第754話 元老院からの使者
統一歴九十九年五月九日、昼 ‐
「よりにもよってサウマンディアのか……」
アントニウス・レムシウス・エブルヌス……政治には取り立てて興味も関心もなく、ただ金儲けのために、
「サウマンディアは
そのサウマンディアの
レーマ帝国の各領主は領土防衛のために
しかし、ただでさえ本国から離れた領土で大幅な自治権を与えられ、領土防衛のための戦力を整えたとなると、今度はその領主が暴走してレーマ帝国から離反する危険性がどうしても出てくる。過剰な力を持ってしまった人間に理性を期待するのはお
そこで、レーマ帝国のすべての
だが、元老院議員も全員が全員、そうした地方領主や軍団を監視しようという役割について十分理解しているわけではなかった。また、元老院議員の二割近くが属州や藩王国といった地方の代表者やその影響下にある者たちであり、そもそも監視役に適していない。それはアルコール中毒患者に酒蔵の番をさせるようなものだ。
だいたい、元老院議員の約四割が元老院に忠実な守旧派ではなく、その反対勢力とでも言うべき皇帝派なのだ。そして地方領主たちは皇帝にとって最大の支持母体であり、皇帝派議員は何かにつけて地方領主たちに便宜を図りたがる傾向にある。地方領主に便宜を図れば皇帝への支持が強化され、元老院守旧派の勢力は削がれていくことになってしまう。
本来の地方領主と軍団を元老院が直接監視するという目的を達成するためには、軍団幕僚のポストには守旧派の議員が就かなければならないのだ。
しかし、軍団幕僚のポストを守旧派で独占することなど出来るはずもなかった。元老院議員はやはり帝都レーマで元老院議会に出席するからこそ、目立つことも出来るし政治家としての功績を上げることも出来る。帝都から遠く離れてはそれは出来ない。地方への赴任は純然たる元老院議員にとってデメリットが多すぎる。
行きたがるのは
結果、地方領主を牽制したい守旧派と、地方領主に便宜を図りたい皇帝派で軍団幕僚のポストの奪い合いが始まるのだ。が、先述したように守旧派の多くの議員にとって地方への赴任など、できれば避けたい事態だった。特にサウマンディアのように帝都レーマから遠く離れた辺境となれば猶更である。となると守旧派の議員を当てたくても成り手が居ない。あるいは、就任するだけしておいて実際には赴任しないという不届き者が現れてしまう。
レーマ帝国の内政を総括する
「成り手を用意できなかったのだから仕方ありません。」
「サウマンディアは遠い!
レーマからサウマンディウムまで片道最短でふた月もかかるとあっては、誰も手を挙げないのも無理はありません。」
皇帝への熱心な支持者と目されているプブリウス・ウァレリウス・サウマンディウス伯爵に対してはもちろん守旧派の議員を送り込みたかったし、コルネイルスを始め守旧派議員たちも随分とポスト獲得競争で頑張ったのだが、肝心の議員を用意することができなかったのだ。
帝都レーマからサウマンディウムまで片道最短二か月というのはかなり楽観的な見積もりで、実際は二か月半から三か月ぐらいかかる。もしサウマンディウムへ赴任するとなれば、年の三分の一以上を往復の移動だけに費やさねばならないのだ。となれば、守旧派の重鎮たちの多少の不況を買ってでも、赴任の要請を拒否して帝都レーマに残った方が政治家としても貴族としてもマシなのだから仕方ない。
結局、彼らはせめて皇帝派の議員をサウマンディア軍団幕僚に就けないようにするため、中道派の議員を充てるぐらいしか出来なかった。そしてその中道派議員がアントニウスだったのである。
「今更言ってもせん無い事ではありませんか。」
「分かっている!」
主席元老院議員ピウス・ネラーティウス・アハーラがコルネリルスに苦言を呈すると、コルネイルスは反発するように少し大きな声を上げ、肘掛けを拳でドンと叩いた。
「サウマンディアの軍団幕僚の成り手を用意できなかったのだ!
皇帝派に譲らずに済んだだけでも御の字だった……それは分かっている。」
議員たちの尊敬を集めるピウスに対する態度とは思えぬコルネイルスの剣幕に、同室していた議員たちは閉口し、コルネイルスに視線を注いだ。それに特に気づく様子もなく、コルネイルスは無言のままフーッと息を吐きながら背もたれに上体を預けた。そしてそのまま身体全体から力を抜き、目を閉じて眉を寄せる。
「分かっているのだ。
仕方なかった……あの時はな、あれ以上のことはできなかった。」
力ない言葉で溢すように愚痴るコルネイルスはそのままため息をつき、周囲が黙ったままなのをいいことに目を開け天井を見上げて続ける。
「だがだからといって後悔が無くなるわけではないではないか……
ましてやこのような事態になってだ、そのせいで何も対応できんなど、情けないではないか……」
しょうもない泣き言であった。泣き言をこぼすぐらいならいいが、それが帝国の最高権威である元老院で最大派閥を率いる議員の重鎮が、派閥を構成する議員たちの目の前でとなると話は違ってくる。何人かの議員はあからさまに失望の表情を見せ、ため息を噛み殺していた。
「何もできないわけではありません。」
「何かあるのか?」
さすがに見かねたのか
「
「……だからそれは例のレムシウスとやらが帰って来るのを待たねばならんのだろう!?
結局今は待つ以外何も出来んではないか!?」
フーススに期待したコルネイルスだったが、その期待はずれな答えにあからさまに失望を露わにする。自分たちの仲間でもない中道派の軟派議員が守旧派に寄与すると期待することなど出来ない。にもかかわらず、その軟派な中道派議員の帰りを何もせずに待たねばならない。そのことにコルネイルスは我慢がならないというのに、期待だけさせて結局何もできないと言っているようなものではないか。
が、フーススは苦笑いを噛み殺しながら続けた。
「いえ、先にこちらから使者を送り出し、途中でレムシウス卿と落ち合って、そこで話を聞けばよいのです。」
「そんなことが出来るのか!?」
コルネイルスにしてみれば意外な答えだった。サウマンディアは遠く、しかも帝国で最大の広さを誇る属州である。その最南端に位置する州都サウマンディウムと帝都レーマをつなぐルートはいくつもあり、
「どうせ船でオリエネシア経由で返って来るのです。
まさかチューアから回ってきたりジャングルを突破してくるわけはありません。
ならクィンティリアで落ち合えばいい。
あそこに立ち寄らないわけがありませんからな。
クィンティリアで落ち合ってレムシウス卿から向こうでの話を聞き、それを踏まえて降臨者に謁見すれば良いのです。」
「「「「おおっ」」」」
感嘆の声を上げたのはコルネイルスだけではなかった。気をよくしたフーススは自身に満ちた笑みを浮かべて続ける。
「それに、降臨者を収容したのはあのアルトリウシアです。
今こそ、
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