第113話 初顔合わせ

統一歴九十九年四月十三日、昼 - マニウス要塞/アルトリウシア



 アルビオンニウム派遣隊本隊とサウマンディア軍団レギオー・サウマンディアアルトリウシア派遣隊がティトゥス要塞カストルム・ティティを出発したのは避難民への朝食の配給が終わった第三時ホラ・テルティア(だいたい午前九時過ぎごろ)を過ぎてからだった。


 順番としては先導としてアルトリウシア軍団レギオー・アルトリウシアが、次に衛兵を伴った領主並びに軍団幕僚ら要人の馬車が、その後ろにサウマンディア軍団が並んで進む。

 軍団兵レギオナリウスは四列縦隊を組み、マニウス街道の中央より右側を埋めるように進んだ。

 兵馬の列は続行する荷馬車も含めると半マイル(約九百二十六メートル)程にも及び、彼らが通過する間交差点は四半時間以上も塞がれ、事実上通行止めになった。

 おかげでマニウス街道を通る商人らは内心で随分と迷惑がっていたが、もちろんそれを表に出す愚か者はいない。


 市中には既にアルトリウシア軍団、サウマンディア軍団、そしてこれから駆けつけるであろうアルビオンニア軍団レギオー・アルビオンニアの兵士らが復旧復興事業に投入されるという話が出回っている。

 それでなくても、一昨年の火山災害以降のアルトリウシア経済は領主ドミヌスが主導するインフラ整備事業に依存しており、それらにも軍団兵らがかなり投じられている。もう軍団レギオーが経済を支えていると言っても過言ではない状態だった。

 そのようなアルトリウシアで、軍団の行進のせいでたかが一回二十分かそこら足止めを食らったからと言ってイチイチ不平不満など言っていられない。

 ご機嫌取りというわけでもないが、足止めを食らっている商人や御者たちの中には目の前を通り過ぎていく軍団兵たちががなり立てる軍歌のサビの部分だけ一緒になって歌う者すらいたのである。


無敵のレーマレーマ・インウィクタ永遠の軍団アエテルナ・レギオー

レーマに勝利をレーマ・ウィクトリクス永遠の勝利をアエテルナ・ウィクトリクス



 彼らがマニウス要塞カストルム・マニへの入城を果たしたのはお昼を少し過ぎた頃だった。重装備に身を固めた重装歩兵ホプリマクスであるにもかかわらず三時間半とかけずにティトゥス要塞からマニウス要塞まで来るのは、さすが軍団兵と言ったところだろう。鍛えていない一般人なら軽装でも途中で確実にバテてしまうような速度だ。


 要塞正門ポルタ・プラエトーリア手前の城下町カナバエでまるで凱旋式さながらの歓迎を受けた彼らは入城すると、要塞司令部プリンキピア前の広場フォルムで兵士だけを整列させ、要人を乗せた馬車と荷馬車だけ要塞司令部の裏側へ進んでいく。


 なんだなんだと避難民の野次馬が注目する中で、サウマンディア軍団の将兵らはマニウス要塞の事務官カッリグラプスらにこれからしばらく生活する事になるであろう割り当てられた兵舎へ案内されていった。

 残されたアルビオンニウム派遣隊に対しては各百人隊長ケントゥリオ自らが野次馬に聞かれないように兵士一人一人の耳元で緘口令かんこうれいの確認と、当面の間の要塞外への外出禁止令とを告げて回り、その後でようやく解散となる。



 その間、昨日ティトゥス要塞での会議に参加した全員がリュウイチの滞在している宿舎プラエトーリウムに入る。

 そこには既にアルトリウスとマニウス要塞の要塞司令が先に来て待っていた。

 軍団長用の宿舎は公務エリアと私的エリアに分かれており、リュウイチは奥の私的エリアに滞在している。要人たちは公務エリアでリュウイチとの面会に備え、服装を整え、短い打ち合わせをした。




「それで、リュウイチ様の方は?」


 ルキウスが他の全員の前で改めてルクレティアに確認する。

 アルビオンニア侯爵家、アルトリウシア子爵家の要人ならびに軍団の主要人物との面会は一度はしておかねばならない事であるため、昨日の内にリュウイチ本人の了承は得てある。

