第316話 日曜礼拝
統一歴九十九年四月二十九日、昼 - マニウス要塞陣営本部/アルトリウシア
戸も窓もすべて締め切り暗幕を張り巡らした
そして、彼らに対するように部屋の反対側にはささやかな祭壇が設けられ、その手前の架台の上に大きな聖書を広げたマティアス司祭が
彼らランツクネヒト族が降臨者パウル・フォン・シュテッケルベルクから
ヴァーチャリア世界において《レアル》の文化・文明は降臨者によって伝えられ、それは必然的に降臨者の血を引く子孫…すなわち
聖職者の権威を高めることとなった魔力と
降臨者やその子孫たちが振るう魔法の力は当初、『神の奇跡』として信じられてキリスト教と聖職者たちの権威を否応もなく高めていたが、その幻想はすぐに打ち砕かれることになった。なぜなら異教徒も同じような奇跡の力を発揮できたからである。そして、時にそれは異教徒の
また、
何かが違う…聖書と合わない…
キリスト教の教義そのものに対して疑問が持たれるようになるまで、それほど長い年月はかからなかった。そして人々は改めて気づいた。
《レアル》と
この辺までは彼らランツクネヒト族のルター派プロテスタントに限らず、キリスト教はもちろんユダヤ教もイスラム教も、その他 《レアル》から齎された宗教のほとんどすべてが
しかし、ぶつかる問題は一緒でも問題への回答は様々である。回答はまず二つに大別出来た。すなわち、
神が同一であろうが別であろうが、自分たちが
①、
②、自分たちの信仰の対象はあくまでも《レアル》の神だが、
③、
これらの分類は非常に大まかなものであって、例えば①の「正統派」の中でも武力も用いて積極的に教えを広めようとする過激派もあれば、あくまでも平和的な布教によってのみ教えを広めるべきだとする穏健派もある。
ランツクネヒト族の場合、ごく初期は①の「正統派」であったらしい。のちに大戦争を経て②の「共存派」に近い考えが主流となり、一部がレーマ帝国に渡って
この結果、レーマ帝国で信仰されているキリスト教「レーマ正教」からは、《レアル》世界でのキリスト教の最大の特徴であった排他性はかなり薄まっていた。自分たちが信仰を捧げるのは《レアル》の創造主ただ一人とはしながらも、レーマ帝国で信仰されている神々はそれはそれとして神と認め、一定の敬意は払われるべきである…とされている。
マティアス司祭の説教も一貫してそうした考えを反映したものだった。その説教が終わり、助祭の奏でるリュートの伴奏にあわせ
「マティアス司祭、ありがとうございました。今日もためになるお話でしたわ。
些少ですが、どうぞお納めください。」
「いつもありがとうございます、
神は必ずやアナタの御志に報いることでしょう。」
マティアス司祭は差し出された小袋を受け取ると、いつものように隣にいるシスターに預け、先ほどまでいた
「しかし、本日もカール閣下はお熱がおありになると伺っておりましたが、どうやら元気はおありのようでしたね。」
「そうですか?」
「ええ、今日はずっと起きておいででした。ははははは…」
先週のカールはマティアス司祭の説法の途中から寝てしまっていた。本来ならあってはならないことだが、本人の体調がすぐれないことを事前に断っていたこともあって特に誰も咎めてはいなかった。
「まあ…先週は失礼しました。
もうああいうことの無いように言いつけておきますのでご容赦ください。」
「いえ、体調を崩すことくらいは誰にでもあります。
今日も顔が赤いようでしたので心配していましたが、元気なようで安心しました。」
「おかげさまで、こちらに来てからというもの調子が良い様ですの。
司祭様に気をかけていただいて、カールも幸せですわ。」
「いやいや、きっと叔父上が御側におられるからでしょう。」
「そうかもしれません。でもそうだとすると少し寂しい気もしますわ。
私どもよりもアロイスと一緒にいる方が良いということになりそうですもの。」
「ははは、しかし子はいつか巣立つものです。あのくらいの歳ならば家族以外に近しい存在ができて当たり前ですよ。カール様はそれがたまたま叔父上であられた、それだけのことでしょう。
大丈夫です。親子の繋がりが消えるわけではなく、子につながりが増えていくということなのですから。」
「司祭様にそういっていただけるといくらか心が安らぎます。
ありがとうございました。」
「いえいえ、それでは私ももう戻らねばなりませんので、これで失礼いたします。」
「お引止めして申し訳ありませんでした。どうぞまたよろしくお願いします。」
挨拶を済ませるとマティアス司祭の一行は馬車に乗り込み、
「
司祭の見送りに一緒についてきていたアロイスがエルネスティーネに尋ねる。もちろん、カールに毒麦を仕込んだ犯人についての質問だ。
「わからないわ…多分、マティアス司祭ではないと思うけど…」
エルネスティーネはまるで独り言のようにポツリと言い、俯いて小さく首を振った。
今日もずっと司祭たちを見ていたが、少なくともマティアス司祭に変わった様子は見られない。一緒に来ていた助祭と修道女も同じだ。修道女は少しキョロキョロしている風ではあったが、あれは以前からそんな感じだったし、本当に彼らの誰かが毒麦混入に関わっているのかどうか確証が持てない。
「彼らが関わっていないとしてもあれから一週間だ。
外部の人間の仕業だとしたら、カールが元気だと知るのは彼らを通してだろう。
犯人が何か次の手を打ってくるとしたらこれからだよ、
「ええ、そうね。気を付けるわ…というより、私はこっちにいられないのだから、気を付けてもらわなきゃいけないのは
エルネスティーネは振り返ってアロイスの胸をポンと指で突くと、アロイスはニコッと笑った。
「任せてくれよ!信用できる奴を張り付けてるから。」
「母上、何の話?」
一緒に見送りについてきたものの、よくわからない話が始まったため戸惑ったディートリンデが首を傾げながら訊いてくると、二人は話を切り上げた。
「いいの、何でもないのよ。
さ、カールのところへ戻りましょ。」
エルネスティーネはそう言いながらディートリンデの肩をやさしく抱き、
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