第1258話 『勇者団』の行動予測(2)

統一歴九十九年五月十一日、晩 ‐ グナエウス砦ブルグス・グナエイ西山地ヴェストリヒバーグ



「な、何がいけねぇんだい?

 俺ぁ、そんな間違ったこと言っちまったとぁ思えねぇんだが……」


 狼狽うろたえながら口を尖らせ気味に言うヨウィアヌスにリウィウスは「いいから黙ってろ」とばかりに肩に手を置き首を振って見せる。その様子を見ていたルクレティアは思い切って口を開いた。


「わ、私が女だから分からないのかもしれませんが、ヨウィアヌスさんが言ったことがそれほど間違えているように思えません。

 『勇者団』ブレーブスは今、弱っている……少なくともそれは間違っていないと思うのですが……」


 誰が言うのか……《地の精霊アース・エレメンタル》の御前ゆえに跪いている男たちは互いに目配せしはじめ、やがて無言のやり取りを通じてどうやらヨウィアヌスを黙らせたリウィウスが言うことに決まったようだ。リウィウスはヨウィアヌスの肩から手を放し、姿勢を少しばかり改めてルクレティアを見上げた。


奥方様ドミナ

 『勇者団』ブレーブスの奴らぁ、追い詰められてんのぁおっしゃるとおり確かでさぁ。

 けど、追い詰められたヤツが皆が皆、大人しく観念するわけじゃあありやせん」


「ど、どういうこと……ですか?」


奥方様ドミナ、世ン中にゃぁ追い詰められたら破れかぶれになっちまう奴もいるんでさ。

 特に『勇者団』ブレーブスの奴らぁ、目的のために人をあやめるのを何とも思ってねぇ連中だ。

 盗賊どもも合わせりゃ、もう何百人も殺しちまってる。

 こういう悪党ってなぁ、追い詰められりゃ大抵破れかぶれになっちまうんでさ。

 実際アイツ等ぁ、切込み役が二人に魔法使いが二人、をするのに都合のよさそうな陣立てだ」


 いつもなら目を伏せがちに、どこか卑屈な態度をとってばかりなリウィウスが、今日ばかりはまっすぐルクレティアを見つめながらしゃべっている。その視線にルクレティアは何かを射すくめられたような不安を感じ、固唾を飲んだ。


「つまり、『勇者団』ブレーブスは……」


「まだ決まったわけではありません!」


 ルクレティアの言葉をカエソーが遮った。


「彼らが交渉を求めているというのは今も同じでしょう。

 ですが、交渉が失敗した場合、その場で暴発してしまう危険性は高まっていると考えざるを得ません」


 不安に揺れる瞳でカエソーを捉えたルクレティアは、カエソーの言う「暴発」の意味を想像して呻いた。


「つまり……戦になると……いうことですか?」


 ルクレティアの脳裏にブルグトアドルフで目の当たりにした惨劇がよみがえる。戦をすれば人は斃れ、傷つく……そんなことは頭では分かっていた。だが実際に負傷して生死の境を彷徨さまよう将兵たちを、仮設野戦病院の惨状を見たルクレティアにとって、それは想像をはるかに超越するものだった。頭で分かっているつもりだった英雄譚にはよくある一場面、ルクレティアも憧れた聖女リディアが積極的に活動した傷つき救いを求める人々の集まる場は、ルクレティアが求めていた活躍の場などではなかった。それは掛け値なしの地獄だったのである。


 あんなことが、また、ここで!?


 ルクレティアの顔からサァーッと血の気が引いていく。その様子を見ていたヨウィアヌスは慌てたように口をひらいた。


「け、けど、俺らにゃあ《地の精霊アース・エレメンタル》様がいなさるじゃねぇですか!?

