第1184話 二人の新たな心配事(2)

統一歴九十九年五月十日、夜 ‐ グナエウス砦ブルグス・グナエイ/アルビオンニウム



「どうした、やっぱりルクレティア御姫様が恋しいのか?」


 混酒機クラーテールの中で既に水で薄められた蒸留酒をカップに注ぎながらナイスがメークミーを揶揄からかうと、メークミーはうんざりしたように首を振った。


「そのネタはいい加減にしてくれナイス。」


「悪かった。そう気を悪くするな。」


 ナイスは夕食の時とは違って素直に詫び、蒸留酒で満たしたカップをメークミーの方へ差し出す。メークミーはそれを受け取りながら、目を細めた。喜んでいるわけではない。本当に酒を飲んで良いのか、このまま酔ってしまっていいのかという躊躇とまどいがあったからだ。


「本当にペイトウィンホエールキング様が捕まったのか?」


 今度は自分のカップに蒸留酒を注ぎながらナイスが目を細めた。もちろん喜んでいるわけではなく、夕食の時からメークミーが同じ質問を繰り返すことにうんざりしていたからだ。


「間違いないと俺は思ってる。」


 メークミーはハァ~と深いため息を付いた。まだ受け取った酒に口はつけていないが、カップをそのままテーブルにタンッと音を立てておく。


「どうする? いや、どうしたらいい?」


 メークミーのこぼした疑問は今の二人の最大の疑問だ。

 二人は『勇者団』ブレーブスの一員としてレーマ軍と戦い、そして敗れて捕虜になった。二人とも捕まった際に意識は無く、気が付けば装備を奪われた後だった。聖貴族にとって父祖であるゲーマーから引き継いだ聖遺物アイテムはこの世で最も貴重な宝……二人ともそれを奪われたからこそ、脱走を試みることなく大人しく捕虜という待遇に甘んじている。が、ナイスの予想が正しければそこへ新たにペイトウィンが加わろうとしていた。


「問題なのはペイトウィンホエールキング様の御意ぎょいだ。」


 ナイスもメークミーもヒトだ。対するペイトウィンはハーフエルフ。同じゲーマーの血を引く聖貴族ではあるが、ヒエラルキーはペイトウィンの方が圧倒的に高い。ただでさえ魔力が高いハーフエルフであるということもあるが、ペイトウィンはゲーマーの子であるのに対し、ナイスとメークミーは孫……種のみならず世代も違う。社会的立場という面でも実力の面でも、二人はペイトウィンには逆らえない。


 そのペイトウィンがもしも二人に反抗や脱走を命じたらどうしたらよいだろうか?


 それは二人にとって非常に困った問題だった。

 二人はペイトウィンに逆らうことなど出来ないし、かといってペイトウィンに従ってレーマ軍に反抗したり脱走したりすれば、奪われた装備を永久に失うことになるかもしれない。カエソーは二人の装備をムセイオンに送り返すと言っているが、ナイスとメークミーの二人が先に約束を破ってもカエソーが約束を守ってくれるとは限らない。そもそも、カエソーの報告次第ではムセイオンが送り届けられた聖遺物を元の持ち主であるナイスとメークミーに返さない決定を下すかもしれないのだ。つまりペイトウィンに従うということは彼らが己が命にも等しい価値を見出している聖遺物を永久に放棄することを覚悟しなければならないということでもある。

 もちろん、二人は父祖から受け継いだ装備品を犠牲にしてまでハーフエルフの命令に従うつもりはない。ハーフエルフだって彼らと同じゲーマーの子孫……父祖であるゲーマーから引き継いだ大切な聖遺物がかかっているからと訴えれば無下には出来ないだろう。が、問題はそのハーフエルフがペイトウィンであるからだった。


 ペイトウィンは世界で最大の聖遺物所有者だ。彼の父親は『勝つために課金しろペイ・トゥ・ウィン』を恥ずかしげもなくモットーにし、実際数多くの聖遺物を保有したことで知られている。そしてその父親から膨大な聖遺物を受け継いだペイトウィンもまた、他の聖貴族たちが持っている聖遺物も複数所有していたりするのだ。実際、ナイスはペイトウィンが自分の愛弓『アイジェク・ドージ』と同じ物を所有しているのを知っている。一度だけペイトウィンが自慢げに見せてくれたことがあったのだ。噂ではペイトウィンは『アイジェク・ドージ』を複数所有しているらしい。

 つまり、ペイトウィンはもしかしたらナイスとメークミーが奪われた装備品と全く同じ物を二人に与えてくれる可能性がある存在でもあったのだ。もし、ペイトウィンが自分が所有する聖遺物を分けてやるからと言ってきたら……断りきるのは難しくなるかもしれない。


ナイスお前はどうするんだ?

 本当にペイトウィンホエールキング様が替わりを寄こすと言ってきたら……その話を受けるのか?」


「どうかな……」


 ナイスはカップに注いだ蒸留酒を一口飲んで続けた。


ペイトウィンホエールキング様が『アイジェク・ドージ』をくれると言っても、それは俺の『アイジェク・ドージ』じゃない。

 いや、《レアル》の魔導具マジック・アイテムだ。

 多分、同じ物なら区別がつかないくらい瓜二つなんだろう。

 ただ、それでも……」


「分かるよ。

 さすが《レアル》さ、寸分たがわぬ物をいくつも作る技術があるらしい。

 俺の剣だって、父上や叔父上たちが持ってらっしゃる物と全く同じなんだ。 

 父上や叔父上の剣を入れ替えたって、多分誰も気が付かないだろう。」


「じゃあどうする?

 お前なら、ペイトウィンホエールキング様がお前の剣と同じ物をやるから一緒に戦えっておっしゃったら、従うか?」


 メークミーは無言のままカップを覗き込み、しばし考えた後で酒をグイッと飲みこんだ。


「いや……俺の剣はただの聖遺物じゃない。

 ペイトウィンホエールキング様からすれば、只の無銘のミスリル・ソードかもしれないが、あれは母上が俺のために父上に強請ねだってくださったものなんだ。

 俺にとって、母上の大切な形見なんだ。」


 そう言うと前屈みになっていた身体を起こし、背もたれに背を預けながら天井を見上げて続ける。


「俺は、たとえ見分けがつかないくらい全く同じ剣を出されても、それを母上の剣と一緒にしたくはない。」


 ナイスはメークミーを立ったまま見つめ、そして二口目の蒸留酒を胃へ流し込むと今度はカップへ視線を落とした。


「俺もだ。

 もしかしたら《レアル》には『アイジェク・ドージ』が何百何千とあるのかもしれない。軍隊の兵隊が持ってる剣みたいに、それこそありふれたものなのかもな。

 でも、俺の『アイジェク・ドージ』は一つだけなんだ。」

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