サクラリウムの会談
第755話 スペクルム・マギクス
統一歴九十九年五月九日、昼 ‐ 『
世界に冠たる
大戦争の折、帝国の全軍を統率しながら同時にレーマ側に立って大戦争に協力してくれる
同時に皇帝は元々元老院から選出された一官僚にすぎないため、元老院に対して何らかの命令を下すような権限は最初から一切保有していない。皇帝に与えられているのは帝国全体の安全保障に関する権限と責任であり、それを実現するための軍隊『
皇帝の野戦軍は帝国全体の防衛を担っているのだから、その規模も装備も帝国最強の武力集団なわけだが、もとより属州の境界を跨ぐためにはその属州の領主や総督の同意を必要とすることになっているため、レーマ本国に入るためには元老院の同意を取り付けなければならない。また皇帝自身もレーマの外へ出るには元老院の承認を必要としているため、皇帝と野戦軍は物理的には完全に切り離されており、通信によってのみ繋がっている状態である。そして各属州の防衛は各属州ごとの
このため元老院は何とか皇帝の力を削いで帝位そのものを廃止すべく、皇帝弾劾のネタを探しつづけ、皇帝は皇帝で少しでも自分の力を維持すべく地方領主たちに便宜を図り続けて支持を取り付けている。
互いに相手に対して有効な切り札を持たない両勢力は、そうであるがゆえに互いの力を拮抗させ、その対立は百年以上の長きにわたって解決を見ることなく続いていた。今日、
しかし、いくらそれが恒例化したイベントだとしても当事者としては歓迎したくなるようなものではない。何せ相手はこちらを認めようとせず、むしろ存在そのものを否定しようとしているのだ。相手の人間性そのものに憎むべき点は無かったとしても、互いの立場そのものが折り合わないのであるのだから、互いにいがみ合い嫌い合うようになるのは当然の成り行きである。
招かざる客の来訪という不愉快極まりない出来事にすっかり気分を害してしまったマメルクスは、使用人たちが毎朝顔が映るほどピカピカに磨き上げている大理石の床を埃一つ塵一つ落ちていないにもかかわらず再度徹底的に掃除するように命じると、
来客を迎えたり執務のための公邸区画を出ると、皇帝が私生活を送るための後宮を抜け、たどり着いたのは小ぢんまりとした大理石の建物。普段は限られた者しか入ることの許されぬ
マメルクスは入り口で無言のまま手をかざし、そこまで寄り添うようについて来ていた
「
「アレを使う時が来た。」
中で出迎えた神官に短く告げると、神官はお辞儀をして「こちらへどうぞ」と低い声で言い、聖堂の奥へと
「
『鏡の間』に現れたマメルクスの姿に、中にいた神官たちが驚きの声を上げる。
「
至急、ムセイオンと連絡を取らねばならん。
使えるか?」
『魔法の鏡』……それは遠く離れたところにいる者と通話する、テレビ電話のような働きをする魔道具だ。大協約の取り決めにより本来、
マメルクスも時折、ここへは顔を出していたが特にこの鏡を使ってムセイオンと通話するというようなことはほとんどなかった。本来、非常時(降臨があった時)のための緊急連絡手段である以上、手紙で済むような連絡には用いられるべきではないと考えられていたし、使用に少なからぬ魔力を要するとされれば
ただ例外的に年に数度、時節ごとの挨拶のためには用いられている。そんなもの手紙で済むだろうと普通の人なら思うだろうしそれは正しいが、この時節ごとの挨拶はマメルクス自身がこの鏡を使った通話に馴染むための訓練の一環として行われているものだった。
しかし、今日はそのような時節ごとの挨拶を行うような時期ではなかったし、神官たちはそのような予定も聞いていない。それどころかマメルクスの常ならぬ緊張感を
「もちろんでございます。
……ですが、まさか降臨が!?」
室内にいた神官たちはわずかな薄明りでもハッキリと分かるほど動揺していた。彼らは自分たちが扱っている魔道具が何かを良く知っていたし、それが何のために必要なのかもよく理解していたのだ。
マメルクスは神官たちの動揺を気にする様子もなく、部屋の奥で浮かんでいる、大きな宝石がいくつも嵌め込まれた豪華な銀細工のフレームで飾られた鏡を睨むように見つめながら言った。
「そのまさかだ、すぐにムセイオンを、
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