第912話 ひとまずの決定
統一歴九十九年五月九日、夜 ‐ グナエウス峠/
普通の動物が魔力を与えられて
普通の馬よりも馬体や体力、回復力に優れ、一時期は軍馬として重用された魔獣バトルホースが何もせずとも勝手に眷属となり、自由に使えるようになるのならむしろ便利だしいいことづくめのように思える。が、もちろん相手が生き物である以上、話はそう簡単ではない。
人間の眷属となった魔獣は種類によっては主人から必要に応じて魔力を奪うこともある。ペトミーが使役している高レベルモンスターたちは全てそうだ。高位のモンスターほど魔力を馬鹿食いする傾向にあり、ペガサスやグリフォンなどといった高レベル騎乗モンスターを乗り回していると魔力をどんどん奪われ、ペトミーのようなハーフエルフでさえ半日かそこらで魔力欠乏に陥ってしまう。そもそもテイムモンスターは主人から魔力を得られるからこそ、従属に応じるのだ。魔力という甲斐性のない主人の眷属になる魔物など存在しない。
それでもテイムモンスターはモンスターストレージに収納されている限りは主人の魔力を消費しない。だからモンスターテイマーは用が無い限りモンスターを収納し、普段は魔力を消費しないようにしておくものだ。ペトミーだって普段は魔力をあまり消費しない低レベルのモンスターしか使わないようにしている。魔力消費の激しい高レベルモンスターとの普段のコミュニケーションはモンスターストレージから召喚しなくても念話で出来るし、ストレージ内のモンスター達は主人の感覚器を通じて外の様子を知ることも出来るから特別散歩などさせる必要もない。
ところが、このモンスターストレージというのはゲーマーの血を引く聖貴族といえども誰もが持っているわけではなかった。むしろ持っている者はごく少数であり、これがあるかどうかがモンスターテイマーになれるかどうかの最大の条件となっている。
ペトミーのモンスターストレージはまだまだ余裕があるし、ナイトメアみたいな珍しいモンスターならコレクションに加えたいとは思うが、バトルホースごときのためにストレージを使いたいとは思っていなかった。そしてペトミーが知る限り、
つまり、もしも馬たちが魔獣化して誰かの眷属になった場合、モンスターストレージに収納することなく召喚しっぱなしの状態で使役しなければならない。バトルホース程度なら魔力の消費は大したことないが、それでも何もしなくても魔力が消費されてしまうようにはなってしまう。バトルホースがその魔力消費に見合う程度に役立ってくれればそれでも良いが、今の『勇者団』のように異邦の地を
それにバトルホースは普通の馬より馬体が大きく存在感があるためどうしても目立ってしまう。人目を引きたくない彼らにとって、バトルホースを従魔として従えるのはデメリットの方が大きいに違いない。
じゃあ処分するか……となると、それはそれで難しい。
まず従魔は売り払えない。バトルホースのような通常の馬とほぼ変わらないはずの魔獣であってもそれは同じだ。眷属となった以上は主人との間に魔力でのつながりが出来てしまっており、誰かに売り払ったからと言ってその関係が解消されるわけではない。下手に売り払っても従魔本人は理解できないこともあるし、その場合は力づくで主人の元へ帰ろうとするだろう。そうならなかったとしても魔力は繋がっているのだから、売り払われた先で働かされればその分の魔力を持っていかれてしまう。売り払った家畜が他人のために働かされているのに、その分の餌だけは
従魔を誰かに譲り渡すにはそれなりの儀式を執り行って関係を断つことから始めねばならないが、その儀式が成功するには従魔と主人が関係の解消に同意に達していることが必要不可欠である。従魔の側が納得してないのに強引に関係を解消しようとすると、捨てられたモンスターの気性によっては怒り狂って暴れ出し、誰彼構わず攻撃するようになってしまうこともある。そうすれば殺すしかなくなってしまう。
じゃあ最初から殺してしまえばいいかというとそうもいかない。テイムモンスターは主人と魔力で繋がっているのだ。だから死んでも完全には消滅しない。肉体は死んでも霊魂が主人のモンスターストレージの中で生き続けることになる。その代わりに蘇生すれば生前の記憶も死んでいる間の記憶も持ったまま生き返ることが出来る。モンスターストレージが無い者が主人の場合、どうやら幽霊となって主人の周りに漂い続けるらしい。そして伝承によると幽霊となったテイムモンスターはモンスターストレージのない主人から魔力を吸い続けるらしいのだ。本当かどうかは定かでないが、従魔に魔力を奪われて衰弱死するのを防ぐために従魔を殺したのに、幽霊となった従魔に魔力を吸われ続けて結局衰弱死してしまった人間の物語が残されている。
結局、テイムモンスターを切り離すためにはそのための儀式を執り行わねばならないのだが、そのためには主人とテイムモンスターの両者が生きていなければならない。どちらかが死んでいた場合、わざわざ蘇生して生き返らせなければならないのだから、一度眷属としたモンスターは安易に殺すことなどできないのだ。
以上のような理由から、モンスターを従魔として使役するのはただの動物をペットとして飼うどころの話ではない、かなりな覚悟が必要なことなのだ。まだモンスターストレージを持っているモンスターテイマーならまだいいが、ストレージを持たない素人が下手に従魔を持つと際限なく魔力を吸われ続けるようになり、最悪の場合生命を危険に晒すことになりかねない。特に今の彼らのように帰れるあてのない旅先でとなると余計である。
「わかったペトミー。
俺やお前なら大丈夫かもしれないが、ヒトのアイツ等がテイマーでもないのに従魔を持つわけにもいかんだろう。」
ティフは馬たちの
「安心してくれ、今日はもう馬に乗らない。
帰りは曳いて歩いて帰る。
それで帰ったらアルトリウシア遠征の準備のついでに、支援者に替えの馬を手配してもらおう。」
ティフは少し神経質になっているペトミーを安心させるため、ことさら明るく励ますように言った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます