第22話 奴隷の取り扱い



 奴隷制度と一口に言っても色々ある。

 レーマ文明の元になった古代ローマの奴隷は時代によって扱われ方は大きく異なるが、元々は主人の家族同然に扱うべしとされていたし、財産権も認められていていて自分の自由を買い戻す権利があった。

 この世界では降臨者たちによって人権や人道といった概念が持ち込まれており、奴隷制度そのものをなくすには至っていないが、奴隷の権利については一定程度法律で認められていた。


『その最低賃金とは?』

「一日あたり一セミス、または奴隷自身の値段の千五百分の一以上です。

 それとは別に奴隷自身の値段の五十分の一の税金を毎年治める必要があります。」


 ここで「奴隷自身の」と言っているのは、借金奴隷の場合は借金の分を計算から除外するためだ。でなければ、債務者を奴隷にしても債権者は金を回収できなくなってしまう。


『それは高いのか、安いのか?』

「どう働かせるかにもよりますが、安くは無いでしょう。

 購入費や税金がかからない分、貧民を小銭で雇った方が安くあがります。」


 奴隷に少なからぬ維持費がかかるようになってから、かつては総人口の半分以上を占めていた事もある奴隷の数は大幅に減少している。奴隷制度最盛期は一般家庭でも奴隷の一人や二人は普通にいたものだが、現在では一般家庭で奴隷を所有している例はほとんどなくなり、奴隷の所有は富裕層のステータスと化している。



 奴隷の維持にかかる金の話題になったところでアルトリウスが口をはさんだ。

「やはり、彼らを購入するのはおやめになりますか?」


『何ゆえか?払えぬ金額ではない、と吾が主は申しておる。』

「しかし、リュウイチ様の御世話はこちらのルクレティアを始め我らの手の者がいたします。御身自らわざわざ奴隷を所有される必要性はございません。」

 アルトリウスがそう説明すると、ルクレティアもウンウンと頷いた。


 リュウイチはしばらくアーとかンーとか言って考えた後で答えた。

『あの者らの行いはこちらが誘発したものでもあり、吾が主は自らが責めを負うべきとの思召されておいでだ。

 ゆえにあの者らが奴隷として売られた先で、過酷な生活を余儀なくされる事は避けたいと申されておる。』

「しかし、御身はいずれ《レアル》へ御帰還なされましょう。

 その時、彼らをどうなさるおつもりですか?」


『その時は当然、解放しよう。』

 アルトリウスはリュウイチの目を見て少し考え、再び口を開いた。

「あの者らが奴隷に身を落とすのは刑罰の一環です。

 いつ、御身の御帰還がかなうかはまだわかりませんが、あまりに早く解放されたのでは刑罰としての意味が無くなります。」


『いつでも解放できるという訳ではないという事か?』

しかり。あの者らの場合で言えば、五年程は解放を認められる事はありますまい。」


 リュウイチはアルトリウスら五人の顔を見回し、数秒ほど考えてと口を開いた。

『奴隷の譲渡は可能かと吾が主は問い給う。』

「それはできますが・・・先ほどもこの者スタティウスが御説明申し上げました通り、奴隷の維持にはそれなりの負担があります。一度に八人もとなると貰い手は限られるでしょう。」


『ではその時は税金と給料を全額前払いした上で、奴隷の維持にかかる分の金を付けてそなたに譲渡しよう。それでも迷惑だというのなら他の者でも良い。』

 アルトリウスは息を飲み、やや眉をひそめると小さく呻くように息を吐いた。

「そこまで御考えとあらばこれ以上は何も申せません。

 しかし、御身がそこまでするほどの価値があの者たちにありましょうか?」


 リュウイチは再びアーとかン―とか言いながら少し考え、苦笑いを浮かべながら口を開いた。

『吾が主は問い給う。

 この世界の者で《暗黒騎士》に戦いを挑む者はあるや否や?』

「ありますまい。」

 アルトリウスは即答する。他の者たちも何を当たり前のことをと言いたげな顔をしている。


『だが、あの者たちは立ち向かって来た。その勇気が気に入った。

 と、いう事にしておこう・・・と、吾が主は申されておられる。』

 アルトリウスたちが互いの顔を見合わせ、再びリュウイチに目を向けると、リュウイチはニッと笑った。

「わかりました。

 では御意に沿いますよう取り計らいましょう。」

 アルトリウスがそう言って頭を下げると、リュウイチが革袋を二つ差し出した。

 何だ?と一同が再びリュウイチの顔を見上げる。


『では奴隷代を渡しておく。

 革袋一つに、先ほどの金貨百枚が入っておる。』

「こ、これは、先ほども申し上げましたように多すぎます。」


 アルトリウスが固辞しようとすると、リュウイチは更に革袋を押し付けた。

『いいから預かるが良い。

 余った分は銀貨などに両替えせよ。

 このままではいくら金貨があっても使えん。買い物もできんのは困る・・・と、吾が主は申しておられる。』

 アルトリウスは目を見開いた。


 自分で買い物をする気か?それは困る!


 自分で買い物をするという事は街中を好き勝手に歩き回ることを意味する。

 降臨者が、それもゲイマーの頂点に立つ伝説の《暗黒騎士ダークナイト》に自由気ままに歩き回られたらどんな混乱が巻き起こるか分かったものではない。


「買い物など、御身がする必要はございません。

 御所望の物があらば、お申し付けくだされば我らが御用意申し上げます。」


『さりとて奴隷に給料を払うのに金貨を使うわけにもいかぬ。

 ゆえに銀貨は必要である。

 また、そなたらの世話になるにあたって、色々物入りであろう。何ぞ用立ててもらうにしても金は要る筈。これはそのための金でもある。

 吾が主の御好意である。ありがたく受け取るが良い。』

 リュウイチは何やら困ったような顔をしながら、なおも革袋をアルトリウスに押し付けてきた。


「畏まりました。御配慮に感謝し、お預かりいたします。」

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