ガーゴイルとガレアートゥス

第1259話 グルグリウス召喚

統一歴九十九年五月十一日、夜 ‐ グナエウス砦ブルグス・グナエイ西山地ヴェストリヒバーグ



 グルグリウス、グルグリウスよ……


『おお、お呼びでしょうか我が主』


 其方そなたにやってもらいたいことがある。


『《地の精霊アース・エレメンタル》様の御命令とあらば喜んで!

 何を差し置いてもやってごらんに入れましょう。

 さあ、何なりと御命じください』


 うむ、じゃが事情が複雑で微妙を要する。

 小難しい面倒が多くワシからは説明しきれん。

 ただちに来るがよい……


 ちょうどペイトウィン・ホエールキングを寝室クビクルムへ送り込んだばかりだったグルグリウスは《地の精霊》からの念話によって呼び出された。場所は教えられずとも、念話の会話を通じて知ることができた。念話は言葉に寄らず意味を直接相手に届ける。ただ「ココ」とか「ソコ」とか言うだけで、たとえその場所の名前が分からなくても相手に位置情報がイメージで知らせることができるのだ。ただ、逆に場所のイメージが分からなければ地名や場所の名前が分かっていても相手に教えることができないという厄介な欠点もある。強く意識していないと、話している時に頭の中に抱いているイメージの方が優先的に伝わってしまうからだ。しかし、それも精霊エレメンタルならば伝えたい事とその時考えていたイメージが一致しないというような、人間には割とありがちな間違いは起きない。

 グルグリウスはペイトウィンの寝室の前で控えていた女神官フラミナに急用ができたことを告げ、《地の精霊》が居る部屋へと向かい始める。目指すは隣の敷地の建物だ。


 ブルグスの内部は軍団レギオーが駐屯できる宿泊施設になっている。一番多いのは兵舎であり一棟で一般兵士レギオナリウス百人隊ケントゥリア単位で収容する。そして大隊長ピルス・プリオル以下の大隊司令部要員は大隊コホルスごとに一棟の宿舎が与えられ、さらに軍団幕僚トリブヌス・ミリトゥム以上になると各人に一棟の宿舎が与えられる。軍団幕僚は基本的に貴族ノビリタスであるため、公私の両方においてそれなりの体裁を整える必要があるからだ。

 ペイトウィンが収容されているのは幕僚宿舎プリンキパーリスの一つだった。そしてその隣の幕僚宿舎にメークミー・サンドウィッチとナイス・ジェークの二人が収容されている。

 わざわざ分けているのはメークミーとナイスの二人は既に現状を受け入れて従順な態度を示しているのに対し、ペイトウィンはそうではないからだ。彼らを安易に一つの宿舎に収容し、何かの拍子にバッタリ出くわしてしまった場合、どうなるか分からない。もしかしたらペイトウィンの影響でメークミーとナイスが再び反抗的な態度を示すようになるとも限らない。そしてそれはメークミーとナイスたち本人が恐れていることでもあった。

 ちなみにカエソー・ウァレリウス・サウマンディウス伯爵公子とルクレティア・スパルタカシア・リュウイチアの二人もそれぞれ別に専用の幕僚宿舎が割り当てられている。


 とっくに陽は暮れているため外は既に真っ暗だった。月明かりはあることはあるが、先ほどから強い風にあおられてガスが断続的に上空を通り過ぎるため、明るくなったり暗くなったりを繰り返している。逆にそうであるがゆえに目が暗闇に慣れ切らず、月明かりの届かない軒下や屋内の灯りの無い部分などは本当に真っ暗で何も見えない。

 しかしグルグリウスには暗さなど苦にならない。高位の妖精である彼は高い魔力のおかげでいくつものスキルや魔法を常時発動させることができており、光一つない地下迷宮であったとしても全てを見通すことができるだろう。しかし、本人が見えていれば闇夜での活動で何の支障もないかというとそうでもない。グルグリウスには見えていても他の者には見えないのだから、グルグリウスが普通に歩いていると他の人間たちは暗闇の中から突然目を赤く光らせた巨漢が現れるのだから死ぬほど驚くことになってしまうのだ。これが人間の姿だからまだいいが、彼本来のグレーター・ガーゴイルそのままの姿であったなら、文字通り卒倒してしまうかもしれない。もっとも、グレーター・ガーゴイルの姿そのままだったら身体が大きすぎて建物に入りきらないのだが……


 ともあれ、時々やけに大袈裟に驚く人間たちとすれ違いながら、はてさてこの暗さの中で人間を驚かさないように歩くにはどうしたら良いものかと考えながら、グルグリウスはついに《地の精霊》の待つ部屋へとたどり着いた。


「グッ、グルグリウス様、御入来~いっ!」


 部屋の前にいた兵士の一人が名告げ人ノーメンクラートルのように扉を開け、グルグリウスの来訪を室内に向かって告げた。


「失礼いたします!」


「おお! グルグリウス殿よくぞ参られた!!」


 グルグリウスが入室し挨拶すると、即座にカエソーが両手を広げて歓迎する。室内には他にもルクレティアや百人隊長ケントゥリオたち、そしてリウィウスたちホブゴブリン奴隷の姿があった。皆が皆、不安と安堵と緊張とが入り混じった表情をしている。


カエソー伯爵公子閣下!

