第317話 リュウイチの外出願望
統一歴九十九年四月二十九日、昼 - マニウス要塞司令部/アルトリウシア
「さて、そのアルビオンニウムですが…」
ティトゥス街道整備が決まったことについての報告とその補足説明が終えたところでルキウスはチラリとルクレティアに視線を送って次の話題に切り替える。
「これはまだ決まったわけではありませんが、ルクレティア様をお借りせねばならなくなるかもしれません。」
しかし、正式にではないにしてもリュウイチの
降臨者に仕える
厳密にいえば、ルクレティアはまだ聖女では無いし、巫女ですら無い。聖女としての内定をもらってはいるが、巫女としての身分すら仮のものにすぎない。にもかかわらず、ここで個人名のみで呼んで氏族名で呼ばないようにするのは、ルクレティアをリュウイチに
貴族社会というものに馴染みのないリュウイチは、貴族たちのルクレティアの呼び方に変化が起こっていることに、まだ気付いていない。
『お借りするとは?』
リュウイチがルクレティアの方を見やると、ルクレティアは特に表情も変えず視線も前へ向けたままゴクリと唾を飲んだ。
「ルクレティア様はアルビオンニウムの
実はリュウイチ様が御降臨あそばされた時も、月ごとの祭祀を執り行うためにアルビオンニウムへ赴いていたのです。」
『ああ、なるほど…では、彼女は次の満月に合わせてアルビオンニウムへ行かねばならないのですか?』
「まだ決まったわけではありません。
何しろルクレティア様はリュウイチ様の聖女ですから、今ほかの
『次の満月はいつですか?』
「来月の六日…今日が二十九日ですから…ひぃ、ふぅ、みぃ、よぉ…八日後ですな。前日にはついてなければなりませんから、遅くとも三日の早朝にはアルトリウシアを発たねばなりません。」
『船で一日でしたっけ?』
「ああ、いえ…前回はたしかに船で行きましたが、行くとすれば陸路になります。
前回はメルクリウス対策で
ルクレティアはそわそわし始めていた。内心、行きたくないのである。行けば最低でも六日は帰ってこれない。できることならリュウイチから片時も離れたくないというのに六日も離れねばならないというのは、今のルクレティアにとって耐えがたい事だった。できることならリュウイチの口から「行かせたくない」と言ってほしい。そうすれば確実に行かなくて良いようになるだろう。しかし、ルクレティア自身、自分がリュウイチにそこまで気に入られているという自信は全くなかった。
『それはまあ…そういうことでしたら仕方がないでしょう。』
何となくルクレティアの様子にどこか切羽詰まったような雰囲気を感じながらもリュウイチがそう言うと、ルクレティアは「やっぱり…」というようにため息をかみ殺しながら肩を落とした。
その様子にルキウスは半ば同情しつつ、リュウイチに確認する。
「よろしいのですか?」
『ルクレティアに側にいてほしい気持ちが無いわけではありませんが、それが彼女の役目だというのなら仕方がありません。
ですが…』
リュウイチが言葉を区切ると、
「ですが?」
『あの
冗談めかすような笑みを浮かべてリュウイチは言ったが、それを聞いた者たちの表情は複雑だった。
《
リュウイチの発言はそのことを貴族たちにはっきりと気づかせた。
降臨者、特に
降臨者は
そして、それだけ強大な力を持ちながら、人格は普通の一個の人間と変わらない。歴代のゲイマーの中には、明らかに子供の精神を持った者もいた。そんな、強力な力を持ってはいるが、中身はタダの人間にすぎない存在に自由に外を出歩かれたらどうなるか…
下手な人間にウソの情報を吹き込まれてその力を悪用されてしまうかもしれない。あるいは、この世界の事情も分からずに《レアル》の価値観で勝手な判断を下してしまい、社会を、世界を自分の都合の良いように作り変えようとしはじめるかもしれない。自分では特に何も望まないにしても、誰かの
そして、もしそうなってしまった時、この世界にはゲイマーを抑えることの出来る者など存在しないのだ。一応、人類と交流のある一部の
抑止できない強力な力の持ち主、その暴走を防ぐためには外に出歩かないようにさせるしかない。だからこそ、大協約では降臨者は原則として《レアル》へ帰ってもらう事、それが無理なら最大限の努力を払ってなるべく狭い範囲に留まらせることが定められている。
だが、相手は強大なゲイマー…力づくで軟禁などできるわけもない。だからこそ、力の及ぶ限り歓待して贅沢に溺れさせ、外に出たがらないようにするしかない。
だが、そうした努力も限界は見えていた。何せリュウイチは無欲だった。アルトリウシアの今の状況を知っているというのもあってだろうが、とにかく遠慮深い。
御馳走は出せば食べてくれるし、何を出しても文句は言わない。むしろ、そうした御馳走などの贅沢は苦手なようで、普段の食事は質素でよいとすら言ってくる。
女についても用意すると申し出たが遠慮して好みとかを教えてくれない。教えられたとしても確かに降臨者にふさわしいヒトの上級貴族の娘なんて簡単に引っ張ってこれないのは事実なのだが、せっかく側に置いたルクレティアにもヴァナディーズにも手を出さない。
そうかと言って手をこまねいていると勝手に抜け出して夜の街からリュキスカを
結局リュウイチの女の好みは今も分かっていない。リュウイチはリュキスカを大事に扱っているようだし、多分リュキスカがリュウイチの好みのタイプなのだろうとは思われているが、リュウイチ本人はリュキスカが好みのタイプなんですかと問われてもハッキリと認めないのだ。おそらく、リュキスカを攫ってきてしまったという後ろめたさから、そうした質問への回答さえも遠慮してしまっている可能性がある。いや、ルクレティアに遠慮している節もある。
とまれ、リュウイチはとかく遠慮深く、決して贅沢を受け入れようとはしなかった。御馳走を出せば食べてはくれるが格別喜んでる様子はない。酒にも酔わないし、酒については高級な甘いワインよりも安い
つまり、リュウイチを軟禁せねばならないアルトリウシア貴族たちにとって、すでに打てる手が無くなっているのだ。そこへリュウイチのこの発言である。
降臨からちょうど二週間…軟禁もたしかにそろそろ限界かもしれない…
「リュウイチ様がお出かけになりたいと望まれれば、我々にそれをお止めする力はありません。ゆえに、どうしてもと言われれば…」
ルキウスが内心で冷や汗をかきながら渋々といった感じで言うと、リュウイチは慌てて打ち消した。
『ああ!いや、無理に出かけようとは思っていません。大丈夫です!
事情は理解しておりますので…どうぞ、そこはご安心を。』
「そうですか…ですが、せめて
ルキウスは胸をなでおろしつつ、
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