第1257話 『勇者団』の行動予測(1)

統一歴九十九年五月十一日、晩 ‐ グナエウス砦ブルグス・グナエイ西山地ヴェストリヒバーグ



「閣下?」


 もう一人の魔法使いが付与術師エンチャンターであるという予想を聞いて沈鬱そのものといった表情で黙り込んでしまったカエソーにルクレティアが声をかける。


「あ?……ああ、すみません。

 果たしてどう対応したものかと思いまして……」


「戦闘になる……そうお考えですか?」


 セルウィウスがやはり不安そうに尋ねた。セルウィウスは下級貴族ノビレスですらない平民プレブス出身の百人隊長ケントゥリオにすぎず、本来なら上級貴族パトリキ筆頭幕僚トリブヌス・ラティクラウィウスでもあるカエソーとは対等な口など利ける身分ではない。しかしレーマ軍では複数の百人隊ケントゥリア中隊マニプルスを編成して作戦行動をする場合、中隊を構成する百人隊の百人隊長が輪番で中隊長プリミ・オルディネスを務めることになっている。セルウィウスは今回の遠征中は丁度中隊長を務めており、必然的にルクレティアの護衛部隊を指揮する護衛隊長という立場にあったため、アルトリウシア軍団レギオー・アルトリウシア側部隊の代表者としてカエソーとは一次的ながら対等に口を利ける立場にあった。

 とはいっても所詮はただの百人隊長……より高度な政治的判断や戦略眼などを持ち合わせているわけではない。部隊運用などはあくまでも彼の職掌ではあったが、今回のような状況での作戦指導や状況判断はカエソーに委ねるしかなかった。ことメルクリウス対応に関してはサウマンディア軍団レギオー・サウマンディアが指揮権を有し、彼の所属するアルトリウシア軍団はそれに協力しなければならない立場にあったからだ。


「なるかもしれない……少なくともその準備はせねばなるまい」


 カエソーは難しい顔をしたまま視線も動かさずに答えた。


ペイトウィンホエールキング様の御話では、『勇者団』ブレーブスは戦闘を回避する方針だとのことですが……」


「たしかに、《地の精霊アース・エレメンタル》様もそのようにお告げくだされた。

 だが状況が変わっている可能性がある」


「状況が?」


 怪訝な表情を見せるセルウィウスの言葉に、カエソーは顔をあげて一度全員を見回した。


ペイトウィンホエールキング様が我々の手に落ちた。

 『勇者団』ブレーブスにとって大きな痛手となっている筈だ」


「それで『勇者団』ブレーブスの方針が変わったということですか?」


『勇者団』ブレーブスはおそらく降臨を諦めたわけではない。

 彼らの交渉の目的はおそらく、捕虜の解放と移動の自由を認めさせようというものだ」


「移動の自由……ですか?」


 ルクレティアの問いにカエソーは跪いた姿勢のまま見上げ、頷いた。


「そうです。

 昼間、ペイトウィンホエールキング様から聴取させていただいた内容からすると、彼らはアルビオンニアでの降臨の再現をほぼ諦めているようです。

 彼らはケレース神殿テンプルム・ケレースを襲撃するにあたって、そこを守っていた二個百人隊ケントゥリアを追い払うために盗賊どもを三百人も集めなければならなかった。

 ところが、その盗賊どもをぶつける前に我がサウマンディア軍団レギオー・サウマンディア大隊コホルスが上陸していたうえ、《地の精霊アース・エレメンタル》様の御加護もあった。おかげで彼らは予想外の大兵力とぶつかって襲撃は見事に失敗してしまった。

 そこで彼らは別の場所で降臨を行おうと考える」


「どこでですか?!」


 ルクレティアは取り澄ましたような厳かな雰囲気を作るのも忘れ、身を乗り出して尋ねる。無理もない、降臨はただでさえ世界にとっての一大事……そして今、彼女が聖女サクラとして仕えるリュウイチは世界中のゲイマーをほふった《暗黒騎士ダーク・ナイト》様の御親戚。つまり現在ムセイオンに居る数多くのゲイマーの血を引く聖貴族にとって、そして『勇者団』が降臨させようとしている彼らの父祖たちにとっての仇ともいえる存在なのだ。下手にかつて《暗黒騎士》によって討たれたゲイマーやその身内が降臨したりしたら、間違いなく戦乱が引き起こされるだろう。そしてリュウイチの聖女のなったルクレティアは否応も無くそこに巻き込まれることになるのだ。

