ネロをとりまく暗雲
第1387話 返事を持って帰ってきたネロ
統一歴九十九年五月十二日・午前 ‐
なお、これらの壁画はもうすぐ隠されることになっている。石造りの建物は冬はとても冷えるからだ。
そこまでしなきゃいけないほど冷えるのかな?
でも、ルキウスさんとか、ホブゴブリン……でいいんだよな?
ネロたちも寒いのは大の苦手だって言ってたから、それで余計なのかもしれないな。
リュウイチがやけに淡い色調の天井画を見上げながらそんなことを思っていると、扉の方でコツコツと遠慮がちなノックの音が響いた。扉のところで立っていたロムルスがそそくさと扉を開け、ノックした張本人とニ、三言葉を交わすとリュウイチに向かって報告する。
「
『ああ、入れてあげて』
返事を聞いたロムルスが扉を開けるとネロが入って来る。ネロの表情はどこか暗く沈んでおり、神妙な顔つきだった。そのままリュウイチの傍までくることなく、部屋から入ってすぐのところで立ち止まり、リュウイチの方を向いて直立不動の姿勢をとる。
「
『はい、こっちに来て報告して下さい』
リュウイチがそう命じるとネロはその場で何か
返事の内容としてはリュキスカに
『ルクレティアにあげた時はルキウスさんが全て判断してたみたいだったけど、今回はエルネスティーネさんと相談しなきゃいけないの?』
リュウイチはひとまずネロの様子は置いといてネロが読みあげた返事に対して思った疑問を口にした。ルキウスのことだから二つ返事で了承してくれるだろうとリュウイチは勝手に期待していたのに、アテが大きく外れてしまっている。
ネロはどうやらリュウイチが抱くであろう疑問に応えられるよう、予め答えを用意していたようである。胸を張り、顔を引き締めてリュウイチの疑問に応え始めた。
「ハッ、ルクレティア様はスパルタカシウス家の御令嬢……立派な
それに比べリュキスカ様は領民であらせられ、また、子爵閣下と侯爵夫人の両方と
リュキスカ様は御二方の庇護を受けられる身であらせられますから、領主であり
ネロの返事を聞いたリュウイチは小さく「ああ」と声を上げ、チラリとリュキスカの方を見た。
そういえばそんなこと言ってたっけ……
リュウイチにはクリエンテラという慣習には馴染みがない。日本語では「主従関係」と訳されることの多い「クリエンテラ」だが、厳密に言うと日本人がイメージするような「主従関係」とは異なっている。リュウイチもリュキスカやネロ、そしてルクレティアなどからクリエンテラについて多少の説明は受けたが、知識としては知ることができたが理解できたかと言うと自信は持ちかねた。感覚的に理解することができないのだ。
そして、理解が出来ないからこそ、それが理由だと言われると「そういうもんか」と納得せざるを得なくなる。リュウイチのどこか間の抜けた反応は、なんだかよく分からないけどとりあえず返事しとくかというような、極めて日本人的な反応だった。
うーん、しかし不味いな。
ちょっと早まったか?
生返事を返したリュウイチの顔が急に曇り始める。すっかりルキウスから二つ返事で了承してもらえると思っていたリュウイチは、リュキスカに請われるままに魔導具の一部を先に譲ってしまっていたからだ。エルネスティーネとも話をしてから返事をするなどと、おおよそ今までのルキウスからは想像しがたい対応を返されたとなると、もしかしたら魔導具を渡すのを認めてもらえないかもしれない。リュウイチは今更ながら己の軽卒を悔いた。
「どうかされましたか?」
ネロが怪訝そうに尋ねる。さきほどまでのどこか縋るような様子はいつの間にかネロの表情からは消えていた。リュウイチはチラッとリュキスカの方へ視線を走らせる。リュキスカは何も聞こえてなさそうな様子で部屋のはじっこの方で息子と遊んでいた。多分、距離的には聞こえている筈なのだが、聞こえないふりをしているのか、それとも息子との遊びに夢中で本当に聞こえていないのか……
『いや、実はルキウスさんはすぐに了承してくれるだろうと思っていたから、リュキスカに先に魔導具の一部を渡してしまったんだよ。
「お試し」ってことで……』
リュウイチは言いづらそうに言った。ネロのことだからきっと反発するだろうと覚悟していたのだが、意外にもネロの反応は冷静そのものだった。
「子爵閣下は
返事を待ってほしいというのは、侯爵家に話を通す時間がほしいということで、返事の内容自体はすでに決まっていることでしょう」
『認めるってことかい?』
「ルクレティア様が御受け取りになられたのにリュキスカ様が受け取りになるのを認めないわけにはいかない……そうおっしゃっておられました」
『そうか……』
ネロの説明にリュウイチは胸を撫でおろした。同時にネロに対して急に疑念が沸き起こって来る。今、ネロが言ったのはおそらくオフレコにすべき情報だ。それなのにネロはリュウイチにほぼ丸ごとバラしてしまっている。しかも、発言者自身の身分を具体的に上げてルキウスがこう言ったと断言してしまったのだ。本来の貴族社会では、そんなことはあり得ないはずである。
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