第121話 パトロキニウム
統一歴九十九年四月十四日、午前 - マニウス要塞アルトリウス邸/アルトリウシア
マニウス要塞にある二つの
レーマでトゥニカは最も一般的な衣服であるが、そのままだと胸の辺りから裾までダボっとしてみっともないので、腰のあたりを紐かベルトで締めるのが普通だ。
ちなみに女性は胸のすぐ下を
とまれ、巻き方はともかく何かで腰を縛るのが当たり前であり、それをしないのは恥ずかしいことなのである。まあ、《レアル》世界ならば社会の窓を全開で歩いているようなレベルの事だと思って貰って良いだろう。
彼らももちろん、好きでそんな恰好をしているわけではない。
腰紐無しのトゥニカ姿で過ごすことを強要されるのはレーマでは一つの刑罰だった。
彼らは自分たちが何でこんな目にあわされているか、知らされてはいなかったが見当は付いていた。
アルビオンニウムでの
攻撃しちゃいけない相手だったのか、それとも無様に眠らされて逃げられたからなのか。とにかくその戦闘以外に思い当たる理由は無い。
実際、彼らはいつの間にか眠っていた。どうも魔法で眠らされたようだ。そして目が覚めた時は船に乗せられていたのだが、その時に受けた尋問ではその戦闘のことしか訊かれていない。
戦闘に加わらず、眠らされもしなかったカルスは相手の正体についてある程度知っている筈だが、固く口留めされていて喋らない。彼らを見張る他の
いずれにせよ、ヘマをしてしまったことに違いはないようだ。
あれ以来ずっと、装備を取り上げられたままでトゥニカに腰紐を巻く事を禁じられ、与えられる食事も彼らだけ大麦の
つまり、彼らは何も教えてもらえてはいないが、明らかに罪人として扱われているということだ。
連れてこられた部屋は広く、そして豪華で贅沢な
中央正面に彼らが見た事もないような豪華な椅子が一脚置かれている。高く緻密な彫刻を施した背もたれがまっすぐ立ち、座面には赤いラシャの柔らかそうなクッションが張り付けられている。肘掛けも背もたれ同様に緻密な彫刻が施され、左右に広く広がるように配置され、大柄な人間が座っても余裕がありそうだ。
その前には小さくはあるが、やはり如何にも手の込んでそうな意匠を施されたテーブルが置かれている。
四方の壁際には様々な家具や調度品が並べられ、見る者を圧倒している。
だが、それらを鑑賞する余裕も自由も彼らには無い。
彼らは武装した軍団兵に囲まれ、その厳重な監視下に置かれており、それが無かったとしても既に精神的にかなり追い詰められていて、部屋の飾りに興味を示すどころか、それらの存在に気付いてさえいなかった。
「
部屋の奥側の扉が開かれ、入ってきた兵士がそう言うと室内にいた全員が気を付けの姿勢を取った。
その後、スタスタと足早にアルトリウスが入室し、部屋の中央にある豪華な椅子に腰かける。続けて入ってきた
「ネロ、リウィウス、アウィトゥス、ロムルス、ゴルディアヌス、オト、ヨウィアヌス、カルス・・・以上の八名で間違いないな?」
スタティウスが確認すると、彼ら八人の上官である
「ハッ、間違いありません。」
「では、お前たちの処分を言い渡す。本来ならば・・・」
「ま、待ってください!」
スタティウスが彼らの処分を言い渡そうとしたところでネロが遮った。
「静かにせんか!」
「待ってください!自分たちは何の罪で処分されるのですか!?」
セルウィウスが制止しようとしたが、ネロは止まらなかった。
彼はずっと自分のせいで七人を巻き込んでしまったのではないかと思い詰めていたのだ。
てっきり自分たちが何をしでかしたのか既に知っていると思っていた将校たちは思わず呆気にとられた。
「ああ・・・言ってなかったのか?」
「その・・・
もうしわけありません。」
スタティウスの問いにセルウィウスが答えると、アルトリウスたちは思わずため息をついた。
