第448話 ダイアウルフ銃撃事件報告
統一歴九十九年五月四日、昼 -
エルネスティーネ・フォン・アルビオンニア侯爵夫人とその家臣団およびルキウス・アヴァロニウス・アルトリウシウス子爵の代理を務めるアルトリウス・アヴァロニウス・アルトリウシウス子爵公子を迎えたマニウス要塞司令部の会議室において、同日午前中にセヴェリ川でのダイアウルフに対する射撃について報告がなされた。
「それで、ダイアウルフを仕留めることは出来たのですか?」
報告者であり作戦の責任者でもある
「残念ながらダイアウルフの死体を見つけることはできませんでした。」
ゴティクスがそう言うとあちらこちらから気落ちしたような声が漏れる。身を乗り出していたエルネスティーネの肩からも力が抜けていくのが見えた。
議事進行役を務めている
「ですが、まったく効果が無かったわけではありません。
調査に派遣された
「つまり、ダイアウルフに鉄砲傷を負わせることができたということですか?」
エルネスティーネは気を持ち直し、無意識に脱力させてしまっていた姿勢を整える。
仮に、殺害には至らなくても重傷を負わせることに成功したのなら、アルトリウシア平野に徘徊しているであろうダイアウルフはアイゼンファウストから遠ざかるに違いない。それはアイゼンファウスト住民にとって朗報となるはずだ。
しかし、ゴティクスは首を縦には振らなかった。代わりに背後にいた従兵に合図をする。すると、合図を見た従兵は黙ったまま頷き、一つの木箱を抱えてゴティクスの元へ持ってきた。
「派遣した軽装歩兵は血痕と共に、コレらが落ちているを発見し、回収しましたた。」
首を伸ばして様子を見守る出席者たちに、ゴティクスは木箱から毛皮の塊のようなものを取り出した。
「それは?」
「これは
おお~~~・・・
泥水で汚れた革の帽子を
ハン支援軍のイェルナクはダイアウルフが逃げ出し、それがアルトリウシア平野に居て遠吠えをしていると説明していたが、それは嘘だったと言うことになる。
ゴティクスの説明は続いた。革の帽子を置くと、今度は木切れのようなモノを木箱から取り出し、全員に良く見えるように翳してみせる。
「そして、これは葦の茎ですが…ココ、ココを見てください。
ココに歯型があります。この歯形は、ダイアウルフのモノではありません。
人間の…おそらくゴブリンものです。」
「つまり、ゴブリンが葦を噛んだということですか?」
革の帽子は分かる。ハン騎兵が底に居たと言う証拠だ。だが、葦の茎に人間の歯形が付いていたからといって、それがどういう意味を持つのかエルネスティーネや家臣団にはわからない。
「これは血痕が特におびただしく残っている場所の近くで見つかりました。
おそらく、治療をする際に負傷者が声を上げたり、あるいは舌を噛んでしまったりしないように噛ませていた物です。
他にも…ほら、ポーション瓶が見つかっております。」
ゴティクスは葦の茎を置くと、最後に木箱から真鍮製の小瓶を取り出して翳した。それはレーマ軍でポーションを携行するために使われている容器であり、ハン支援軍にも支給されている物だった。
「ということは、ダイアウルフを狙って撃った弾は、ゴブリン騎兵に当たったということですか?」
エルネスティーネの慎重な問いかけに対し、ゴティクスは今度は首肯する。
「その可能性は高いでしょう。
ここ数日、アルトリウシア平野で遠吠えを繰り返し、そして今日姿を現したダイアウルフは、ハン支援軍が意図的に連れてきて放ったものであると推察されます。」
「ルキ…ああ、失礼。」
エルネスティーネは助言を求めようと隣に話しかけ、そしてルキウスの名を呼ぼうとしたところで、今日隣に座っているのがルキウスではないことを思い出した。
「どうぞ、お気になさらずに
アルトリウスとお呼びください。
それで何でしょうか?」
「ごめんなさいアルトリウス。
私は女ですから
ですから教えてください。これはどう受け止めるべきなのかしら?」
「ご期待に沿えず申し訳ありませんが、何ともわかりかねます。
攻撃を仕掛けてきたにしては、規模もタイミングも適切とは言えません。ましてや遠吠えを繰り返したのでは、自分たちの存在を知らしめるようなものです。
偵察しに来たとしても、遠吠えによって自分たちの存在を気づかれた時点で諦めて撤収すべきでしょう。ですが、奴らは三日連続で遠吠えを返してきています。
もはや、遠吠えによってこちらを怯えさせることを目的にしているとしか思えませんが、それに何の意味があるのかは推測しきれません。」
アルトリウスが答えると、エルネスティーネは明確な答えが得られなかったことにガッカリしたのか、「そうですか」と一言言って肩を落とした。
「もしかして…何か通信が目的だったとは考えられませんかな?」
子爵家に仕える
「通信でありますか?」
「例えば、アイゼンファウストに我々の把握していない逃げ遅れたハン支援軍兵士が残っているか、あるいはハン支援軍側に内通している者がいて、その者たちと連絡をするために危険を冒してセヴェリ川まで来ていたとか・・・」
もしもアグリッパの言ったことが正しいとすれば、アルトリウシアに内通者…すなわちスパイが潜んでいることを意味する。この期に及んでなおもハン支援軍に協力する意味や価値があるとは思えないが、もし居るのだとしたらアグリッパとしてはこれを探し出し捕えたいのだろう。
しばしの沈黙のあと、ラーウスが残念そうに答えた。
「いや、それは無いでしょう。
もしそうならなおの事、遠吠えで自分たちの存在に気付かれた時点で撤収して別の機会を探しているでしょう。三日も粘る理由…ましてダイアウルフだけ姿を見せる理由はありません。」
そう言われてしまうと確かにそれ以上何も言えず、アグリッパは「それもそうか」とこぼしながら背もたれに背を預けた。
会場が静まり返ったところでラーウスが咳払いを一つし、アルトリウスとエルネスティーネに向かって発言した。
「本件に関しまして、小官から一つ提案したいことがありますが、よろしいでしょうか?」
「かまいません、何でしょう?」
エルネスティーネの許可を得てラーウスは胸を張り、話し始めた。
「はい、今回の件での功績は何と言っても、こちら側からダイアウルフに遠吠えをさせてくれたリクハルドヘイムの羊飼いの少女ファンニにあると考えます。
小官は彼女を軍の協力者としてその功績を称え、褒美をやってはいかがかと愚考するものであります。」
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