第579話 呼びかけ

統一歴九十九年五月七日、深夜 - ブルグトアドルフの森/アルビオンニウム



「何だって!

 戦わないつもりか!?」


 ティフ・ブルーボールの「話し合いでなんとかなる」という言葉があまりにも意外だったのか、スモル・ソイボーイは頓狂とんきょうな声をあげて驚いた。


「ああ、戦わない。

 ここの《森の精霊ドライアド》は戦って勝てる相手じゃない。」


 ティフのいつになく気弱な発言にスモル以外のメンバーたちも動揺し始める。スタフ・ヌーブやスワッグ・リーはまだティフやスモル、そして他のメンバーたちを無言のまま見比べて事態を把握しようとしているだけだったが、ナイス・ジェークに身を挺して逃がしてもらえたエイー・ルメオは慌ててティフに言い寄りはじめる。


「ブルーボール様!

 まさかナイスを見捨てるんですか?!」


「そうじゃない!」


 ティフは手をかざしてエイーを制止した。


「もちろん助け出す。

 だが、戦いを避けられるなら避ける。

 強大な精霊エレメンタルを、片っ端から敵に回してたらやっていけなくなる。」


「お、おいおい、ティフ!

 一体どうしちまったんだ?

 まだ、手合わせすらしてない相手だぞ?」


 ティフの言葉が信じられず、スモルは悪い冗談でも聞いたかのようにおどけた様子を装いながらも、明らかに不満をにじませて言った。いや、その声の震えからは怒りすら感じとれる。


「手合わせしなくても、エイーの報告や今ここで感じる気配でわかるだろ?

 相手は今まで会った中で一番強力な精霊だ。

 今の俺たちの戦力で戦って敵う相手じゃない。

 敵に回さずに済むなら、それに越したことはない。」


「待ってくださいブルーボール様!

 “敵”は俺たちを襲って来たんですよ!?

 俺もナイスもトレントの群れに追いかけ回されたんです!」

「そうだ!

 ここのドライアドは既に俺たちの“敵”だ!!」


 エイーがティフに抗弁すると、スモルもかさかってつめよってくる。スタフとスワッグはどうしたらいいかわからず、二人とも目を丸くしたまま様子を見守っていた。クレーエは冷や汗を流しながらもティフに期待しつつ、とばっちりが来ないように息を殺して様子を注視する。


「まあ待て!決めつけるのは早計だ。」


「何が早計なんだ?!

 攻撃してきた以上、“敵”で間違いないだろ!?」

「そうです!

 こうしてる間にも、ナイスの奴は危ない目にあってるんですよ!?」


 食って掛かって来る二人にティフは両手をかざしてなだめた。


「落ち着け!そして思い出せスモル・ソイボーイ!!」


「何をだよ!?」


「さっきの、《地の精霊アース・エレメンタル》との一戦をだ!

 《地の精霊》は俺たちを襲ったが、俺たちを殺そうとか捕まえようとかはしなかっただろ!?」


「捕まったじゃないか!」


 思い出したくないことを思い出させられ、スモルは思わず激昂する。


「え、《地の精霊》と戦って捕まったんですか!?」


「うるさい!」


「うっ…」


 初めて聞かされた事実にスワッグが声を上げると、スモルは怒鳴って黙らせた。


「捕まえたがそのまま連れ去ったりはしなかった。

 あの時、《地の精霊》は言ってただろ?

 俺たちが暴れないように抑えてくれと言われているって…

 俺たちを殺すな、傷つけるなと言われてるって…」


「ぐっ、んっ…」


「ど、どういうことですか?」


 スモルは興奮で顔を真っ赤にしたままティフを睨みつけるが言葉が何も出てこない。何か言ってやりたいことはあるが、あらゆる言葉がいっぺんに出てきて喉のあたりで交通渋滞を起こして何も言えないという感じだ。そんなスモルに代わってエイーが尋ねる。


「事情はわからない。

 だが、向こうは俺たちを捕まえるつもりはなかった。

 殺すつもりも傷つけるつもりも無かった。

 実際、俺たちは無傷のままだ。」


「お、俺はダメージ負ったぞ!?」


「そりゃお前が『荊の桎梏』ソーン・バインドかけられたまま暴れたからだろ?

