第581話 引き渡し交渉

統一歴九十九年五月七日、深夜 - ブルグトアドルフの森/アルビオンニウム



 『勇者団ブレーブス』のリーダー、ティフ・ブルーボールが《森の精霊ドライアド》に対し魔力を捧げると申し出ると、彼ら自身は風など全く感じなかったが、彼らを中心に遠巻きに渦を巻くように風がサァーッと流れ、森全体がざわめくように鳴った。


 !……反応した?


「こ、こいつぁ…」

「やっぱり、居たのか?!」

「いいのかよティフ、魔力を捧げるなんて言っちまって?」

「だから言ったでしょ!?ウソじゃないって・・・」


 周囲に注意を払いながらも、只ならぬ気配に一同は無意識に身を寄せるように後ずさった。


 ヤバいぜ…また、暗くなりはじめてるぜ…


 クレーエは上を見上げ、頭上の枝葉の隙間から覗いていた星々が次第に少しずつ消えていくのに気づいて脱出して来たばかりの結界を思い出し、ゴクリと唾を飲みこんだ。そして、無意識でエイー・ルメオの方へり足でジリジリと近づいて行く。


「《森の精霊》様っ!!どうか…『聞こえてるわよ!』」


 ティフが再び呼びかけようとしたその時、彼らの頭の中に若い…いや、幼いと言った方が良いかもしれない…女の子の声が響いき、一同がピクリと反応する。呼びかけに応じてもらえたことにティフは安堵の笑みを浮かべ、それ以外の者たちは緊張の度合いを高めていた。中でも、初めて精霊から直接話しかけられたスワッグ・リーは驚きの度合いが大きく、目を大きく開けて周囲をキョロキョロとみわたしはじめる。


『それで、話って何なのかしら?

 あなたたち誰?』


 みんなが辺りを見渡すが声の主の姿は見えない。どうやら姿を見せてはくれないようだ。スモル・ソイボーイ、スタフ・ヌーブ、そしてスワッグの三人はエイーを守るように周囲に間断なく注意を向けながら身構え、クレーエは自分も守ってもらおうとその三人がつくる輪の中にササッと入って手に持っている銃の状態を確認した。


「ま、まずは呼びかけにお答えくださり、ありがとうございます《森の精霊ドライアド》様。

 ボ、ボクは『勇者団ブレーブス』のリーダーでティフ・ブルーボールと申します。」


 姿を見せない相手に、緊張で喉を詰まらせながらもティフは礼を言い、そして続ける。


「その、さっ、さきほど…ボクらの仲間が、こちらで《木の精霊トレント》たちに襲われたと伺いました。」


『あら、アナタたちあの変な弓使う人の仲間だったの?

 そういえば、普通の人間よりちょっと魔力が強いみたいね…それで?』


 ビンゴだ!やっぱり、ナイスとエイーを襲ったトレントはこのドライアドの眷属けんぞくだったんだ!


「そそ、それっ、それでっ…あの、ボクらの方で、ごっ、御迷惑をおかけしたのかもしれません。もしそうなら、謝ります。どうか、許してください。」


 スモルはティフの思わぬ態度に目を丸くして振り返る。


 おいおい、何で“敵”に謝ってんだ?

 下手に出るにしてもそれはねぇよ!弱腰すぎるだろ!

 向こうから襲って来たんだぞ!?

 何で謝ってんだよ?!


 スタフやスワッグも、そしてエイーもティフのこの言い様は予想外だったらしく、スモルと同様に我が目我が耳を疑うようにティフの背中に視線を向けた。何の疑問も抱かなかったのはティフ本人とクレーエだけである。ティフは背中に刺さる四人の視線には全く気付くこともなく、ドライアドとの話し合いに集中し続けた。

 

『ふーん…いいわ、謝るというのなら許してあげなくも無いわ。

 確かにあの人は随分失礼な事いっぱい言ってくれちゃったし、《木の精霊トレント》たちにも意地悪してくれちゃったけど、終わってみれば結局大したことなかったし…もう悪さなんかしないことね。』


 《森の精霊ドライアド》はどこか呆れたような、そしてどこか気落ちしたような声色でそう言った。ちょうど今、午後のお茶を一杯飲み終えたばかりよとでも言うかのように…

 だが、ドライアドの「終わってみれば結局大したことなかった」という文言にスモルたちは動揺する。


 終わった?「終わってみれば」って言ったか?