 《地の精霊アース・エレメンタル》様の御加護がありゃ『勇者団』ブレーブスなんて!」


 そう、《地の精霊》の加護があれば『勇者団』なんかこわくはない。これまでだって《地の精霊》は『勇者団』を撃退し続けてきた。『勇者団』が束になったところで、《地の精霊》にはまったく敵わなかったのだ。だからこそ『勇者団』は戦闘を諦め、交渉を求めて来たのではないか!? だがそれを訴えるヨウィアヌスはカエソーを始めヨウィアヌス以外の全ての男たちから睨まれて口を閉ざすことになった。


「……あ、あの……その……」


 ヨウィアヌスが自分に向けられた視線の異様な雰囲気に飲まれて言葉を失うと、カエソーは深い溜息をついて言った。


「今回、《地の精霊アース・エレメンタル》様の御力には、おそらく頼れんのだ」


 その一言にヨウィアヌスは目を丸くする。


「な、何でです!?」


 抗議するヨウィアヌスに、今度はセルウィウスが苦し気に説明し始めた。


「忘れたのか!?

 このブルグスに居るのは我々だけじゃない。

 リュウイチ様のことを知っているのは我々だけ、他は何も知らぬ者たちなのだ。

 そいつらの前で、《地の精霊アース・エレメンタル》様が御力を振るわれればどうなるか、お前は分からんのか!?」


「「あっ……」」


 ヨウィアヌス、そしてその隣で聞いていたカルスが同時に声を漏らした。

 彼らは今、グナエウス砦ブルグス・グナエイの敷地の最奥にある高級将校用宿舎プリンキパーリスにいる。そして、砦敷地の唯一の出入り口である砦正門ポルタ・プラエトーリアの周辺には、民間人向けの施設が集中しており、シュバルツゼーブルグとアルトリウシアの間を往復する輸送業者たちが多数宿泊しているのだ。砦の防衛にあたっている兵士たちだってリュウイチの降臨についてはまだ知らされていない。

 その状況で《地の精霊》が魔法を使えば、リュウイチの秘匿の維持が難しくなるだろう。戦闘が起こり、そこで敵味方双方が魔法を使ったなんてことになれば、間違いなくその魔法を使った人物に注目が集まる。さすがにルクレティアが使ったなんてことを言っても誰も納得はすまい。謎の魔法使いの噂は確実に広まる。一週間もしないうちに、アルトリウシア全土に広まってしまうだろう。そうすればアルトリウシアでハン支援軍アウクシリア・ハンが必死に広めようとしている「アルビオンニアで降臨が起きた」「侯爵家と子爵家が降臨者を隠している」という噂が真実味を帯びてしまう。しかもそれはある程度事実なだけに、後に公表することを考えると下手な揉み消し方も出来ない。


「け、けど、『勇者団』ブレーブスが魔法を使ったら、結局同じことなんじゃねぇんですかい!?」


 諦めきれないヨウィアヌスがなおも訴えると、今度はカエソーが目を閉じ首を振りながら否定した。


「今、アルビオンニアにはメルクリウスが居るかもしれないということになっている。

 一方だけが、レーマ軍我々じゃない方が魔法を使う分には、魔法を使ったのはメルクリウスだったということにでもできるだろう。

 だが両方が使ったりしたら、もう言い訳が出来ん」


「じゃ、じゃあ、もしも『勇者団』ブレーブスの連中が暴れ出したら……」


 その答は問うまでもない。だがそれでもカエソーは苦々し気に床を見ろ押しながら答えた。


「人目のないところなら、我々しかいないところなら《地の精霊アース・エレメンタル》様の御力に頼ることも出来ようが……」


「そうでないなら?」


 この期に及んでなおも問うのは野暮でしかない。が、その野暮に今度はカエソーに代わってセルウィウスが答えた。


レーマ軍われわれだけで戦わねばならんということだ」


 たったの四個百人隊長ケントゥリオ……しかも戦列歩兵が理想の間合いをとって戦える戦場ではなく、兵舎など建物がまだ多数のこされた入り組んだ場所で、つまり『勇者団』側に有利な地形で、精霊の加護なしに戦わねばならない……それは膨大な犠牲を強いられることを意味していた。

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