 切羽詰まった様なルクレティアの質問にカエソーは苦笑いを浮かべる。


「それはまだ分かりません。

 少なくともペイトウィンホエールキング様からそれらしい情報はまだ引き出せておりません」


 カエソーの答えにルクレティアはグッと何かを堪えるように胸元で手を握りしめ、口をキュッと引き締めて前のめりにしていた上体を引いた。


「ですが、彼らは海峡でアルビオーネ様と遭遇し、『海峡を渡ることはまかりならん』と告げられた……アルビオンニアから脱出できなくされてしまった」


「それでアルビオンニアから移動できるようにしろと……」


 横からセルウィウスが独り言ちるように言うと、カエソーはコクリと頷いた。


「《地の精霊アース・エレメンタル》様、アルビオーネ様、さらに《森の精霊ドライアド》様……強大な精霊エレメンタル様たちが一斉に『勇者団』ブレーブスに立ちはだかったことで、その背後に強力な聖貴族コンセクラトゥスが存在し、彼が自分たちを妨害しようとしていると確信したようです。

 そして、その人物とルクレティア様が関係あると予想している」


 カエソーがルクレティアに視線を向けると、ルクレティアはゴクリと固唾を飲み、身を硬くした。


「しかし昨夜ゆんべペイトウィンホエールキング様ぁ『南蛮の王』がどのこうのと……」


 ルクレティアが怯えるような仕草をするのを見ていたリウィウスがすかさず横から口を挟んだ。カエソーはどこか呆れたような表情を見せながらリウィウスに視線を走らせる。


「その通りだ。

 『勇者団彼ら』は精霊エレメンタル様たちの背後に居る方の正体にはまだ気づいていない。

 まさか《暗黒騎士リュウイチ》様が降臨なされているとは想像すらしていないのだ。

 まだムセイオンに知られていない強力な聖貴族コンセクラトゥスがいて、それが強力な魔導具マジック・アイテムの力を借りて精霊エレメンタル様たちを従えていると考えているのだ」


 ルクレティアの眼前に浮かぶ緑色に光る半透明の小人がフワリと円を描くように大きく揺れた。


「で、その人物と交渉するために、まず奥方様ドミナにお会いしようと?」


「そうだったのだろうな……」


 リウィウスが一人納得し、カエソーが相槌を打つとセルウィウスが急くようにカエソーの方へ身を乗り出す。


「ですが今、閣下は状況が変わったと……」


 再び全員の注目がカエソーに集まった。


「うむ、先ほども言ったが『勇者団』ブレーブスはおそらくアルビオンニウムでの降臨は諦めている。

 そしてまだどこかは分からないが、別の場所で降臨をやろうとしている。

 ところがペイトウィンホエールキング様が捕まってしまった。

 『勇者団彼ら』の共有財産と共に……」


「その中に降臨の儀式に必要な物が!?」


 カエソーは何故か自信なさそうに苦笑いを浮かべながら視線をずらしつつ小さく頷いた。


「まだそうと決まったわけではないし、ペイトウィンホエールキング様もそんなことは少しも言っておられない。

 だが仮にそうだったとしても、逆にそうでなかったとしても、彼らはこの旅のために用意した大量の物資を失い、旅を続けるのが困難になってるはずだ。

 ペイトウィンホエールキング様も預かってる荷物を返すよう言っておられた」


 その予想が正しければ、『勇者団』は完全に行き詰ってしまっていることになる。アルビオンニア属州内での降臨はほぼ絶望的で属州から出るしかないが、アルビオーネが海峡を封鎖しているため海を渡ることはできない。仮に南蛮などアルビオーネの妨害を受けずに属州から出たとしても、旅を続けるために必要な物資が失われている。それどころかもしかしたら降臨を起こすために必要な物資さえ失われてしまったかもしれないのだ。


「あ、あの……」


 全員が黙りこんでしまった中、その理由が理解できないヨウィアヌスは戸惑うように全員を見渡した後、躊躇いがちに口を開いた。


「それなら『勇者団』ブレーブスの一味を捕まえるチャンスなんじゃねぇんですかぃ?

 奴らぁ属州から出れなくなっちまってる上に、旅を続けるための荷物すら失っちまったんだ。

 もう二進にっち三進さっちもいかなくなっちまってんなら……」


 貴族様相手にこんなこと言っていいのかどうか……確信も持てないままオロオロとしつつ何とか言ったヨウィアヌスだったが、言い切る前にカエソーにフッと笑われて思わず口を閉ざしてしまう。


「……ダ、ダメなんですかい?」


 ヨウィアヌスが思わず小声で隣のリウィウスに頼るとリウィウスも首を振ってみせた。

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