「あ、お前たちは・・・」
「いや、いい。
セルウィウスが今更ながら八人に説明しようとするのを、スタティウスが制止した。
「お前たち
八人の顔からサーっと血の気が引いていく。
「本来ならば八人とも死刑である。
が、降臨者リュウイチ様よりたっての助命嘆願があり、死刑は免れた。
代わりに、お前たち八人は即時不名誉除隊とし、財産を没収され、その身分は奴隷に堕とされる。」
「ど、奴隷・・・」
何人かが思わずその場に膝をついてしまう。
「お前たちは既に降臨者リュウイチ様ご自身によって買い取られた。
今後は、降臨者リュウイチ様の奴隷として忠節を尽くせ。以上だ。」
八人は目の前が暗くなっていくのを感じていた。既に膝をついてへたり込んでしまっている者は実際に目が見えていないだろう。目の焦点があってない。
最初に名前の確認をされた時、八人とも
「さて、
全員が沈黙する中、アルトリウスが
「お前たちは奴隷になるわけだが、降臨者リュウイチ様はいずれ《レアル》へ御帰りになる身だ。それがいつになるか分からないが、その時にお前たちを《レアル》へ連れて行くことは出来ないだろう。
その場合、お前たちがまだ奴隷の身分から開放されていなかければ、お前たちの身柄は
その時に備え、お前たち全員を
八人のうち半分が顔をあげてアルトリウスを見た。
その関係が奴隷と結ばれるということは基本的にあり得ない。
奴隷はその主人の持ち物であり、困窮したからと言って周囲の者が勝手に援けることなど許されないし、奴隷が自分の主人を差し置いて保護民を援けることもできないからだ。
「つまり、
何かあれば相談してくれてかまわない。『
このことは降臨者リュウイチ様も既に同意されている。」
スポルトゥラとは被保護者が挨拶に来た際に保護者から与えられる物品で、通常は果物とかパンとか干し肉とかの食べ物だ。小さな
とかく権勢を誇る貴族にとって、特に公職を狙う
しかし、被保護民は日頃からスポルトゥラを渡さねばならないし経済的に困窮すればまとまった金銭を用意してやらねばならない。問題が起きればたとえその者の方が悪くても援けてやらねばならないので、問題ばかり起こすようなヤクザ者なんかを被保護民にしてしまったら負担の方が大きくなる。
しかも被護関係は一度結べば容易に解消することは出来ず、おまけにその関係は子々孫々世襲されるのが慣例だ。軽々しく新規に被保護民を抱えるのは将来の身の破滅に繋がりかねない。
被保護民は自分の器量以上に無制限に抱え込めるわけではないのだ。
まして
しかし、平民からすれば
つまり、身分は平民のままでも準貴族になれたようなものなのだ。
「し、質問してもよろしいでしょうか?」
ネロが恐る恐る口を開いた。
「何だ?」
「・・・奴隷から解放された暁には、軍団に復帰できるんでしょうか?」
「お前たちは不名誉除隊となったのだ。一度不名誉除隊となった者を軍団に復帰させることは出来ない。
だが、軍務に就きたいというのなら、子爵家の衛兵隊か要塞守備隊に入れるようにしてやろう。」
ネロの質問にアルトリウスが答えると、今度はすかさずオトが立ち上がって口を開いた。
「もう一つ質問させてください!」
「いいぞ、何だ?」
「我々は、いつ奴隷身分から解放されるんでしょうか?」
「それはわからん。リュウイチ様がお決めになられることだ。
だが、お前たちは刑罰として奴隷に堕とされるのだ。
ゆえに最低でも二、三年程度は奴隷のまま解放されることは無い。
他にあるか?」
今度はしばらく沈黙が続いた後で、リウィウスが口を開いた。
「私らぁ、
アルトリウスは一瞬目を丸くし、その後ニヤリと笑みを浮かべた。
「いい質問だ。」
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