第114話 サムエルの見舞い

統一歴九十九年四月十三日、昼 - 《陶片》リクハルド邸/アルトリウシア



 昨日、会議に出席したせいで夜遅くなりすぎたためティトゥス要塞カストルム・ティティで父ヘルマンニと共に一泊したサムエルだったが、今日のリュウイチとの面会にまで付き合わなくてよいと言われたため、朝食も摂らずに一旦セーヘイムに戻っていた。

 我が家で家族と共に朝食を摂りながら、家人に命じて荷馬車と干物や塩漬けに加工した魚介を用意させ、朝食後に身だしなみを整えなおすと少数の供を伴って用意させた荷馬車で《陶片テスタチェウス》へ向かった。

 到着したのはついさっき、時折雲の切れ間から顔を覗かせる太陽はほぼ真上に来ている。


 昼食の直前にアポなしで訪れたサムエルをリクハルドはすんなりと迎え入れた。


「おう、ようこそ我がリクハルドヘイムへ。

 セーヘイムの若大将が昼間からウチへ来るたぁ珍しいじゃありやせんか?」


 門衛の取り次ぎを受けて表まで出てきたリクハルドは大様おおように言った。サムエルはあくまでも礼儀正しく挨拶の口上を述べる。


「御無沙汰しております、リクハルド卿。

 此度は海軍基地城下町カナバエ・カストルム・ナヴァリアの住民並びに我が配下とその家族を御助けいただきました御礼に参上しました。

 お礼の品も荷馬車にご用意させていただきましたので、どうぞお納めください。」


「そんなのぁいいんですよ、若大将サムエル

 つい一昨日も、御母上インニェルからも戴いたばかりだ。

 しかし、持って来ちまったって言うんなら突き返すのは却って失礼ってもんだ。ありがたく戴きやしょう。

 で、その荷馬車は何処いずこに?」


「『とらノ門』の前に待たせてあります。」


 《陶片》を取り囲む柵の内側は一部の特権階級の馬車を除き、基本的に進入禁止になっている。郷士ドゥーチェの馬車ならば対象外なので入ろうと思えば入れるのだが、父のヘルマンニは郷士でもサムエル自身は郷士ではないので遠慮したのだった。



「そんな水臭ぇ遠慮なんぞせんでも若大将サムエルの馬車なら通したでしょうに。


 おう!誰か何人か連れて受け入れに行って来な!!

 

 ささ、こんなトコじゃ何だ、中へお入りなせえ」


 リクハルドは手下にお礼の品の受け取りに行くよう命じるとサムエルを屋敷へ招き入れた。

 通されたのはレーマ様式で建てられた公務用区画の面談室のような部屋で、トラバーチンの床に白塗りの壁はありきたりな造りだが、一般にタールで黒く塗られる天井や梁などは明るい木の色そのままだ。窓が開かれているので内部は明るい。

 壁際には背の低いキャビネットがいくつか並び、その上にはゴチャゴチャと様々な調度品が乱雑に置かれている。壁にはレーマ軍、チューア軍、南蛮軍の武器や防具が飾られていた。


 その部屋の真ん中に三本足の円卓メンサと背もたれ付きの木の椅子があり、リクハルドとサムエルはそこに腰かけた。

 それとほぼ同時に使用人が茶器一式が乗ったカートを押して入室し、二人分の香茶をれるとリクハルドの退室を促すハンドサインを受けてお辞儀をして出て行った。


 サムエルはブッカとしては大柄な方だが、コボルトそのものと言って良いリクハルドに比べるとまるで子供だ。立った状態で二十インチ(約五十一センチ)近い身長差があり、今こうして椅子に腰かけていてさえ頭一つ分以上はリクハルドの方が背が高い。しかも筋肉ががっしり付いていて体重は倍以上違う。

 たとえリクハルド自身にその気はなくとも、正面から向かい合ったサムエルが受ける威圧感は半端ではなかった。



「改めてリクハルド卿には、海軍基地城下町の住民たちと我が配下を保護していただいたことに感謝申し上げます。」


「御丁寧に痛み入る。

 住民たちや海軍将兵を御助けしたのは郷士としての務めを果たしたまでの事、大したことではございませぬ。

 どうぞお気になさいませぬよう。」


 サムエルが意を決するように改めて礼を言うと、リクハルドは普段とは打って変わって丁寧な態度で応じた。思わずサムエルが驚いているとリクハルドはその様子を気にする風でも無く、また態度を普段の砕けたものに戻して続ける。


「しかし、今日の若大将サムエル御父上ヘルマンニ名代みょうだいですかな?