 攻撃するつもりならあのまま攻撃できた。動けない俺たちをゴーレムに襲わせることだってできたはずだ。

 だが、しなかった。

 ただ、俺たちが騒ぎを起こさないよう、ただ抑えつけておくのが目的だった…」


「…ドライアドも一緒だってことですか?」


「まだわからん。そうかもしれない…だから話してみる。

 話がつけば、戦わなくてもナイスを助け出せるかもしれない。」


 スモルの方はまだ興奮したままだがエイーの方はティフの言っていることをどうやら理解したようだった。特に納得したという様子でもないが、グッと何かを飲み込んで前のめりになっていた姿勢を戻す。


「仮に戦って助けなきゃいけないにしても、今日じゃない。

 戦うとしたら一度帰って、みんなで戦力を整えてからだ…

 今日は、ドライアドに話をしてみる…いいな?」


 ティフはエイーの様子に安心しつつ、そう言って全員を見回した。スモルは相変わらず憤懣ふんまんやるかたないといった様子だが、スタフとスワッグは互いに顔を見合わせながら緊張を解き、納得した様子だった。エイーも俯き、黙り込んでいたがコクンと頷き、同意を示した。ティフは特に見ていなかったが、クレーエはへへッと引きつり笑いを浮かべ、内心ではホッと胸をなでおろしている。

 ティフの説得に全員が納得してしまった以上、もう言っても仕方がないと理解したのだろう。スモルも挑みかからんばかりだった身体から力を抜く。


「で、話し合うっていったいどうする気だよ!?

 俺たち神官じゃねぇぞ。」


 みんながそういう方針ならここでこれ以上わがまま言ってもしょうがない…スモルはそう自分に言い聞かせて我慢しているだけであり、ティフの言った事に納得したわけじゃない。当然、スモルの言葉にはその不満が滲んでいた。

 しかし、神官でもない彼らには精霊に呼びかけるような儀式のやり方などわからないのも事実である。それでもティフは、その点は心配していなかった。


「そうだが、多分今も俺たちを見てるんじゃないか?

 お前らだって、そんな気はしてるんだろ?」


 全員が納得してくれたことで心の準備にひと段落ついたティフは、改めて森を見回しながら言った。

 相変わらず森の中はダンジョンの奥にでも入った時のように魔力に満ちており、どこからともなく視線を感じる。ティフが言ったように、精霊が彼らを監視しているのだろう…メンバーの全員がそう感じていた。


「じゃあ、こっちから話しかければ勝手に向こうが反応するってのか?」


「さあな…でも、ひとまずそうするしかないだろう。

 でも、お前らも気を付けろよ?

 話が通じなきゃ逃げるしかないんだ。

 相手は強大だ。向こうが本気になったら、こっちも本気で逃げないと生き残れないぞ?」


 ティフがそう言うと、なんだ戦わないのか…と一度は緊張を解いてしまったメンバーが改めて気を引き締め、周囲に視線を走らせる。


 え、マジかよ?


 『勇者団ブレーブス』はクレーエに聞かせるつもりで話す会話以外はすべて英語で話していた。ティフが「安心しろ、戦いを避ける」と宣言したところまではラテン語だったが、それにスモルが反発して以降はずっと英語で話していたのでクレーエには会話の内容自体はわからない。だが、雰囲気からどうやら『勇者団』が戦闘準備を整えたらしいことに気付いたクレーエは遅ればせながら銃を握りなおし、火蓋フリンジを開けて火皿パン火薬パウダーを注ぎ込む。


 ティフはスゥーッと大きく息を吸い込み、深呼吸すると森に向かって声を上げた。


「この森をつかさどる精霊、ドライアドに話があるっ!

 どうか出てきてほしい!!」

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