第580話 捧げもの
統一歴九十九年五月七日、深夜 - ブルグトアドルフの森/アルビオンニウム
「この森を
どうか出てきてほしい!!」
『
『勇者団』メンバーとクレーエは皆で息を殺し、気配を消して周囲の様子を伺い続ける。吐く息の白さが無ければ、この場に生きている人間がいるとは誰も気づけないかもしれない。
ひょっとして居ないのか?…いや、居るはずだ。
気配は確かにしている。精霊の気配だ。かなり強い魔力の持ち主…
あの《
居ると思って呼びかけたのに反応がない。もしも本当に居ないのだとしたら、今彼らが感じている森を満たす魔力の気配は、ドライアドの残り香のようなものということになる。
たしかに、魔力の強い存在はその場からいなくなっても残り香のような魔力の痕跡を残すことはある。彼らの育ての親である大聖母フローリア・ロリコンベイト・ミルフもその場を立ち去ってからしばらくは残り香のように魔力が残るため、ティフも経験的にそのことを知っていた。
だが、残り香は所詮はただの残留物である。本人がその場にいる時に放っている魔力に比べればずっと小さく、立ち去って直ぐの最も強く魔力が残留している時でさえ、当人がその場にいる時の十分の一に満たないだろう。そのうえ、その残留魔力は時間と共に急速に薄れて消えてく。
だというのにこの場でティフが感じている魔力は《地の精霊》やアルビオーネと直接対峙している時に感じていた魔力よりずっと濃厚だった。もしも今感じている魔力が残留魔力だとしたら、ドライアドはアルビオーネの十倍以上の魔力を誇っていることになってしまう。
その想像にティフは思わずゴクリと喉を鳴らして
もしもこの場に居ないのにこれだけの気配が残っているとしたら、とんでもない化け物だ。ひょっとして、アルビオーネが言っていた妾が忠節を捧げる御方ってこの森のドライアドのことだったのか?
アルビオーネは文字通り海峡を
だが、あんな強力な存在がそうホイホイと居るわけがない。ここ数日は《地の精霊》、アルビオーネ、そしてここの《
にもかかわらずポンポンと強力な精霊が登場している…その精霊たちが何らかの繋がりを持っていると考えてしまうのはごく自然な発想だろう。そして、アルビオーネが忠節を捧げる相手は当然、アルビオーネよりも力の強い存在の筈だ。であるならば、アルビオーネよりも強力な魔力を感じさせるここのドライアドこそ、その御方そのものなのではないか?
だとすれば、俺たちは知らずにその膝元を荒し、怒らせてしまったということなんだろうか?それで俺たちが海峡を渡って逃げられないよう、アルビオーネに命じたのか?
もしそうなら、あのアルビオーネほどの強大な精霊がティフたち『勇者団』の邪魔をした理由も説明が付く。アルビオーネ、そして《地の精霊》…あれだけの強大な精霊を動かすほどの存在…そんなものを敵に回したままでは、これから降臨を起こす際にどんな障害になるかわかったものではない。
もしも何か誤解があるなら誤解を解き、何かしでかしていたのなら素直に謝って許してもらって…とにかく下手に、下手に出て、機嫌を損ねないようにしなければ…
「こっ、この森を司る精霊様、《
どうかお出ましください!!」
「「「「!?」」」」
最初、堂々としていたティフの態度、言葉遣いに微妙な変化にスモル・ソイボーイその他『勇者団』たちは気づいていた。ティフの声色は、どこか
だがそれでも、森からは何の反応も無かった。
「な、なあティフ…ホントは居ないんじゃないか?」
ビンビンに魔力を感じるにも拘わらず、四度も呼びかけて反応がないところを見ると、本当に居ないか無視されているとしか思えない。だが、無視されているとは彼らの心情的に認めたくも無かった。というより、無視する理由が見当たらない。
ドライアドはナイス・ジェークとエイー・ルメオを襲っており、ここにはエイーもいればエイーより強力なハーフエルフが二人も居るのだ。目的があって襲っていたのは違いないのだろうし、エイーが報告した通りの実力を持つドライアドが『勇者団』を恐れるわけもない…だとすれば、この場に居ないのではないかと考えざるを得ない。
スモルのボヤくような疑問にエイー・ルメオは慌てて
「う、ウソだっていうんですか!?」
「そうじゃなくて、留守じゃないかってことさ。」
スモルは予想外の方向から予想外の反応が返ってきた事で少しばかり機嫌を悪くし、面倒くさそうに弁解した。そしてスモルの不用意な発言で場の空気が荒れそうなのを察したスタフ・ヌーブとスワッグ・リーが相次いで声を上げ、場を取り
「もしかしたら、何か儀式めいたものが必要なのかもしれません。」
「
生贄…スワッグはその一言をわざとラテン語で言った。
ティフ以外のメンバーの視線がクレーエに向けられ、クレーエはギクリとした。
「
じょじょ、じょっ、冗談はよしてくださいよこんな時に!
俺なんか生贄に捧げたって、精霊様がお喜びになるわけが…」
焦りながら半笑いを浮かべるクレーエからスタフとスワッグとエイーは視線を逸らせたが、スモルはジッと見たままだった。
「…マ、マジですか?」
クレーエの背筋に冷たいものが伝う…ゴクリと喉を鳴らして唾を飲み込んだクレーエが一か
「お前らその辺にしとけ!」
ティフに言われてスモルがフンッと小さく鼻を鳴らしてそっぽを向く。クレーエが『勇者団』を見回すと、エイーやスタフはそうでもなかったが、スワッグは口角をわずかに持ち上げて薄笑いを浮かべているように見えた。
「
安心したような声色でそう言いながら、それでも身体と目だけは緊張を保ったままクレーエは『勇者団』の様子を警戒し続ける。
クソ、冗談じゃねぇ…コイツらさっき絶対マジだった…
油断してたら殺されちまうぜ…
「だが、生贄か…」
ティフがボソッとこぼした一言にクレーエは再びギクリとして身構える。すかさずスワッグがチラリと横目でクレーエの方を見ながらティフに問いかけた。
「やっぱ、用意しますかブルーボール様?」
おいおい?
「いや、生贄じゃない…だが、捧げものは試してみる価値があるな…」
ティフにそう言われるとスワッグは少し残念そうに視線を再び周囲に向けた。
「何かあるのか、ティフ・ブルーボール?」
「ああ…向こうが受け取ってくれるとは思えんが…」
スゥーッと息を吸い込むと、ティフは再び森へ向かって呼びかける。
「この森を司る精霊様、《
どうかお出ましください!!」
ダメ元での呼びかけだった。昼間、ペイトウィン・ホエールキングが魔力を捧げるから力を貸すようアルビオーネに頼んでも応じてはくれなかった。アルビオーネほどの強大な精霊にとって、実際ハーフエルフ一人が捧げられる魔力などたかが知れているのだろう。ならば、アルビオーネ以上の魔力を持っていると思われるドライアドが応じてくれるとは思えない。だが、彼らには他に捧げることのできる精霊が喜びそうなものを持っていなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます