奴隷たち
第120話 就任の挨拶
統一歴九十九年四月十四日、朝 - マニウス要塞陣営本部/アルトリウシア
ルクレティアは少し焦っていた。
《レアル》と少し違うのは、
少なからぬ物語が《レアル》から齎された《レアル》産のモノか、あるいはそれを下敷きにして
もちろん、
数百年という歴史がある以上、その歴史の中で活躍した人物たちの英雄譚も当然あるのだ。しかし、《レアル》の歴史がそうであるように、ヴァーチャリアの歴史でも表舞台で活躍するのは男性が中心であり、女性の割合は少ない。
その歴史上の女傑たちの多くは、降臨者に仕えた巫女たちであり、そして降臨者と結ばれた聖女たちであった。
必然的に、彼女たちはヴァーチャリアにおける理想の女性像として位置づけられるようになる。
ルクレティアの先祖であるリディア・スパルタカシアも降臨者スパルタカスに仕えた巫女の一人であり、そして結ばれ聖女となった人物だった。
幼いころから聖女リディアを中心に歴史上のヒロインたちの物語に浸り続けていたルクレティアもまた、歴史上のヒロインである聖女たちに憧れる少女の一人である。まして、自分の直接の先祖が聖女リディアであり、名門聖貴族の家に生まれ育ったとなればその憧れも人一倍強いものになってしまうのは当然と言えよう。
そして、彼女の目の前には降臨者が居るのである。
幼いころから憧れ続けたヒロインに、今まさに自分が成ろうとしているのである。張り切らないわけがない。
権勢は
それでも彼女は小さいころから勉学同様に家事等もやっていた。最初はおままごとではあったが、将来降臨者が現れたら巫女としてこれくらいは出来ねばならぬと思った事はすべて身に着けるべく努力を重ねた。昨年からは下半身不随になってしまった父の介護も手伝っている。
その甲斐あって名門貴族家の令嬢とは思えぬほどのスキルを身に着けていた。
なのに、そのスキルを活かす機会が与えられないのだ。
リュウイチの世話を始めて早四日目、生活を共にするようになってから三日目である。その間、やった事と言えば給仕と解説役兼話し相手ぐらいだ。いや、一応ベッドメイキングと簡単な片付けくらいはしたか。
料理は元々、隣の
最初、排便後にお尻を拭きますと言ってあったのに自分でやるからと断られてしまった。せめて排便後のオマルの片付けをしようと思ったが、見れば既に新品みたいに綺麗だった。使ってないのかと思ったほどだ。
だが違った。
掃除も洗濯も便所の始末も全部、リュウイチは浄化魔法で片付けてしまうのだ。
ルクレティアがやろうにも、浄化魔法の方が短時間で完璧に綺麗になってしまうのだから「私がやります!」と強く言う事が出来ない。
お風呂もリュウイチは湯舟に浸かってリラックスするが、身体は洗わずに自身に浄化魔法をかけて終わるのだから、背中を流すというような事も出来ない。
だからリュウイチの側で仕えようにも、ルクレティアにできること、することが殆ど無いのだ。
このままでは巫女たりえない。
なのに、今日はリュウイチに仕える奴隷が八人、来てしまう。
ただでさえ巫女としての実績を稼げてないのに、彼女の仕事を奪う存在が八人も現れるのだ。
こうなっては彼女に出来る巫女らしい仕事といえば、リュウイチが寝る前にベッドを温める(レーマにはそれ専用の奴隷を所有する貴族も居た)か、夜伽くらいしかなくなる。
しかし、そういった仕事はリュウイチの同意なしに勝手にやれることではないし、本人から求められてもいないのに彼女の口から申し出るわけにもいかない。
焦るルクレティアは今朝から他の使用人や奴隷たちと同じ時間帯に朝食を獲り、いつもより早く身支度を整えて、リュウイチの朝食の給仕から始めた。
『え、何で?』
「今朝から、リュウイチ様の朝食の給仕も務めさせていただこうと思いまして!」
驚いたリュウイチからは色々と質問を浴びせられた挙句、最後は結局「無理しなくていいよ」と遠慮されてしまった。一応、今朝の朝食の給仕だけはそのままさせてもらえたが、距離を置かれたような気持ちになってしまいいよいよ焦りは募っていく。
その後、クィントゥスが
リュウイチのいる
クィントゥスは私的エリアの入口のところでルクレティアを呼び出すと、まず彼女に昇進と警護隊長就任の挨拶をし、心付けとしてチューア産の茶葉を渡すとリュウイチへの取り次ぎを願い出た。
「リュウイチ様、クィントゥス・カッシウス・アレティウス様が面会を求められておられます。
『ああ、はい。
てか、クィントゥスさんでしょ?
こっちに来てもらっていいのに。』
「そういうわけには・・・あちらはお仕事ですし。」
『・・・そうなのか?』
ルクレティアに案内されて公務エリアと私的エリアの間にある部屋に入ると、そこにはクィントゥスが一人で待っていた。
そこは執務室と呼ばれているが、部屋の造りからすると「謁見の間」とでも表現した方が良いだろう。通常の執務室のような事務仕事をするための机などはなく、壁際の調度品の数々を除けば玉座のような立派な椅子が一脚と、その前にコーヒーテーブルみたいな背の低い小さなテーブルが置かれているだけだ。それ以外に椅子は無い。
奥側の扉が開いてリュウイチが入ってくると、部屋の中央で立って待っていたクィントゥスがサッと玉座の方へ跪いて頭を下げる。
うわ・・・なんでこんな部屋を選んだの?
入口のところで立ち止まって表情を曇らせるリュウイチにルクレティアは戸惑った。
「リュウイチ様?」
『あの、他の部屋は無い?
応接セット・・・えっと、お客さんも自分も座れる
「・・・ありますが、身分の低い者の挨拶を受けますのにこちらの部屋が適切ではありませんか?」
身分社会では身分の上下はハッキリさせねばならない。クィントゥスは一応
「あの、
『ああ、いや、何ていうか気分の問題だ。
君たちの文化や風習を否定するつもりはないけど、身分の上下とかいうのはイマイチ好きじゃないんだ。』
好きじゃないと言われてもそれが常識である彼らにはリュウイチが何をどうしたいのか、何が気に入らないのか分からない。
特にルクレティアは今完璧に仕事をこなさなければという意識が非常に強くなっている事もあって、失敗する事に対する恐れや不安感が妙に高まってもいた。
「ですが・・・」
『とにかく、人と会う時は何ていうか、同じように接したいんだ。
こう・・・第三者の目がある公式の式典とかなら仕方ないけど、そうじゃないなら身分関係なしで、街中で友人にばったり会ってそこらの店に入ったみたいな感じにしたいんだけど、ダメかな?』
「いえ、どうかとは思いますが、そう望まれるのであれば・・・」
ルクレティアとクィントゥスは腑に落ちない風ではあったが、三人は急遽隣の部屋に移動した。
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