 その際、皆忙しいのだろうから短い時間で済むように一度に会った方が良いだろうという提案をリュウイチの方から受けており、さっそく今日の面会という運びとなっていた。


「大丈夫です。

 皆さんがお会いになられることは既にお知らせしてありますし、いつでもお会いになられるそうです。」


 それを聞いて一同はいよいよ緊張の度合いを高め、改めてお互いの身だしなみを確認する。ガラスの普及していないこの世界ヴァーチャリアでは、鏡と言えばぼんやりと映る銅鏡などの金属鏡か、磨き抜いた黒曜石などの石鏡しかない。ヒゲの剃り残しなど細かい確認は第三者の目に頼るしか無いのだ。


「やはり一度風呂に入りたかったな。」

「この人数では仕方あるまい。公衆浴場テルマエを使うわけにもいかんし。」

「あ、ここ、髪の毛が跳ねてますよ?」

「またか、水か鬢付びんつけ油はないか?」

「毛抜きを貸してくれ、なんかやっぱりここにヒゲが残ってるみたいだ。」


 ・・・などと、緊張ゆえか今更どうでも良いだろうと思うような細かい部分が気になってしょうがないらしく、普段は偉そうにふんぞり返ってるような人間がみっともないくらい慌ただしく騒ぎ立て、隣のアルトリウスの邸宅から応援に来ている使用人たちを右往左往させる。


「アルトリウス、お前はヒゲは良いのか?」


 一人落ち着いているアルトリウスにルキウスが声をかけると、アルトリウスは顎をさすりながら苦笑いして答えた。


「ええ、先ほどコトのところで抜いてきました。」


 ハーフコボルトのアルトリウスはホブゴブリンのルキウスと違って顔も含め全身を短く密集した白い体毛で覆われているが、それとは別に髪の毛やヒゲなどの飾り毛が生える。

 短い下毛の下には真っ黒な肌があるため剃る事が出来ず、下毛を残すように飾り毛だけを一々毛抜きで抜かねばならない。自分では出来ないので、普段は使用人や従兵に二、三人がかりでやらせていた。これがチクチク痛い上に結構な時間がかかる。

 密集した下毛と同じ長さならどうせ目立たないからと、アルトリウスは良く怠け勝ちなのだが、今日は妻のコトに見咎みとがめられてしまった。おかげで息子や妹と遊ぶ時間が無くなってしまったのだが、妹の小グナエウシアグナエウシア・ミノールも一緒になってアルトリウスのヒゲを一生懸命毛抜きで抜きはじめたのだから、もう大人しく身を任せるしかなかったのだ。



「では、リュウイチ様を御連れします。」


 全員が身だしなみの最終確認を済ませ、使用人や従兵等が退出すると、ルクレティアはそう言って会議室から退出した。


 全員が一言もなく、固唾かたずを飲んで今しがたルクレティアが出て行ったドアを見つめる。果たしてレーマ皇帝に謁見えっけんする時もこんな感じなのだろうか?


 彼らの緊張はルクレティアがリュウイチを連れて会議室に戻ってきた時点で最高頂に達した。

 が、その後目の当たりにした降臨者リュウイチの姿は想像していたよりもずっとで、互いの自己紹介が終わり一同が退室する段になると皆どこか拍子抜けしたような感覚にさえ襲われた。


 あれが本当に伝説の《暗黒騎士ダークナイト》なのか?


 実際、そのような疑問を抱いた者は少なくなかった。

 緊張のあまり、何か短い挨拶を聞いたのと、自己紹介をしたという事をぼんやり憶えているだけでその他の事はあまり記憶に残っていない位だったのだが、何故自分がそこまで緊張していたのか思い返すとよく分からなくなるような、何やらペテンにでもかけられたような気になったのだ。


 ともかく、アルトリウシア軍団の軍団幕僚トリブヌス・ミリトゥム大隊長ピルス・プリオルらは本来の業務を優先させ、今日のところは挨拶だけということで、狐につままれたような気分のまま自分たちの仕事へ戻って行った。



 アルトリウシア軍団の幕僚たちと大隊長たちが退出した後の会議室には二人の領主とその側近たち、アルトリウシア軍団の軍団長レガトゥス・レギオニスアルトリウスと筆頭幕僚トリブヌス・ラティクラウィウスラーウス、艦隊提督プラエフェクトゥス・クラッシスのヘルマンニ、サウマンディア軍団の筆頭幕僚カエソーと軍団幕僚で元老院議員のアントニウス、そして降臨者リュウイチとルクレティアが残って会談を続けた。

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