 しかも「大したことなかった」だって!?

 てことは、ナイス・ジェークとの戦闘はもう終わったってことなのか!?

 ナイスはいったいどうなった!?


 スモルとエイーは特に焦燥感しょうそうかんつのらせ、盛んに辺りを見回してドライアドの姿を探し続ける。ティフは背後でメンバーたちがのっぴきならない状態になっているのにも気づかず、許してもらえたことに安堵し、笑みさえ浮かべていた。


「あ、ありがとうございます!

 

 あ、あの…それで、その、そのっ…ナイスを、ボクらの仲間を、できればお返し願いたいのです。

 彼は、今どうなっていますか!?」


 そうだ、ナイスの身柄を渡してもらうことが一番大事だ。メンバーたちはティフがそれを忘れてなかったことに、ナイスの身柄を要求してもらえたことに小さく安堵し、わずかにだが落ち着きを取り戻す。


『あ~、あの弓使い?

 せっかく来てもらったのに残念だけど、もう居ないわ』


 その一言にはティフも他のメンバーも色めき立った。先ほどまで浮かべていた笑みを消し、顔色を失ったティフがどこにいるともわからぬ相手に問いかける。


「居ない!?

 まさか、殺したんですか!?」


『殺さないわよっ!』


 咄嗟に口をついて出たティフの言葉にドライアドは同じような勢いで反発した。


『怪我もさせてないわ…逃げ回ってる時に勝手に転んだりして怪我してたみたいだから治癒だってしてあげたんだから…

 失礼しちゃうわね。』


「うっ…」


 姿が見えないのでドライアドの感情は声色からしか伺えないが、どうやら心外な事を言われて機嫌を損ねたらしい。ティフは軽率な発言を反省し、一度静かに深呼吸をして気持ちを整える。


「し、失言でした、《森の精霊ドライアド》様。どうかお許しください。

 それでは、ナイスは…その男はどうなったのでしょうか?

 居ないと言う事は、森から出て行ったのでしょうか?」


 自分の胸元を掴み、はやる気持ちを抑えつつ問いかけた。今はドライアドと敵対してはならない。機嫌を損ねないよう、ナイスを返してもらわなければならないのだ。


『出て行ったというか、捕まえて献上したわ。』


「「「「!?」」」」

「献上!?」


 思わぬ言葉に『勇者団ブレーブス』が全員、あからさまに動揺する。

 ナイスが捕まり、誰かにされた…それは彼らにとって全く予想だにしない出来事だった。特にティフにとっては二重の意味で驚きだった。一つは他のメンバーと同様でナイスほどの猛者もさが捕まってしまい、あまつさえ誰かに譲渡されてしまった事に対する驚き、もう一つはこれだけ強力な魔力を有する《森の精霊ドライアド》が何かを献上するような強大な何かが別に存在するということである。

 この森に入ってから彼らが感じていたドライアドの魔力はティフが昼間会ったアルビオーネのそれよりも強力なものだ。アルビオーネの魔力はあの《地の精霊アース・エレメンタル》のよりも強力で、それでいてアルビオーネにはなる者がいることが分かっている。力関係から言ってアルビオーネが忠節を捧げている相手はてっきりここの《森の精霊》かと思ったのだが、それよりも更に強力な誰かが居るということなのか…


『そうよ?

 だって捕まえたからって殺すわけにもいかないじゃない?

 殺しちゃえば簡単だったんだけど、殺したり傷つけたりするなって…言われてたし?』


「『言われてた』!?」


 アルビオーネも殺すな傷つけるなと言われてたと言っていた…

 ということは、このドライアドとアルビオーネは同じ者に仕えているのか?


『うん、理由は分からないけど、都合が悪いって言ってたわ。

 ホントは捕まえなくても良いって言われてたんだけど…』


「ま、ま、待ってください!

 一体どなたにそんなことを言われたのですか?

 あと、ナイスをどなたに献上されたのですか?!」


 ティフは想定していたことが全部足元から崩されていくような目眩めまいにも似た感覚に襲われ、混乱する。頭を抱え、口角を引きつらせたティフの頭の中にドライアドの「今更?」とでも言う風に呆れかえった声が響いた。


『あら、《地の精霊》様よ』

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