第237話 レーマへ向かった軍使
統一歴九十九年四月十九日、夕 ‐ ティトゥス要塞司令部/アルトリウシア
「さて、強硬手段が取れない以上補給については要求を飲むとして、人質についても交渉継続するしかないな。残る問題だが・・・」
ルキウスはそう言いながら会議室を見回した。出席者の全員が難しい顔をしている。
降臨者の身柄の引き渡し・・・
そんな要求を飲まねばならない道理などないし、もちろん要求通り
問題は、引き渡すかどうかではなかった。
「リュウイチ様を引き渡すのは論外です。問題は、引き渡すか引き渡さないかではありません。どう引き渡さないかです。」
全員が既に承知のこととではあったが、議論の方向性を明確にするためエルネスティーネがあえて明言すると、ルクレティアは人知れず安堵のため息を漏らし、その他の家臣団や軍団幹部が次々と思うところを口にしはじめた。
「『いない』と突っぱねるしかないのでは?」
「それができるならそうしたい。だが、それで奴らが大人しく引き下がるか?」
「引き下がらなくても『いない』と突っぱねれば奴らも強硬手段には出れまい?」
「強硬手段には出れなくても騒がれればこちらはタダではすまん。」
『降臨者など居ない』と突っぱねた場合のハン族の反応は予想しきれない。いや居るはずだと騒ぐのは間違いないだろう。どう騒ぐのか?その影響はどうなのか?それが推し量れなかった。
アルトリウスが苦々し気に口を開く。
「四月十日当日、奴らは帰ってきているはずのない『ナグルファル』号を目撃し、その船上に《
そして、ヘルマンニ卿が生きている姿を見てしまった。」
「いくら『見た』と言ったところで証拠がなければどうしようもないでしょう?」
「そうです、奴らには証拠もないし証拠をつかむ能力も無い。」
出席者らの言葉にアルトリウスは
「ダムを壊すのに大きな爆弾は要らない。最初のアリの
彼らはその一穴をあけようとしているのだ。」
イェルナク一行は現在アルトリウシア中の注目を集めている。彼らが集まった群衆に向かって「降臨者がいる!隠されている!」と騒げば、その事実はあっと言う間にアルトリウシア中に広まるだろう。それを鵜呑みにする住民はいないだろうが、しかし降臨者が匿われているとする彼らが挙げた根拠を突き詰めれば実際のリュウイチの存在にたどり着くだろう。何せメルクリウス団
誰かがイェルナク一行の言葉から「そういえば・・・」と冷静に考え始めれば、次々とボロが出ていくことだろう。
「『ナグルファル』号が十日に帰港したこたぁ多くの
目撃者はほとんど皆セーヘイムの
帰港した日付をごまかしたんは失敗じゃったかもしれんのぉ。」
ヘルマンニが天井を
「それは今更言っても仕方のない事です。
十日に帰ってきていた事実が広まっていれば、それこそごまかしが利かなくなっていました。」
「そうです、今はどう秘匿を維持するかを考えるべきです。」
「
十日帰ってきていたことが露見するのであれば、十日に帰ってきていた理由を今から用意しておくのです。」
「そもそも住民はハン族の言うことなど信じやせんでしょう!?」
出席者たちが競うようにヘルマンニを慰める発言をする中、
「考えるべきは住民への対応ばかりではないかもしれません。」
「どういうことかね?」
「実は今日の昼すぎごろ、サウマンディウムから多数の伝書鳩が飛来しております。」
伝書鳩は脚に伝文の書かれた絹のリボンを結び付けて飛ばすため、あまり長文を送ることはできない。このため、長文を送る際は複数のリボンに分けて書き、複数の鳩で分割して送る必要がある。多数の伝書鳩が飛来したということは、それなりに重要でなおかつ喫緊の事情があることを示している。
「暗号解読したものを読み上げます。
『1.
『2.ウァレリウス・サウマンディウス伯爵と会見の後、レーマへ向かい、
『3.曰く“アルビオンニアにて降臨あり。アルビオンニア、アルトリウシア両領主これを
『4.曰く“
『5.曰く“
『6.同じ上奏文を携えし
『7.同
『8.
以上です。」
アーディンと名乗るハン族の若いホブゴブリンが
「なんだそれは!?」
「どこまでも面倒を引き起こしおって!」
「謀反だと!?冗談じゃない!!」
「叛乱を起こしたのはお前らじゃないか!!」
テルティウスが解読した伝文を読み上げると、会議室内のあちこちから怒号に近い罵詈雑言が飛んだ。
「皆さん、落ち着いてください。
その伝文にあるアーディンという名に心当たりはありますか?」
エルネスティーネが言うと、全員がひとまず押し黙った。質問を受けテルティウスが答える。
「残念ながら
ハン族はゴブリン部族だが、貴族階級の者は栄養状態の良い食事のためホブゴブリン化している。だからアーディンという謎の人物がハン族の貴族であることは間違いなかった。しかし、
「いくら
「無理を言うな、チューア方面から別の
「どこまでも狡猾な奴らだ・・・」
「ハン族よりも我々の出した報告の方が一週間以上早くレーマへ着くはずです。
問題はさほど大きなことにはならないでしょう。」
エルネスティーネが一同を落ち着かせた。
「だが、有効な手ではある。その
ルキウスが腹の前で手を組みながら目を閉じ、ため息をつくように言った。
「少なくとも強硬な手段は封じられた・・・そう考えるべきでしょうね。
もっとも、軍事的オプションは採りえませんが・・・」
「
事実関係を調査する・・・その
アルトリウスに対しルキウスがそう言うと、一同は無言のまま態度で同意を示した。
この議題はこの場では保留にした方がいいだろう。そう判断したエルネスティーネが口を開く。
「ひとまず、サウマンディアからの使者を待つこととしましょう。
その、マルクス・ウァレリウス・カストゥスとはどういう人物なのですか?」
エルネスティーネは侯爵夫人という立場上、サウマンディアの要人についてはおおむね顔と名前は知っており、実はマルクスのことも知っている。しかし、記憶にあるのは顔と名前だけであったし、会議の出席者たちにマルクスがどういう人物か情報を共有させる必要から、あえて質問したのだった。
マルクスはアルトリウスがサウマンディウムへ降臨を報告した際に同席していた人物であったため、アルトリウスが答えた。
「
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