第907話 侵入者
統一歴九十九年五月九日、夜 ‐
レーマ軍は
ただ、一口に商人といっても正直な者も居れば詐欺師
で、この御用商人たちも戦場や駐屯地まで必要な物資を運び、そこで物資を商品として売らねばならない。ただ運んで軍事基地の倉庫へ運び入れて終わりではただの運び屋だ。その程度では仕事を請け負った商人としても儲けが少ないし、商人に兵站を任せた軍としても旨味が少ない。
軍は必要な物資を備蓄分も含め必要なだけ買い入れるが、それとは別にある程度余剰物資をストックして、イザという時の急な発注に対応できるようにしておかねばならないのだ。
そういった店舗は通常、基地の前に作られるのが常であった。軍は
ところが峠のてっぺんに山を削って無理やり平地を作ったグナエウス砦の周辺にはそうした城下町が作れるほどの土地が無い。砦の
グナエウス砦は軍用の宿泊施設として考えられていた。シュバルツゼーブルグとアルトリウシア間を
周囲は崖と岩しかなく、水源は砦の中の井戸しかない。砦も軍団が移動する時だけに使う宿泊施設であって、あとは
ところが実際に街道が出来てみると、軍関係者以外の一般人の往来が予想以上にあることがわかった。考えてみればライムント地方とアルトリウシアをつなぐ最短ルートなのだから利用者が居ないわけがない。そしてグナエウス砦のある峠の頂上付近は、街道の外は山側も谷側も
で、結局砦の一部を一般人も利用できる
結果的にそれは成功したと言えるだろう。軍事施設としてはどうかと思えなくもないが、
そして同時に一つの失敗も起きていた。一部とはいえ軍事施設内に民間人用の施設を設け、開放することに反対した者たちの懸念が今、現実のものとなっていたからだ。砦内への“敵”の潜入を許したのである。
「よぉ、ちょっとそこのアンタ!」
その男はどこからともなく現れた。一日の仕事を終え、仲間たちと
「おうっ!?
何だアンタ、どこから現れた?」
暗闇から現れた黒づくめの男は、ひどく驚いている馬丁にやけに愛想よく笑い、申し訳なさそうに頭を掻いた。
「おっと、驚かせてスマンね。
いや何、寝る前に馬の様子を見に来たんだが……」
「ええ?!……なんだ、今馬が騒いでんのはアンタのせいか?」
「ああ、ちょっと他の馬を驚かしちまったみたいだ。
スマンスマン。」
せっかく気持ちよく酔っていたところを驚かされ、外気の寒さもあって一気に酔いの
「気を付けてくれ。
厩には他の奴の馬だっているんだ。
アンタの馬だけならともかく、他人様の馬を驚かせて怪我でもされたらたまったもんじゃない。」
「ああ本当にスマン、
俺も驚かすつもりなんかなかったんだが、自分の馬がちゃんと餌を食ってるかどうか気になったもんでね。」
馬は家畜だが、大変な財産でもある。
そうした家畜であるからこそ、御者や馬丁たちのの中には馬に対して特別な感情を抱いている者も少なくない。この馬丁もそうした人物の一人だったのだろう。馬が心配だったという男の話をすんなりと信じた。
「まあ、気持ちは分るよ。
こんな人里離れた山の上、慣れない場所に来て落ち着かなくなる馬は珍しかないさ。
で、アンタの馬は大丈夫だったかい?」
「ああっ!
食が細くなるかと思ったが、心配なかった。
全部食ってたよ。」
「ハッ、そりゃよかった。
じゃあ安心して寝るんだな。
明日も早いんだろ?」
男の返事を聞いた馬丁は半笑いを浮かべ、そのまま宿駅へ帰ろう
「ああっ!待ってくれ!!」
馬が餌をちゃんと食べてたんならもう大丈夫だろ……そう思っていた馬丁は唐突に呼び止められて眉を寄せた。
「何だよ!?」
振り返った馬丁の
「それが、どうも餌が足らなかったみたいでね。
追加で欲しいんだが、何処に行けば貰えるか教えてもらっていいかな?」
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