 吾輩わがはいは我が主 《地の精霊アース・エレメンタル》様のお召しにより参上いたしました。

 もしかすると閣下も関係している案件なのですかな?」


 《地の精霊》に呼び出されて来た眷属グルグリウスが、《地の精霊》に挨拶する前に割り込むように話しかけて来た人間カエソーを少しうるさく感じながらも、大方無関係ではないのだろうと予想して問いかけると、カエソーは全体には笑みをたたえながらも少し困った様な様子を見せながら答えた。


「ええ実はそうなのです。

 我らと《地の精霊アース・エレメンタル》様は目的を同じくして協力し合う間柄。

 今回も同じ問題について対応を話し合っているうちに、是非グルグリウス殿に御協力いただこうということになったのです」


カエソーが言ってることは本当ですか、《地の精霊アース・エレメンタル》様?』


カエソーその男が何を言っているのかワシには半分も分からんが、其方そなたにはこの者たちの抱える問題を解決してもらいたい』


 ふーむ……と一瞬考えるフリをしながら即座に《地の精霊》と念話を交わしたグルグリウスはカエソーにニッコリと微笑む。


「分かりました、お話をお伺いしましょう。

 ですがその前に、我が主に挨拶をさせてください」


「おお、もちろんかまいませんとも!」


 カエソーがそう言ってグルグリウスの前から退くと、グルグリウスは胸に手を当て、ルクレティアの前に浮かぶ《地の精霊》の方へ向かってお辞儀した。


「グルグリウス、お召しにより参上いたしました」


 口で挨拶の口上を述べつつ、念話で別のことを話しかける。


カエソーこの者は《地の精霊アース・エレメンタル》様と同じ目的のために協力しあう仲であり、今も同じ問題を解決するために相談していたと申しておりましたが、《地の精霊アース・エレメンタル》様は関係ないのですか?』


 人間の貴族は平気で嘘をつく。インプだった記憶を持っているグルグリウスは、高貴な人間ほど、インプのような妖精に嘘をつくことに抵抗を覚えないことを良く知っていた。彼らはインプを都合良く利用するためならどんな嘘でも平気でつく。だから用心せねばならない。

 今回グルグリウスは《地の精霊》によって呼び出された。仕事をしてほしい……それが《地の精霊》の頼みとあればグルグリウスは無条件で応じなければならない。報酬なんてものは既に膨大な魔力を与えられているのだから請求する必要は無い。だがカエソーは別だ。カエソーからは別に恩らしい恩を受けたことは無いし、魔力に至っては何をいわんやだ。カエソーから仕事を頼まれるのであれば、相応の報酬を請求せねばならない。

 それなのに今回、カエソーは《地の精霊》と同じ目的、同じ問題に取り組んでいると言い、《地の精霊》の方はカエソーの言っていることが半分も分からないと言っていた。これはカエソーが何らかの詐術さじゅつを用いてグルグリウスにタダ働きをさせようとしているのではないかと疑うには十分な根拠となりうる。


『いや、カエソーその者の目的とルクレティアこの娘御を守護するワシの目的とは重なる部分がある。

 また、尊き御方の妻となるルクレティア娘御の望むを叶えるは、ワシとしてもやぶさかではない。

 ゆえに、其方そなたの言ったカエソーその者の言に嘘はない。

 しかし、ワシには理解できん人間の都合が色々あってワシには対応できそうにないのじゃ』


 ……なるほど、《地の精霊アース・エレメンタル》様の御用であるのは確かなわけか……


『承知しました。

 人間にはとかくつまらぬ事情があるものです。

 偉大過ぎる《精霊の王プライマリー・エレメンタル》様には些末さまつすぎてわずらわしいことでしょうから、吾輩わがはいが変わって始末いたしましょう』


『うむ、人間のことは我ら精霊エレメンタルより其方そなたら妖精の方が精通しておろう。

 其方に任せようと思う』


『承りました。

 誓って、ご期待に添いましょう』


 グルグリウスはスッと上体を起こした。念話のやり取りは一瞬、周囲の人間にはその短時間でグルグリウスと《地の精霊》が会話していたとは気づけなかっただろう。

 グルグリウスはそのまま部屋全体を見回し、ルクレティアに、そしてリウィウス達に順に御辞儀し、それからカエソーへと向き直った。


「お待たせしました。

 では早速、お話をお伺いいたしましょう」

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