第906話 グナエウス砦
統一歴九十九年五月九日、夜 ‐
ローマは
すべての道はローマに通ず……その言葉は決して伊達ではない。欧州中に張り巡らされた街道はローマ軍団の戦略的機動と補給の確保を容易たらしめ、ローマの防衛を下支えし続けた。その一部は現代もなお、当時のままの石畳が現役で使われているほどである。
その道路網も決してただ単に道を敷いただけというわけではない。軍勢が通りやすいように広く開けた土地に敷かれた道路なんて、敵から襲撃してくれというようなものだ。身を守る障害物など何もないのだから当然である。道路を敷いたところで、敵や盗賊などの襲撃に対して無防備では意味が無い。安全ではない道路など、誰も好き
ローマはまず盗賊などが待ち伏せ出来ないよう、街道の左右両側を広く
次にローマが街道に備えたのが
これによってローマは広大な領土を
そしてこの中継基地と共に街道上に設置されたのが
そうした《レアル》古代ローマの文化・文明を降臨者を通じて継承したレーマ帝国においても、そうした設備は当然のように受け継がれていた。もちろん、《レアル》ローマのモノを
アルトリウシアとシュバルツゼーブルグをつなぐ
東から西までグルッと南側半周を切り立った崖で囲まれており、谷底から砦まで武装した兵士が這い上がって来るのはほぼ絶望的だ。人間が二本の脚で立ったまま出入りができるのは砦の北側で接しているグナエウス街道からのみ。このため砦の防御火砲はすべて北側に向けて設置されており、街道を通って砦に接近する者は何人であろうとも砦の射界から逃れることはできない。
街道を挟んだ北側は岩肌が露出した山岳で、そこから砦を見下ろすことはできても軍勢が陣を張ることなど出来はせず、ましてや大砲を持ち込むことなどほぼ不可能だ。無理に持ち込もうとすればいち早く砦から発見され、猛烈な砲火に晒されることになるだろう。
既に陽は水平線の向こうへと没して辺りは夜の
「何だあれ……城か?」
グナエウス砦に気づいたペトミーがつぶやくと、全員が一斉に馬を止める。そして街道が広いことをいいことに街道上で横並びになって砦を観察し始めた。
「こんなところに?」
「
グナエウス街道の峠のてっぺんに砦があって、そこから向こうはアルトリウシアだと聞いたことがあります。」
「てことは、ここが峠のてっぺんなのか?」
「もうアルトリウシアか……」
「まずいぞ、ついにスパルタカシアを見つけられなかった。」
「それよりもどうするんです?
まだ先へ進むんですか?」
「いや、さっきティフが次が最後だって言ってた。
だからこれが最後さ。そうだろティフ?」
ペトミーの念を押すような質問にティフはジッと砦を見つめたまま口をへの字に結んだ。
「ティフ!
さっきも言ったが馬がもう限界だ!
これ以上先へ進めないぞ!?」
なおも未練たらしいティフにペトミーが苛立ちをぶつけると、便乗するようにソファーキングも進言する。
「馬も限界ですが、ここから先は隠れるところがありません。
見つからずに進むのは無理です。」
ソファーキングはヒトの魔法攻撃職だが、ここへ来るまでの間ペトミーと共に自分たちの馬に回復魔法や支援魔法を使っていたため魔力を消耗しており、他のメンバーよりだいぶ疲労がたまっていた。彼としてはたとえ自分の脚で歩くことになったとしてもこのような強行軍は仕舞いにして、とっとと帰りたかったのである。
そのような彼の個人的事情はさておくとしても、彼の指摘は間違いではなかった。街道の左側は断崖絶壁、右側は岩山である。街道を行けば間違いなく砦の守備兵に見つかるだろうし、かといって街道を外れれば馬が行けるような地形にはなっていない。もし、砦の兵士に見つからないように行こうと思ったら、一旦戻って相当な遠回りをしなければならないだろうが、残念なことに彼らの中にこの辺の地理を把握している者は一人もいなかった。
常識的に考えてここはもう、諦めて引き返すしかないのである。
ティフはハァーッと大きくため息をついた。
「よし、あの砦を調べよう。」
「ティフ!!」
思わずペトミーが大きな声を出す。さすがのティフも諦めて馬首を翻すしかないと思っていたからだ。
「分かってるペトミー、これ以上は進めない。」
「だったら!」
食い下がろうとするペトミーにティフは手を
「せっかくここまで来たんだ。
せめて帰るにしても、せめてあの砦を調べてからにしよう。
どうせ、戻ったとしても、準備を整えてからもう一度ここを通るんだ。
せっかく来たんだから、下調べくらいしていった方が良いだろう?」
ペトミーは口を結んで何かを堪えるように唸った。確かにティフの言っていることに間違いはない。彼らは準備を整え、アルトリウシアへ乗り込む予定なのだ。その時にもおそらくこの道を通るだろう。その時にもあの砦は『勇者団』にとっての障害となるはずだ。ならば、今のうちにある程度下調べをした方が賢明というものである。
どうやら受け入れてくれたらしいペトミーに安心したのか、ティフは微笑んで言った。
「それに、もしかしたらあそこにスパルタカシアが泊ってるかもしれないだろ?」
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