 お若いのに中々御苦労な事ですなぁ。」


「え、あ、ああ・・・いや、父ヘルマンニはリクハルド卿と同じ郷士ではありますが、同時に艦隊提督プラエフェクトゥス・クラッシスでもあります。

 そちらの関係で忙しくしておりまして、今日もマニウス要塞まで出向かねばならぬそうで、こちらへのお礼が遅くなってしまい申し訳なく思っております。

 本日か明日になるかはわかりませんが、マニウス要塞での用が済めばその帰途にでもこちらへお礼に参るでしょう。」


 一瞬、呆気に捕らわれかけたサムエルは何とか表面上は平静を保って答えた。それを見て一瞬ニヤッと笑ったリクハルドだったが、その後は特に悪戯を仕掛けるような事もなく、型通りの挨拶を済ませた。その後はサムエルの求めに応じてリクハルドヘイムと海軍基地城下町被害状況の説明を行う。

 二人は半時間ほども話したところでサムエルはではそろそろおいとまします、お忙しい所ありがとうございましたなどと挨拶し、二人は会談を終えた。


 せっかくだから、昼飯でも食べていきませんかというリクハルドの申し出に対し、配下の様子を見ていきたいのでお気持ちだけいただきますと丁寧に断りを入れると、サムエルはリクハルドの見送りを受けながらリクハルド邸の表まで出てきた。

 そこから改めて互いに礼を言い合い、サムエルは水兵たちが収容され現在の活動拠点にしている屯所とんしょへと向かう。

 《陶片》内の道は狭く入り組んでいて迷いやすいのだが、リクハルドが手下の一人を道案内に付けてくれたのでサムエルは迷うことなくたどり着く事が出来た。



若大将サムエル!」


 屯所に残っていた水兵たちが名乗り奴隷によってサムエルの来訪を知り、そのうち動ける者たちがわらわらと玄関へ現れ出迎えた。


「おお、お前たちは無事か!?」


「おかげさんで!

 しかし、申し訳ありやせん、他の者どもは今海軍基地カストルム・ナヴァリアへ言っておりやして、事前にお知らせいただけりゃあコッチに待たせておきやしたものを。」


「いや、作業の方が大事だ。

 今日はこちらの状況を確認しに来ただけだ。」


「どうぞこちらへ」


 屯所に残っていた最上位者に案内されて客間に入ると、サムエルはそれから再び半時間ほどかけて状況の説明を受けた。

 それによると、当日海軍基地内にいた水兵は当直全員を含む四十二人の死亡が確認されてたいた。城下町で発見された水兵の死体は三十二人で、《陶片》に収容後に死亡した負傷兵も含めると三十七人に及んでいる。

 それに対し、基地敷地内で発見されたゴブリン兵の死体は十九体ほどだ。基地の外ではそれよりもずっと多くのゴブリン兵の死体が見つかっているそうだが、集計結果は知らされていない。


 負傷した水兵のうち働ける軽症者はほぼ全員が海軍基地の後片付けか、この屯所で負傷者の手当て等をやっており、搬送可能な重傷者はセーヘイムへ移送済みだ。搬送困難と見做みなされた重傷者は八人ほどいたが、ポーションの配布があったため死亡する恐れはもうほぼ無いという。ただこのうち五名は軍務を含め船上で働くのはもう出来ないであろう後遺症ないし障害が残る事が確実視されていた。


「それじゃあ、少なくとも死体の収容については、海軍基地内も終わるんだな?」


「瓦礫の下から新たに出て来る可能性が無いわけじゃありやせんが、残ってるのは普段人がいねえ倉庫や工房とかだけなんで、昨日の時点で見つかった死体で全部だろうと思われやす。」


「ゾンビ化する前に終わって良かったよ。」


 犠牲者数の多さに沈痛な面持ちのサムエルだったが、死体処理の目途が立ったことについて安堵したようでホッと息をつく様に言った。

 すると、サムエルに説明していた部下が何か思い出したように薄笑いを浮かべた。


「そうそう、ゾンビと言やあ、昨日こんなことがあったんすよ。」

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