇者団』のことも全く知らない部外者が多数いるのだ。軍人だけなら口止めのしようもあるかもしれないが、正門付近に居るのは峠越えの運送業者と、それらを相手に商売している商人たちだ。彼らの口まで塞ぐことは難しい。当然、彼らの前で目だった行為は出来ない。事情を知っている兵士を多数引き連れて待ち構えるのはもちろんダメだ。カエソー率いるサウマンディア軍団レギオー・サウマンディアは彼ら民間人からすれば『他所から来たお客さん』に近い存在である。それなのに彼らが本格的に戦闘をしたりすれば、それだけで大騒ぎになってしまう。それがセルウィウス率いるアルビオンニア軍団レギオー・アルビオンニアの兵士だとしても同じことだ。砦に常駐している者たちからすれば『他所から来たお客さん』であることには違いなく、サウマンディア軍団かアルビオンニア軍団かは程度の差でしかない。普段、居ない者たちが大人数で普段やらない行動をすればどうしたって人目を引いてしまう。

 なるべく少人数で、なるべく目立たないように、『勇者団』に対処する……だがその『勇者団』はムセイオンの聖貴族であり、常人を遥かに凌駕する高い戦闘能力を誇っている。魔法を駆使し、スキルと呼ばれる特殊技能を駆使する。本気になれば完全武装の軍隊だって苦戦する。そんな連中を相手にするにはこちらも魔法やスキルを使え、『勇者団』の戦闘力に充分対応できる実力を持つ者でなければならない。


 今、この砦に居る最強の存在は間違いなく《地の精霊アース・エレメンタル》だ。今までも『勇者団』の襲撃を幾度となく撃退しており、『勇者団』を大したことないと低く評価している。実際、本気になればいつでも簡単に捕えることができただろうが、レーマ軍側の、そしてルクレティア側の都合により追い払うだけにとどめていた。

 ではその《地の精霊》に対処させるのが一番ではないか? ……それは《地の精霊》本人も思っていたことだった。だが正門周辺に多数いる民間人たちの目に見られないように、決して目立たないようにという条件が加わると面倒くさいことになる。

 そもそも『勇者団』がまだ暴れに来ると決まっていたわけではなかった。事前の情報では『勇者団』は既に戦闘を避ける方針であり、ルクレティアとの会談を望んでいるという。その情報が本当なら、今近づいてきているという『勇者団』も戦うつもりはないのかもしれない。

 もしそれなのにいきなり《地の精霊》が魔法で取り押さえたりしたら、却って面倒なことになるかもしれない。何せ接近中の『勇者団』はどうやら残りのメンバー全員ではなさそうだ。別動隊が《地の精霊》の探知できる範囲の外で、何かの準備を整えている可能性も考慮する必要がある。なにしろアルビオンニウムでは盗賊団を用いて二重三重に陽動を重ねてケレース神殿テンプルム・ケレースの防備をはぎ取って見せた『勇者団』なのだ。何かこちらの対処が難しくなるような作戦を準備していないと考えるのは楽観的過ぎるだろう。

 となると、まずは平和的に会話によって用向きを確認する必要があるだろう。だが《地の精霊》がそれをやろうとすると、ゴーレムとか使い魔とかを使って応対せざるをえない。それだけで十分人目を引いてしまう。目立ってしまう。それに《地の精霊》は肉体を持たない精霊エレメンタルだけあって、どうも人間たちの細かい機微には鈍感だ。肉体を持つ者たちの細かな事情など、そもそも理解できないことが多い。人目につかないようにしろというならともかく、既に人目があるところで目立ったないようにしろと言われても、何をどうしていいかわからないのだ。つまり、《地の精霊》には実力面では問題ないものの、問題の処理能力という点で決定的に不足しているのだった。


 そこで白羽の矢が立ったのがグルグリウスである。

 ペイトウィン・ホエールキングを独力で捕まえて来て見せた彼の実力は既に折り紙付きだ。《地の精霊》の眷属でもあるため、立場的にも信頼できる。そして、精霊と違って肉体を持つ妖精である彼には人間の機微なども十分理解できた。しかも肉体は自前のものを持っており、人目を引いてしまう使い魔やゴーレムなどを使う必要がない。人前でも『勇者団』と堂々と会うことができるし、イザとなれば『勇者団』を実力で取り押さえることも出来るだろう。

 《地の精霊》には対応できないがグルグリウスには処理できる問題……それはグルグリウスにとって願っても無い機会だった。世界中のインプが一生かけても集めることも出来ないような魔力を一身に与え、グレーター・ガーゴイルという妖精の中でも最上位の存在にまで進化させてくれた大恩にわずかでも報いることができるのだ。これを逃す手はない。


「ぶえっくしっ!!」


 しかしグルグリウスに同道するホブゴブリンたちにとってはそうでもない。ホブゴブリンはヒトに倍する筋力量を誇るが、体脂肪率は低く寒さには意外と弱い種族なのである。リュウイチに貰った衣類や防具はグナエウス峠を吹きすさぶ風から彼らの身体を十分に守ってはくれてはいるはずだが、つい先ほどまで酒を飲んでいい気になっていたヨウィアヌスにとって、リュウイチの衣類によって守られてない鼻先を吹き抜ける寒風は少しばかり冷たすぎたようだ。


「大丈夫ですかヨウィアヌス?」


 グルグリウスは盛大なクシャミをし、鼻をこするヨウィアヌスを心配して振り返った。グルグリウスにとってはヨウィアヌスもまた恩人の一人である。まだ非力なインプだった彼にライベクーヘンをくれたのだ。仕事の報酬ならともかく、卑しいとされるインプに無償で食べ物をくれる人間は少ない。まして自分が食べる分まで分け与えてくれるような気前のいい人間など、世の中のどこを探したって見つけることはできないだろう。


「いや、何でもねぇ。

 風が冷たくて、ちっと身体が冷えただけだ」


「人に仕事さして酒なんか飲んでるからさ」


 カルスがジトっとした目でヨウィアヌスを睨みながら不平を言う。普段ならこの程度のことで文句を言うようなカルスではなかったが、上級貴族ルクレティアと二人きりにされて何をどうしていいか分からない状況に置かれたストレスが、カルスの心をいつもより狭くしてしまっていた。


「うるせぇぞカルス。

 お前ぇが仕事なのは当番なんだから仕方ねぇだろ?

 非番の奴が飯も酒も口にできねぇんじゃ、何のために当番決めて順番に仕事と休憩とってんだか分かんなくなっちまうじゃねぇか」


 古参兵は自分の行動を正当化する術に長けている。この点、軍歴一年に満たずに奴隷に堕とされたカルスに勝ち目はない。カルスも口では勝てないことはよく知っており、口を尖らせた。


「だからって顔赤くなるまで飲むことねぇだろ?」


「そこまで飲んでねぇよ!

 顔が赤ぇのはあれだ、酒のせいじゃなくて寒ぃからさ!」


「まぁまぁ御二人とも」


 ヒートアップしはじめた二人にグルグリウスは仲裁に入る。


「あまり大きい声を出すと目立ちますよ?

 ただでさえ暗くて人通りが減ってるんですから、わざわざ注目を集めることはないでしょう」


 グルグリウスの忠告でカルスは口をつぐんだ。実際、グルグリウスのいう通りで、人出が多くて喧噪に満ちた昼間なら多少大きい声を出したところで目立ちはしないが、こうして日が暮れて人通りが減ったところで松明を掲げた者たちが大声を出せばどうしたところで人目を引いてしまう。

 しかしヨウィアヌスの方は酒が入っているせいか少しばかり納まりが悪かったようだ。


「へんっ、人目を引いてんのぁアンタの方じゃねぇのかいグルグリウス様よ。

 その恰好じゃ何をしてなくても人目を引いちまいそうだぜ?」

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